第120話

 エドワードとアリッサが悲しみに暮れている頃。

 ジャックはユミルを連れて、学寮にいるある人物を訪れようとしていた。


 ドアの前に立ち、ノックをする。

 返事はない。

 扉に耳を当てる。

 中からはかすかに物音が聞こえてくる。そうやら中に人はいるようだ。


「おい、いるのか」


 ジャックは声で中の住人に呼びかける。

 それでもドアは一向に開かない。


「いない、みたいね」


「確かめねばわからん」


「あ、ちょっと」


 ジャックはユミルの制止をよそに、ドアノブに手をかける。


 勢いよくドアを開く。

 中には確かにサーシャがいた。

 彼女は扉には見向きもせずに、机に向かって書き物をしている。


 集中して物音が聞こえていないらしい。

 ジャックはお袈裟にドアを数度叩く。

 その音でようやくサーシャの顔がジャックに向いた。


「あれ、どうしたんです。突然。……その腕、どうしたんですか」


 メガネを押し上げながら、ジャックへサーシャが顔を向ける。

 そして、彼女が息を飲んだ。

 隻腕となったジャックの姿を見たためだった。


「お前に頼みたいことがある」


「頼みたいこと……?」


「俺の腕を作ってくれないか」


「ちょっと、急になんてことを頼むのよ」


 エルザが言う。


「お前は黙っていろ」


 ジャックは言う。

 厳しい口調とともに、ユミルを肩越しに睨み付ける。


「どうだ。できるか」


「え、ええ。まあ、できないことはないですけど」


「いつまでに作りあげられる?」


「だいたい、一ヶ月くらいあれば」


「そんなにか」


「ええ。まさか、それより短い間に作れなんて言わないでしょう?」


「短くできるのなら、それに越したことはない」


「……何か、急がなくちゃならない用事でもあるんですか?」


「ああ。ある」


「ちなみに、その内容は?」


 コーヒーを一口含みながら、サーシャは言う。


「ああ、飲みたかったら、そこのポットとカップを使ってください。コーヒーはもう冷めているかもしれませんが、よかったら」


 サーシャは手のひらをテーブルに向ける。

 テーブルの上にはティーセットが、資料の山の頂上に置かれていた。


「いや、結構よ」


 ユミルは言う。

 ジャックも、彼女と同じだった。


「エリスを救うためだ。あいつを救い出すのに、片腕だけじゃ、思うように戦えない。だから、お前に頼りにきた」


「なるほど、あのエルフの子のためにね」


 コーヒーをぐいと呷り、空になったカップを棚の上に置く。


「でも、技師装具なら私でなくても得意としている奴はいっぱいいるでしょう。それこそ、帝都にもゴロゴロいるでしょうし」


「帝都はすでに魔物に占拠されている。それを知らんのか?」


「あぁ……そうでしたね。失念してました」


 頭をかきむしりながら、サーシャは言った。


「すみません。自分の開発のことに夢中になると、つい他のことを忘れてしまうのが癖みたいなもので。それで、エリスちゃんの居場所はわかっているんですか?」


「いいや、だが検討はついている」


「どこです」


「帝都だ。そこに、おそらくドミティウスと一緒にいる」


「……なるほど、確かに片腕だけじゃ心許ないですね」


 訳知り顔で、サーシャは頷く。

 大学の生徒、職員には事前に帝都の陥落の情報は伝わっていた。

 帝都に向かうために万全の態勢をとりたい。

 それも自分のためではなく、あくまで救うという目的のために。

 ジャックの心中が何となく理解できた。


「わかりました。一応やってはみます。でも、生身の腕と同じとは思わないでくださいよ。動作の遅れとか、重さの違いとか。いろいろな誤差は生じてしまいますから」


「戦えればなんでもいい」


「そうですか。まあ、そういう気概の方が、逆にいいのかもしれませんね。それじゃ、残った方の腕を出してください。そっちで、おおよその長さを決めちゃいますから」


 そう言うと、引き出しから物差しを取り出して、採寸を始めた。

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