第119話

 学校長からの許諾を得たこと。

 エリスにかけられた術の正体の調査。これが住むまでは、大学に止まること。

 その間は大学の警備をしながら、学外にて逗留すること。


 中庭に待機させた先遣隊に、エドワードは伝えた。

 隊員たちは不満を漏らさずに、了承してくれた。


 中にはベッドで休めることを期待したものもいたが、ため息を漏らすだけに留めてくれた。


「今日はもう休むようにしよう。けが人には引き続き手当てをしてくれ。野営の天幕は、学外の開けた場所を見つけて、そこに建ててくれ」


 荷馬を引いて、隊員たちは早速学外へと向かっていく。

 その姿を見送りながら、エドワードは一人、学内の寮へと向かった。


 アリッサの入学時にともに寮の部屋に入ったため、場所は把握していた。

 緩やかな斜面を登り、2号棟の玄関をくぐる。

 一階の角部屋。そこがアリッサの部屋だった。


 三回、ノックをする。


「誰……?」


 か細い愛娘の声が聞こえた。


「私だ」


 エドワードが言う。

 どたどたと足音が聞こえてくる。

 勢いよくドアが開かれ、アリッサがエドワードに抱きついた。


「父さん……」


 か細い声で、アリッサは言う。

 一人大学に置き去りにされ、心細かったのだろう。エドワードは思った。


「……アリッサ、話がある」


 アリッサの髪を撫でながら、エドワードは口を開く。

 正直、気が重かった。

 これ以上の不安を与えれば、愛娘は壊れてしまうのではないかと、心配だった。

 だが、いつかは知ることになる。

 遅いか、早いかの違いしかないのだ。


 アリッサはエドワードの胴に回した手に力をこめ、彼の体をきつく抱きしめる。


「何?」


「シャーリーの……母さんの、ことだ」


 逡巡はエドワードの言葉を途切れさせる。そして、アリッサはゆっくりと顔を上げる。


「母さんに、何か、あったの?」


 アリッサはエドワードに問いかける。

 もしかしたらという不安と、そうであってほしくないという期待を込めて。


 しかし、彼女の持っていた期待は、エドワードの沈黙によって砕かれる。


 神妙な面持ちのまま、エドワードはただアリッサを見つめていた。

 彼の瞳は失意に潤み、今にも涙が一筋垂れてきそうだ。


 奥歯を噛み締め、悲哀の感情を心の奥底へ押し込める。


「ねえ、父さん。嘘、よね。母さんが、そんな…」


「……すまない、すまないアリッサ」


 エドワードはアリッサを強く抱きしめる。

 アリッサは、彼の胸内に泣き続けた。

 人気のない廊下。

 ただ彼女の泣き声だけが、響いていた。

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