第118話
驚き、失望、そして怒り。
それらの感情がない混ぜになって、エドワードの表情を歪ませる。
ロイに対する疑問は際限なく湧いてくる。
なぜ裏切ったのか。
どうして、そちらに組みするのか。
アーサーはどうしたのか。
ドミティウスはどこにいるのか。
一つ一つを解決できぬまま、エドワードはロイが閉じられたドアを、ただ睨んでいた。
深く息を吸い、そして吐く。
ささくれだった気分を落ち着かせ、レイモンドに顔を向ける。
「書記官殿は、貴殿に何を要求した」
「……学内にいる異種族の教員、生徒を、即刻大学から出すようにと」
レイモンドは眉間を揉みながら、椅子に腰を下ろす。
「それで、貴殿はそれを飲んだのか」
「まさか。ここは学びの場。公的に開かれている場所です。人間であろうと、亜人種であろうと、学びの門戸はひらかれている。権力によって支配される場所ではない」
机の上に肘を置き、レイモンドは両手のひらで顔を覆う。
手のひらの中で息を吐くと手を顔からおろし、エドワードに視線を向けた。
「だが、国の援助によって成り立っていることを、否定はできません。どれだけ公明な理想を掲げていようとも、学校を存続させるためには、彼らの意思を実行しなければならないことは確かです」
それに、とレイモンドは言葉を続ける。
「もしも国に逆らいでもすれば、職員と生徒がどんな目に遭うか帝都での惨事は私も知っています。あんなような連中が我らを蹂躙すれば、瞬く間にここは血の海になるでしょう」
「では、どうする」
「それをこれから考えるのですよ。……まったく、どうしてこんなことに」
ため息には疲労と苦労が滲む。
肥えた顔がいつになくやつれているように見えた。
「それより、貴方も私に何か御用があったのでしょう? まさか、わざわざ挨拶をしに来られたわけではありますまい」
「少し力を貸してもらいたい」
「というと?」
「エリスというエルフを、知っているな?」
「ええ。忘れるはずはありません。彼女が誘拐されたのは、紛れもなく我が校の失態ですから」
「ならば話が早い。彼女の体に、ドミティウスが入っている。その解除方法を、共に調べて欲しい」
「……詳しい話を伺いましょう」
「私は先遣隊を率いて、タルヴァザに調査に向かった。ドミティウスの残したメッセージを調べるためにな。魔物たちの攻撃を受けながら、私たちはドミティウスのもとにたどり着いた」
所々の詳しい描写を省きながら、エドワードは話す。
「私も詳しいことは分からない。だが、ドミティウスの奴はなんらかの術を使って、エリスに乗り移り、彼女の体を使って、ジャック・ローウェンを手ひどい傷を与えた」
「ジャック・ローウェン……エリス君のお父君ですね」
「正確には養父のようなものだがな」
机に手をかけて、エドワードは前のめりに、レイモンドの顔を見る。
「彼の証言だと、奴はエリスの体ごと、その空間から姿を消した。空間を切り裂いて、転移をしたと言っていた。それは可能か?」
「ええ、可能です。よほど魔法に長けた魔術師でなければ、扱えない魔法ですがね。しかし、エルフであれば、造作もないかと思われます」
「では、人の体に乗り移るという馬鹿げた術も存在するのか」
「それは……調べてみないことには、なんとも言えません。太古の禁術、いや、様々な魔法を組み合わせた、全く新しい魔術ということも考えられますから」
「なら協力をしてくれないか。その術の解き方さえわかれば、ドミティウスをエリスの体から引き剥がせるかもしれない」
「……わかりました。やってみましょう」
「協力、感謝する」
「ただし、条件があります」
安堵したのも束の間。レイモンドが言った。
「何でしょう?」
「調査は私どもに一任していただき、あなた方はすぐにここを立ち去ってもらいたいのです」
「私たちがここにいるのが、何か問題なのですか?」
「ええ。貴方は今の帝国と敵対しようとしている。私はそれを止める義務はありませんが、しかし、貴方と通じていると、不都合な目に遭う可能性がある」
「不都合……?」
「お分かりになりませんか。貴方がたがここにいる限り、この大学が戦場となる危険があるということを」
レイモンドは言う。
エドワードは言葉を飲んで、彼の言葉に耳を傾けた。
「私だけならばともかく、ここには生徒や職員を含めて多くの人間がいます。私は彼らの身の安全と命の保障をしなければならない。無用な危険も争いも、一切受け入れたくはないのです」
手を組み合わせ、硬く握りしめる。
「貴方や、貴方の部下たちを蔑ろにするように聞こえてしまったら、謝ります。ですが、この学校を預かるものとしての義務を、どうかご理解いただきたい。逗留ならば私も許しましょう。しかし、ここに根を下ろし、長くいつこうとは思わないでくださいませ」
「……貴殿の言い分はわかった。調査が済み次第、ここを立ち去ろう。その間は大学の外で待機をしている。警備のために大学の周辺を出歩こうとは思うが、よろしいか」
「ご理解、感謝いたします」
「では、これで失礼する」
エドワードは踵を返し、ドアに歩み寄る。
「アリッサ君には会いましたか?」
その背中に、レイモンドの言葉がかかる。
「……いや、まだだ」
「貴方の事を随分と心配していましたよ。ぜひ、お会いになってください。その方が、きっとあの子のためになりますから」
「そうだな……後で会いに行こう」
エドワードは兵士を連れて部屋を出た。
アリッサが生きている。大学にいたために、被害を免れたのだ。
安堵とともに、彼の心には一抹の不安があった。
シャーリーの死を、隠すべきか。それとも伝えるべきか。
おそらく彼女の死を聞けば、アリッサは取り乱すに違いない。
その時、何と言葉をかけるべきだろうか。
廊下を歩きながら、エドワードはただひたすら、考え続けた。
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