第117話

 魔法大学学校長。

 その仕事は学内だけにとどまらない

 帝国の要人との会合。

 大学の予算策定の決定権。  

 晩餐会という帝国の悪しき習慣にも顔を出すことを忘れない。


 律儀であり、かつ面の皮が厚い者が、この職務にはうってつけだった。


 その意味で言えば、レイモンドほどこの仕事が似合っている男はいないだろう。


 レイモンドの部屋は大学校舎の最上階にある。

 そこに、珍しく来客が訪れていた。


 ロイ・コンラッド書記官。

 帝国の中でも要職に名を連ねる男が、突如として大学にやってきた。

 

「では、そういうことで、一つ宜しく頼むよ」


 彼の目的は、大学側にある要求をのませることにあった。

 目的以外のおべっかも接待も必要としない

 レイモンドが一番苦手とする相手だ。


「ええ。善処させていただきます」


「善処ではだめだ。必ずやってくれ」


 口約束にならぬように、ロイは再度念を押してくる。

 いいから、さっさと帰れ。

 レイモンドは思った。だが、それを言葉にする時は、


「では、お見送りをいたしましょう」


 と、丁寧な口調に切り替える。

 その上で、けして機嫌を損ねないように、微笑みを浮かべるのも忘れない。


「いや結構。私のために労力を使うのはよしてくれ。それよりも、貴殿にはやるべきことを与えたのだから」


「そうですか。では、またご用がありましたら、いつでも」


「ああ。近いうちにでも寄らせてもらうよ」


 ロイはレイモンドに背を向けて、ドアの前に立つ。

 ポケットからプレートを取り出したところで、何者かがノックをした。


「学校長。よろしいでしょうか」


「今は来客中だ。後にしてくれ」


「構わんさ。入れてやれ」


 ロイは言う。

 プレートをポケットにしまい、来客のために道を開けた。


 ドアが開く。

 現れたのはエドワードと、数名の兵士達だった。


「おお。これは、これはブラウン団長殿。今日はどのようなご用件でしょうか」


「なんの連絡もなしに押しかけてしまって申し訳ない。実は、学校長殿に折り入って相談したいことがあるのですが……」


 その時、エドワードは目の端にロイを捉えた。


「久しいな。エドワード君」


 ロイが言う。


「これは、コンラット書記官殿。もうお帰りですか?」


「ああ。そうだ。……ではな。学校長。私はこれで失礼するよ」 


 ロイはドアに付けられた金獅子に、プレートを飲み込ませる。


「おっと、そうだ。いい機会だ。この際君にも伝えておこう」


 ドアを開けたところで、ロイが振り返った。


「このたび、皇帝陛下が崩御なされた」


「……いつです」


「一週間ばかり前だ。そして、新たな皇帝陛下が着任され、その下で体制が変わった」


「皇帝陛下が変わった? 一体どなたに。ご子息はまだ一〇にも満たなかったはずですが……」


 嫌な予感がした。

 そして予感とともに一人の名前が浮かんでくる。

 できることならば聞きたくはない、その名前が。


「ドミティウス・ノース陛下だ」 


 ロイはエドワードが望まない名前を口にした。。


「……今、何と?」


「ドミティウス・ノース閣下だ。二度も言わせるな」


 不快感を顔に表しながら、ロイはエドワードに言う。


「待ってください。ドミティウスだって? 何を言っているんですか。奴は帝国の敵であるはず」


「口を慎め、エドワード。あの方は帝国の敵ではなく、帝国そのものなのだぞ」


「……その発言からすれば、貴方はそちら側についたということですか」


「あちらもそちらもない。私は帝国に奉仕し、帝国とともにあるだけだ」


「大佐は、貴方の従兄弟が黙っているはずはない」


「ああ、奴は最後まで黙っていなかった。だが、きっと奴も理解できる時が来る。必ず……必ずな」


 憮然としていたロイの顔が、アーサーを持ち出した途端、悲しげに歪んだ。

 だが、すぐに表情が引き締まり、鉄仮面がエドワードを見た。


「これからよく考えることだ。帝国にこれまで通り忠をつくすか。レジスタンスの真似事をして無様に殺されるか。私としては、君も帝国に尽くしてくれることを願うよ。エドワード君」


 ロイはエドワードに背をむけて、暗がりの廊下へと進んでいく。

 その背中がドアが閉じられ、見えなくなるまで。

 怨敵を見つめるような鋭い目つきで、エドワードはじっと見つめていた。。

 

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