第116話
森の中にポッカリと開かれた草地。
丈の短い草が地面を覆い隠している。
そこに先遣隊は野営地を敷いていた。
焚き火を囲うように、五つの天幕が建てられいる。
天幕から出たジャックのほほを、冷たいそよ風が撫でる。
寒暖差は傷によくしみた。
骨と関節が軋み、うずきだす。
痛む箇所を手で撫でながら、ジャックは焚き火へと向かった。
夕日が木々の合間から射し込んでいる。
茜色の染まる天幕。兵士。そして景色。
土を踏みしだく音。
木槌で地面に釘を打ち付ける鈍い音。
小枝が燃えて、火花が跳ねる音。
暗がりに包まれようとする森に、隊員達の奏でる物音が響く。
エドワードは景色に同化したように、ただじっと焚き火を見つめて、座っていた。
「……目覚めたのか」
エドワードは言う。
ジャックに顔を向けることなく、焚き火に枝木を投げ入れる。
「コビンから話を聞いた。……シャーリーのことは、残念だったな」
「お前が悔やみの言葉を、行ってくれるとはな」
弱々しい笑みを浮かべながら、エドワードもまた焚火へ目を向ける。
「守るべき時にそばにいてやれず、そしてこの様だ。何のために剣を握っていたのか、わかりやしない。肩書きだけは年々立派になったが、所詮はそれだけだったということだ」
炎が照らすエドワードの顔は悲しげで、ゆらゆらと揺れる陽炎が、エドワードの表情に影を落としている。
「もし、シャーリーの後を追おうというのなら、せめて仇をとってから首をくくれ」
「俺が死のうとしているように見えるか?」
「ああ。見える」
ジャックは言う。
エドワードは意外そうに目を開いた。
が、すぐに目を細めて、頬を緩ませる。
「確かに、死ぬのなら奴らを殺してからの方がいいな。そうだな、間違いない」
エドワードは、乾いた笑い声を上げた。
夜の闇に、彼の笑いが消えていく。
「で、お前はそれだけを言うために、ここにきたのか?」
「いいや、お前に言っておきたいことがある」
「なんだ」
「……エリスのことだ」
横目でちらりとエドワードの顔を伺ったジャックは、おずおずと言葉を発した。
「ああ。お前も残念だったな」
「謝らんでもいい。問題は、ドミティスの奴がエリスの体をのっとって何かをしようとしていることだ」
「……詳しい話を聞かせろ」
枝木をまとめて焚き火に投げ入れる。
そして、エドワードはジャックに向き直る。
その顔には、悲しみはもうなかった。
そこにいるのは、一人の兵士。ギラリと光る目が、ジャックを見た。
「ドミティウスは私の前から、姿を消した。エリスの体に乗り移った上でな。魔法による転移だと思うが、その後奴の行方は知らない」
「それで、何が言いたいんだ」
「お前は、ドミティウスの消失と帝都の襲撃は無関係だと思うか?」
「……奴がしでかしたことだと言うのか?」
「わからん。だが、無関係には思えん。奴の口ぶりからは、帝国への不信感と、自分を裏切ったことへの恨みが溢れていた。もしも、奴が魔法を使って帝都に転移をしたとすれば……」
「悠々と復讐を果たせる機会があった。というわけか」
エドワードは、腕組みをして息を一つ吐き出す。
「エリスの体にどうやって乗り移った?」
「それは私にも分からない。方法がわかっていたとしても、あの状況ではどうすることもできなかった」
「そうか……」
エドワードは頭をひっかき、眉根を寄せる。
「魔法の問題は、魔法に詳しい連中に聞いた方が早い」
ぽつりと、エドワードは呟いた。
それは今後の目標が決まった瞬間だった。
「大学は転移装置で帝都にもつながっている。あそこなら襲撃の準備をしながら、エリスをドミティウスから解放する方法も、調べられるかもしれん」
「決まりか?」
「ああ、決まりだ。明朝より、大学へと向かう。異論はないな」
ジャックはうなずいた。
そして、翌日。
先遣隊は一路、大学へと向かった。
六日の間。彼らは歩き続けた。
そして、大学の建てられている山の麓にやってきた。
大学は山の中腹部に建てられている。
そこへ行くためには、麓から延々と山道登らなくてはならなかった。
だが、不平不満をいうものはいなかった。
馬車を置き、馬に怪我人を載せて、彼らは登った。
茜色や黄色に色づいた木々が、山を彩る。
それを横目にしながら、先遣隊は進み続ける。
大学の門が見えてきた。
鉄柵で作られた門の左右から、レンガ造りの壁が伸びている。
門の両脇には警備兵が立っている。
彼らはエドワード達を見ると、背筋を伸ばし、敬礼を送った。
「ご苦労」
労いの言葉を述べながら、エドワードが警備兵に相対する。
「ご用件は何でしょう」
「学校長に話がある。通してくれ」
「それは、無理です」
「火急の事態だ。会わねばならん」
「先客がいるんです。もう少々お待ちいただかないと」
「先客?」
「ええ。ロイ・コンラッド書記官殿がお越しになっているんです」
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