第106話

 多くの死者と負傷者を出した作戦は、こうして終わりを迎えた。


 だが、その成果は芳しいものとは言えなかった。


 黒幕であったドミティウスの捕縛はならず、エリスの救出もできずに終わった。


 無駄骨、徒労。

 疲労に見合わぬ成果のなさに、誰しもが肩を落としていた。


 ジャックとユミルは、あの広間から担ぎ出された。

 二人の意識は未だ戻っていない。

 ユミルは気絶をしているだけで、命に別状はない。問題なのは、ジャックの方だった。


 コビンは懸命に治療を続けているが、助かるかどうかは、判然としなかった。


 ジャックの息が止まるたびに、コビンが胸部を刺激する。傷口が新たに見つかれば、治癒の魔法によってすぐに塞いで行く。


 二人に加えて、他の怪我人もみなければならない。魔法に心得のある人間は、コビンのほかにもいる。しかし、その頭数を怪我人は越えていた。


 他に違わず、コビンのもとにも怪我人が運び込まれてくる。


 比較的軽傷のもの、自分の足で立って歩ける者は治療から省き、残る重傷者の治療に専念する。


 無論、それでも数は少なくない。治癒の呪文は馬車のそこかしこから、絶え間なく聞こえてくる。


 コビンもジャックとユミルに付きっきりという訳にはいかなかった。二人の看病を続けながらも、傍らではほかの冒険者や兵士の治療にいそしむ。


 終わらぬ治療。流れ出る魔力。長時間の治療は魔術師たちに労力を迫り、疲労がどんどんと重りとなって体の動きを鈍くさせる。


 けれど、休む訳にはいかない。手を止めれば、負傷者には死が待っている。現実の問題として、彼らにはそれがわかっていた。だから、手を休めるわけにはいかなかった。


「帝都まであと少しです。それまで、なんとか持ちこたえて」


 コビンが言う。

 それはジャックに言うと同時に、自らを励ます言葉だった。


 魔術師たちの懸命な治療は終わりがあるからこその奮闘だった。


 帝都に帰れば医療設備のある医院に預けられる。治療から解放され、負傷者たちはきちんと傷を癒すことができる。


 それまでは、命をつなぎ止める。その一心で、彼らは治療を続けた。


 刻々と時間が経つにつれて、期待がましていく。もうすぐ、もうすぐだと。彼らは心から自分を励まし、仲間たちを激励する。


「帝都が見えたぞ!」


 誰かが叫んだ。

 待ちわびたその言葉。彼らは馬車や馬の背中から、望めるはずの帝都の姿をとらえようとした。


 だが、安堵は一瞬にして絶望に変わった。


 帝都が、彼らの愛しき我が家が、黒煙と炎に飲み込まれていたのだ。

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