第99話

 回転しながら迫る剣を、ジャックは屈んで避ける。

 だが、彼の背後にいた男は間に合わず首を刈り取られる。

 鮮血と首が一度に宙を舞う。

 それが彼らが敵と認めた瞬間であり、戦闘の狼煙となった瞬間だった。


 レイスは次々に深淵から現れ、空中から隊列に襲いかかる。

 背後は壁面がそびえ、左右には味方の兵達がいる。どこにも避ける場所はない。


 押し合いへし合い。己の命を永らえるために、退路を無理矢理にでも切り開こうとする。


 そんな彼らをあざ笑うかのように、レイスの剣が容赦無く隊員たちを殺していく。


「このまま下へ降りるぞ。ついてこられる奴は俺に続け!」


 エドワードの叫びは混乱の中にかき消されることはなく、隊員たちの耳に届く。


「行け、行け、行け!」


 兵士の叫びが隊員の背中を叩き、駆ける足に拍車をかける。

 だが、坂を駆け下りて行く最中にも、レイスの襲撃は止まらない。


 冒険者の一人を担ぎ上げて、谷底へ落とす。

 兵士の一人の腹に剣を突き立て、力任せに引き裂く。

 弓を射る狩人を数体のレイスが取り囲み、細切れになるまで切り刻む。


 悲鳴を聞きながら、ジャックとユミルは必死で谷へ駆け下りた。

 谷底へとついた時、周りにいたのは、数少ないいく残りだけだった。


 未だ頭上から叫び声と悲鳴が聞こえてくる。

 レイスがこちらに降りてこないのは、きっと上の連中に気をとられているからだろう。


 犠牲のもとに得た安息。息を整えるだけで、安堵というものはかけらも浮かんではこない。


「行き先は分かっているのか」


 エドワードの心中を察したのか、ジャックが尋ねる。


「いいや。何もわからん。ここからは、勘で進む他にないだろ」


「団長、あれ」


 その時だ。兵士の一人が前方に見える何かを指さした。

 指し示された方向に目を向けると、そこには何か光る物体が地面に転がっていた。


「何ですかね。あれ」


「分からない。ユミル、射てるか」


 エドワードの目はユミルへと移る。

 コクリと頷くと、ユミルはその光る物体に狙いを定める。


 キリキリと弦がしなり、つがえられた矢が引かれていく。

 狙いが定まり、わずかな震えが消えた瞬間、番えられた矢が勢い良く飛び出した。


 緩やかに弧を描きながら、矢は光に向かって真っ直ぐに飛んで行き、そして見事に命中する。しかし、その物体からはは何も反応はなかった

 

 エドワードは視線を背後にいるコビンとカーリアに向ける。

 二人はエドワードを追い越して光り輝く物体へと向かって走った。


「団長、来てください」


 手を上げてコビンがそう叫ぶ。

 注意を払いながら、エドワードを筆頭にコビンの元に向かう。


 彼の手には光る物体が握られている。

 それは黄緑色の発酵塗料が付けられた石だった。


「こんなもの、一体誰が……」


 ふとエドワードが目をあげると、その先の道に転々と光る石ころが転がっていた。 その光は、塗料による光と待ったく同じ色をしていた。


「……こっちに来い。ってか」


 道しるべのように落ちているそれは、明らかに何者かの意図が感じられる。

 この先に行けば誰かが待っている。もしくは、罠か何かが仕掛けられているのは間違いようがない。


「先に行くぞ」


 判断に迷っていると、ジャックがエドワードの横を通り、石の続く暗がりへと走って行った。


「ちょっと、待ってください!」


 ジャックをコビンが呼び止める。だが、ジャックの足は立ち止まることはなかった。


 「あの人の好きにさせて。大丈夫、自分の始末は自分でつけるから」


 ユミルはそう言うと、誰よりも早くジャックを追って走った。

 そして、その後をカーリアが追いかけた。


 呆気にとられているコビンの肩をエドワードは叩く。

 コビンが顔だけを向けると、エドワードは黙ったまま頷いていた。


「好きにさせてやれ」


 コビンを見つめるエドワードの目は、そう言いたげだった。

 そして、エドワードは辺りを警戒しながらも、すぐに二人の後を仲間たちを引き連れて追って行った。

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