第97話

 外へと出た二人を、ロドリックが迎えた。


「あの子はいたのか」


 その問いかけには答えず、ジャックはロドリックを押しのけ進んで行く。


「無駄よ。今声をかけても、聞く余裕があの人にはないから」


 首を横に振りながら、ユミルが言う。


「エリスはここにいなかった。タルヴァザってところに連れて行かれたらしいわ」


「タルヴァザ? ここから遠く離れた秘境だぞ。そんなところにどうやって……」


「手だれの魔術師がいたみたいね。転移魔法とやらを使ったらしいから」


 ユミルが言う。ロドリックは唖然としつつも、納得しうなずいた。


「私ももういくわ。探し出してくれて、ありがとうね」


 ユミルはロドリックの肩を叩くと、ジャックの後を追って歩いていく。


「犯人はどうなった」


 ロドリックがユミルの背中に問いかける。


「然るべき罰は与えた。中に入って見るのはいいけれど、あまりオススメしないわ」


 彼女はそれだけを言うと、森に消えて行った。


 帝国軍がタルヴァザへ先遣隊を送るという噂が流れたのは、エリスの誘拐から二日たった頃のことだった。


 冒険者ギルドへも大々的に依頼が告知され、参加を募った。

 報酬もよかったこともあったが、何より帝都へ攻撃をした連中に鬱憤が溜まっていたのだろう。ギルド、狩人連合、傭兵団。それぞれの団体で五十人ほどの応募に、百を超える人間が名乗りをあげた。


 ジャックとユミルもまたこの依頼に参加していたのだが、報酬は二人の眼中にはない。二人が願うのはエリスを無事に救出すること。たったそれだけだった。


 鬼気迫る表情の二人を、エドワードは遠くから見守っていた。


 本来ならば面接で選ばなければならないところを、二人を優先して隊に招いたのはエドワードだった。


 軍部の者ならば、大学内で起きた誘拐事件を知らないわけはない。そして、エリスがタルヴァザへ連れて行かれたということも、彼は耳にしていた。


 本来ならば面接や選考を経て人選を決定するが、優先して二人を部隊に入れたのも、他ならぬエドワードの判断だった。


 先遣隊の隊長を務める人間として、必要な人材であると判断した。それが兵士や他の冒険者や狩人たちへの理由だ。だが、それが建前であり、本来の理由は二人にエリスを探させる手助けになればと考えてのことだ。


 エドワードの部下たちは、団長が密かに考えている理由に勘付く者もいたが、それを口に出すことはなかった。ジャックとユミルの双方を歓迎し、共に頑張ろうと一言添えるだけだった。


 冒険者、狩人、傭兵、そして帝国軍の軍人。依頼を請け負った者たちを選りすぐり、総勢一五〇名の先遣隊が出来上がった。エドワードがこの即席の部隊を率いる。


 隊の移動手段は馬と馬車。帝国軍の兵士は馬に乗り、残りは馬車の荷台に乗って移動をする。ジャックとユミル、それにエドワードは同じ馬車の荷台と御者台に分かれて乗り合わせていた。


 馬車の中は会話という会話はない。ただ車輪がガラガラと回る音だけが虚しく聞こえてくる。ジャックはどこを見つめるでもなく、荷台の床に座り、微動だにしない。

 

 あふれんばかりの殺気は、乗り合わせた冒険者と狩人を萎縮させている。自然と彼は周りから距離を置かれ、ユミルの他に近寄ろうとする者はいなかった。


 エドワードは御者台から、ちらりとジャックを見た。


 最初にあった頃に戻ってしまった。内心そんなことを思う。

 誰彼構わず殺してしまう、殺戮という言葉しか頭にない人間。

 最初ジャックと対面した時、そんな印象がエドワードにはあった。


 これまでにもそういう人間を見て来た。誰もが共通しているのは、おおよそろくな最後を迎えることはないということ。


 犬のように野垂れ死ぬか、権力者のいいように操られて、無様に死に晒すか。そのどちらかに限られる。


 出来ることならば、ジャックにはそんな死に方をして欲しくはない。エドワードは彼を気に入っているのだ。それは部下や兵士としてではなく、一人の友人としてだ。


 彼に限った話ではない。ここにいる全員が生き残る保証はない。必ず犠牲はつきまとう。それでも、一人でも多く帝都に帰還させる。それが彼に与えられた役目であり、その役目を果たすために、この部隊を率いる覚悟を決めたのだ。


「どうしたんです。険しい顔をして。団長らしくもない」


 隣に座る副長が、冗談めかしに話しかけてくる。


「……何でもない。先を急ぐぞ」


 肩をすくめ、顔の筋肉を緩めてエドワードは言った。

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