第96話

 坊主頭の男めがけて、ジャックは剣を振り下ろす。

 男はとっさに身を引いてやり過ごす。ジャックは間をあけず、果敢に攻め入っていく。


 だが、ジャックの前に魔術師の放つ魔法が立ちはだかる。轟々と音を立てて、火炎がジャックに迫っていた。


 横に飛び退いてやり過ごしたが、その間に男は魔術師の背後に隠れてしまう。せっかくの好機を逃してしまった。


 

 男から魔術師に狙いを切り替え、一気にかける。

 雷を避けて、魔術師の懐に入ると、その首を、ャックは容赦なく斬り落とす。

 剣の刀身の上を男の顔が滑り、真っ赤な血液が切れ目から溢れる。

 ごとりと落ちた首を足蹴にし、男に迫る。


 男を守るために、魔術師が男の前にたち、ジャックに相対する。杖からは絶えず魔法が放たれ、ジャックはそれらを避けることに専念せざるをえない。ユミルも矢を放って攻撃を仕掛けてはいるが、その尽くが魔法の防壁の前にはかなく砕けていった。


 だが、防壁をはるその一瞬は攻撃がやみ、唯一の攻め入る機会ができた。


 腕輪についた鉱石が発光。ジャックの魔力が増幅し、腕に剣に宿る。青白く光る剣を振り、防壁ごと魔術師を切り裂いた。


 魔術師は目を剥いて驚いていたが、その顔はすぐに痛み歪んだ。肩口をえぐり、剣は魔術師の胸部まで達した。口元から血が垂れる。足蹴にして魔術師から剣を抜くと、もはやそれは動くことはなかった。


 残る魔術師は、すぐに男を連れて背後へと後退する。だが、そのうちに一人がジャックの剣に、もう一人はユミルの矢に頭部を貫かれて死んだ。


 一人の魔術師と坊主頭の男。

 魔術師の額には汗がにじみ、男の顔は緊張で引きつっている。

 ジャックは剣を振った。魔術師は杖を構えて、それを受け止める。


 矢が飛来し魔術師の肩を射抜く。苦渋に歪み、魔術師の膂力が緩む。ジャックは体重をかけて、一気に押し込んでいく。


 剣先が首筋にあたり、深くえぐる。苦痛に歪んだ顔が、さらに悲痛に歪んでいく。

 引き裂かれた首筋から、赤い血が流れ出す。痛みに意識が朦朧としたのか、亜術師は膝を崩した。


 そのうなじに、ジャックは剣を振り下ろした。

 首が転がり、頭部を失った胴体が、そこに倒れた。


 残ったのはジャックと、ユミルと、坊主頭の男だけだった。


「エリスはどこだ」


 男に詰め寄ると、胸ぐらを掴み、ジャックが問いかける。


「だ、誰が、おし、えるか」


 男は答えた。それはジャックの望んでいた答えではなかった。

 ジャックは男の太ももを剣で貫いた。悲鳴が空洞に響く。力任せに剣を回転させて風穴をえぐり広げる。


「どこだ」


「だ、れが……」


 剣を引き抜くと、今度は男の横腹を貫く。血が刃を伝って柄に、そしてジャックの手に流れてくる。

 

 男の口からは、言葉にならない嗚咽が唾液とともに漏れた。


「あの子は、どこだ」


 彼の求める答えが男の口から出されるまで。執拗で、残忍に、男の体を痛めつけ続ける。男は助けを求めるように、ジャックの傍に立ったユミルを見つめた。

 

 だが、ユミルから救いの手が伸びることはなかった。

 ジャックに比べれば、まだ悲痛の面持ちでいる分可愛げがある。だが、その目は確かに男への怒りをあらわにしていた。

 

 もはや救いはない。そんな状況にいるにもかかわらず、男の顔には笑みが浮かんでいる。


 「あの子は、どこだ」


 「少なくとも……。ここには、もう、いない」


 「何?」 


 「魔法ってやつには、詳しくないが。転移魔法、とか言うので、遠くに行っちまったよ」


 「どこへ行った」


 「それを言っては、面白く、ないだろう」


 ニヘラと男は笑う。


 「御託はいい。さっさと場所を言え」


 剣を引き抜き、貫いたばかりの横腹を思い切り掴む。痛みに耐えかねて男が絶叫する。それに眉根をひそめることもせずに、ジャックは問いかける。


「へ、へへ……。じゃあ、命を、助けて、くれるか」


 苦し紛れのふざけた言葉を、男の足をさらに踏むことで黙らせる。


「場所を聞いているのだ。それ以外の言葉は必要ない」


「……まあ、いいや。どうせ、ここを出たところで、死ぬことには、変わりねえ。それに、テメェのその面を見られただけでも、よしとしようじゃないか」


 何かを悟ったように、自らの生を捨て、言葉を作る。


「……タルヴァザに、行きな。そこに、奴らと一緒にいる」


 男の足から足をどける。そしてジャックは男の腕から引き抜いた剣を、男の頭上に掲げる。


「…へへ。ざまぁ、ねえ」


 その言葉を最後に男の喉が切り裂かれた。こぼれ出る真っ赤な血。それは川となって肌を伝い、地面へと降りていく。


 男の口からは、最後の息とともに血が吹き出る。そして、次第に胸の上下がなくなり、双眸が黒く濁っていく。彼の魂が彼の体から抜けていく様を見届けると、ジャックはちを払い落とし、鞘に入れる。ユミルの横を通り抜ける。

 

「行くぞ」


 振り返ることなく彼女に告げる。そして、足を進める。

 足元に転がる悪党の死体。立ち去る前に、ユミルはその死体を一瞥する。


 とうに事切れているのに、血液だけが流れ動いている。しかし、その顔に浮かんだ笑みは、死んでもなお消えることはなかった。

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