第95話

 洞窟の奥へと進みに連れて、暗闇がジャックの視界を奪っていく。見通しが利かない。土の香りが鼻をつき、冷えた空気が肌を撫でる。

 

 洞窟の壁面に触れながら、一歩一歩慎重に進んで行く。 

 次第に傾斜がつき始める。どうやらこの洞窟は下に伸びているようだ。傾斜に沿って進んでいくと、ジャックの足が止まった。


 目の前の地面に松明が一つ。ぽつんと転がっていた。そこにはまだ火がついていて、火の揺れに合わせて周囲の陽炎たちが踊っている。


 ジャックはそれを拾い上げ、明かりがわりに先へと進む。

 すると、またしても松明が地面に転がっている。それを無視して先に進むと、またしても松明があった。


 罠か、それとも不注意による産物か。どちらにしても人の意思が介入しない限り、こんな目印のように置きはしないだろう。


 その理由について考えている暇はない。ジャックは松明を辿るように、洞窟を進んでいった。

 

 広い空間に出た。両側の壁には篝火が灯され、空間は明かりが保たれていた。


「これはこれは、随分懐かしい顔が来たものだ」


 男の声が聞こえてくる。

 ジャックがそちらに目をやると、薄闇の中にぼんやりと動いている影を見つけた。


 目を凝らして見ると、そこには数人の男達がジャックの方を見つめていた。その中の一人が、群れの中から一歩前に出て、彼に顔を見せる。


 その顔はどこかでみた覚えがあった。


「忘れてしまったのか。それはそうだよな。無理はないさ、俺みたいな弱者は、覚えられていなくて当然だ」


 男は肩を透かし、フルフルと首を振った。


「では、思い出せるように少しヒントをやろう。初めて会ったのは、三年前。エルフの村近くの草原でばったりでくわした。お前はその時、俺と戦った。ここにはいないが後二人ほど仲間がいたが、お前に殺された。……さて、ここまで言えば、おそらくお前の記憶のどこかにひっかかるはずだ」 


「……あの時の小悪党か」


 記憶の中に埋没した、三年前の風景。ジャックは思い出した。あの草原で、エリスに襲いかかっていた小悪党の一人だ。止めを刺し損ねたあの男が、三年の時を経て、ジャックの前に立っていたのだ。


「思い出してくれて嬉しいよ」


 男はニヤリと笑う。あの時より、幾分頬がこけているように見えた。だが、そんなことは関係ない。今度こそ、この男に止めをさそう。もはや遠慮はいらないのだ。


 ジャックは剣を抜き、ゆっくりと男たちに近寄っていく。


「おっと、妙なまねをしてくれるなよ。俺もあの時の二の舞はいやだからな」

 

 男が手を顔の横に掲げると、背後にいる男の仲間数人が懐から杖を取り出し、ジャックに向ける。


「……魔術師か」


「言っただろう、あのときの二の舞はごめんだってな」


 ジャックは足を止めて、油断なく男たちの数を数える。坊主頭の男の他に、五人の魔術師がいる。そいつらは男の背後に控えていて、杖を構えている。妙な動きを見せれば、すぐにでも魔法を放ってくるだろう。


「三年前のあの日。あの娘をさらっていさえすれば、こんな面倒なことはしなくて済んだんだがな。まあ、過去は過去だ。いつまでも恨んでいたんじゃ、前には進めないからな」


「エリスをさらったのは、お前か」


「そうだとも。自分の不始末は自分で解決しなくちゃならない。三年前のつけがようやく払える。だが、お前にはあの娘の居場所は教えない。当然だ。依頼主の情報を守ることは鉄則だからな。さて、おしゃべりもこのくらいにしよう」


 男はそう言うと、背後にいる仲間に目配せをする。仲間は頷くと、今一度杖をジャックに向けて構える。


「大学のガキどもを捕まえて、身代金でもたかろうかと思っていたんだが。まあ、仕方がない。その気に食わない面を一生見ないで済むのなら、お釣りがくるくらいだ。だが、簡単に死ねると思うなよ。あの時の屈辱を今返してやる」


「……ユミル、やれ」


 決して大きくはない彼の声が、空洞の中に響き、こだまする。

 すると、ジャックの頬をかすめながら、いくつもの矢が背後から飛来した。

 男たちの喉に、肩に、腹に、目に。

 狙いすまされた一矢が次々に突き刺さっていく。


 空洞の中に悲鳴が響く。それは開戦の合図。ジャックは再び剣を構え、切り掛かった。

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