第94話
女は教員に連れられて、集会場を後にした。
悲しげな弱々しい背中をロドリックが見送っている。
が、すぐに視線を二人に向けて、ロドリックは口を開いた。
「今回は申し訳なかった。今、子飼いの犬たちにエリス君の匂いを嗅がせて捜索させている。結果が分かり次第、君たちには伝えよう。だから、どうか怒りを抑えてくれ」
生徒を失ったことで傷ついているのは、何も両親だけではない。
責任、失望、恐怖。様々な感情が女の心に浮かぶが、とりわけ責任の言葉が重くのしかかる。
もしもの事態は必ずある。だが、防げなかった責任はあまりに大きい。女の落ち込みようは、まるでこの世の終わりを見ているかのようだった。
ほんの少しの良心から、女とともに謝罪をしようとロドリックは同行したのだが、自分がついてきて正解だったと今は考えていた。
もし、彼女一人でジャックに相対すれば、殺されていた可能性は充分にあった。いや、ロドリックがいたとしても、彼は容易に女を殺してしまえたのだ。それほどまでに彼の怒りは熱く、またさめざめとしていた。
凶行を止めたただ一つの原因は、ジャックの背後にいるユミルにある。彼女の存在が、ジャックの凶行にぎりぎりで歯止めをかけているのだ。ロドリックはそう思った。そして、感謝をした。
ロドリックはジャックの返事を待つ。
「必ず見つけろ」
ちらりとロドリックを睨みながら一言を添える。そして彼に背を向けてその場を立ち去ろうと歩き始める。
その時だ。駆け足の音が近づいてきたかと思えば、扉が勢いよく開かれた。
「ロ、ロドリック様。見つけました」
ローブを着た若い男が、息を乱しながら言う。
「見つけた?何を」
「エリス君の居場所です。犬が嗅ぎ当てました」
それを耳にした時ジャックの体がロドリックたちの方へ向く。
「どこだ」
ジャックは若い男に詰め寄ると、そう問いかけた。
「だ、誰ですか、この方は」
目配せでロドリックに男はたずねる。
「エリス君の親御さんだ」
それを聞いて得心がいったのか、目をジャックの方に向ける。
「え、ええ。大学から離れたところにある、洞窟の中です。犬たちがそこの前で止まったので多分間違い無いかと」
「犯人の姿は見たのか?」
「いえ。でも、弓矢での攻撃を受けたので、まだ中に潜んでいるかと思われます。今、仲間が見張っているので、当分はあの場を動かないかと」
「案内しろ」
ロドリックと男が言葉をかわしているさなかに、ジャックの言葉が割って入る。
「……いいのですか」
確認のために、男はロドリックに視線を送る。
「構わない。私もすぐに後を追いかけよう」
「分かりました。では、お二人は私に着いて来て下さい」
男に連れられて、奥深い森の中を進んでいく。エルフの村があった巨木の森ほどではないが、大木が周囲に幾本もそびえ、地面に影を落としている。
獣道を進むこと数十分。草をかき分けると、岩場にひっそりと口を開けた洞窟が現れた。
そこからほど近い木陰には、男と同じローブを見にまとった男女が二人ほど、身を隠している。見張りと言うのは彼等のことで間違いはなさそうだ。
「あそこか」
「ええ。でも、まずは合流しないと」
心配そうに男は意見を述べる。しかし、彼の言葉はジャックの耳を素通りしていくだけだった。
「援護は任せた。私は先に行く」
「わかった」
ジャックは身を屈ませながら、洞窟の方へと向かう。
彼を制止しようと男が手を伸ばしかけるが、それをユミルの手が下ろさせる。
「貴方、魔法は使えるの?」
「え、ええ。まあ」
「あの子たちも?」
ユミルは木陰にいる二人を指差して言う。
「ええ。問題なく使えます」
「さすが魔法大学の人ね。……この洞窟、入り口がもう一つあったりしないかしら」
「すみません。そこまでは……。普段はこんな森の奥にまでこないので。ここに洞窟があったのも今日初めて知ったんですから」
「そう。それはちょっと厄介ね」
親指の爪を噛み、眉根をひそめる。が、すぐに指を口元から離す。
「逃げられたら逃げられたで、仕方ないと割り切るしかないわね。とにかく、私はジャックを追うから、あなたたちもついて来られたら、そうして頂戴。もしダメそうならロドリックが来るまでここで待機すること。わかった?」
「は、はい」
「いい返事ね。じゃ、よろしく」
男の肩を叩くと、ユミルはジャックの後を追って洞窟へと駆けて行く。
あっけにとられたままの男は、彼女を制止することを忘れてその背中を見送っていた。
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