第90話

「報告、ご苦労だったな」


 会議場を出たところで、ロイから声をかけられた。


「誰のせいだと思っている」


 苛立ちを隠すことなく、アーサーはロイを睨み付ける。


「私のせいだろうな」


 ロイが言う。乾いた響きのその言葉には、何の反省も後悔の念も感じない。


「ここではなんだ。少し歩こうか」


「別にここで話しても構わんぞ。何なら、陛下の面前で話してくれ。その方が、面倒にならなくてすむ」


「それもいいが、陛下と数人の高官たちも一緒に死んでもらうしかなくなるが、それでもいいか?」


「……ゲスが」


「用心深いと言ってもらいたいね。我々には大胆さよりも慎重さの方が重宝されるのだ……ついてこい。少し歩こう」


 二人は共に城を出て、中庭へとやって来た。そこから城の外周にそって歩いていく。


「私もこうみえて心苦しい思いでいるのだ。民達が血を流すのは、戦時であろうとなかろうも、見ていてとても辛いものがある」


「何人もの人間を殺しておいて、何を今さら」


「それは、お前や他の兵士たちも言えた義理ではあるまい。国のために、大勢の人間や異種族を殺してきたではないか」


 減らず口だ。屁理屈だ。アーサーは思う。だが、彼の反論を許さず、ロイは言葉を続ける。


「私もお前も、向いている方向は違えど、同じ穴の狢なのだ。義務のために人殺しをとわず、自分の信じる忠のために尽力する」


「知ったような口を利くな。お前とは違う」


「いいや、同じだよ。お前のエゴが認めたがらないだけでな」


 城の裏まで来た。そこは、使用人たち作った菜園があった。作業服をきた使用人が、畑に入って土を耕している。ふと、ロイたちに気がつくと、作業の手を止めて、すごすごとその場を立ち去った。


 畑の間を進み、奥にある納屋の中へと入っていく。土間に机と二脚の椅子があり、壁には農業の器具がかけられていた。


「さて、そこにかけてくれ。茶は出してやれないが、ここなら人目につかず話すことができる」


 ロイが椅子に座る。その対面に、アーサーは座る。


「私は私の正義のために、血を流す覚悟を決めた。お前はお前の正義のために働いていることは、重々に理解しているつもりだ」


「だったら、大人しく投降してくれないか。お前が口を割ってくれさえすれば、すぐにでもドミティウスの野郎をあの世に送ってやれる」


「お前は陛下を殺すために情報を渡せと言われたら、大人しく情報を教えられるか?」


「いいや。だが、お前の主は皇帝でもなければ、王でもない。ただ国にたてつく不届きものだ」


「確かに。お前の目からはそう見えるかもしれないな。だが、私にとっては違う」


「だろうな。狂信者には、何を言ってもききやしない」


「それは、お互い様であろう。人は多かれ少なかれ、信じるものに狂わせられるのだ。私もそうであれば、つまり、お前も狂っているにちがいない」


 納屋の隙間から風が入ってくる。言葉が途切れた室内に、風邪の抜ける音が、寂しく響く。


「私の要求は、つい数日前にお前に言ったはずだ。今日お前をここにつれてきたのは他でもない。その答えを、お前の口から聞きたかったからだ」


 机に肘をおいて、ロイは手を組み合わせる。アーサーを試すような視線を向けて、口を開いた。


「だが、答えには気を付けろよ。でないと、流れる血が増えるかもしれないからな」


 アーサーはロイを睨み付け、口を固く閉じる。

 そうだろうとは思っていた。わざわざ自分を呼び止めたくらいだ。それ以外の理由がない。


 アーサーは大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐いた。久しぶりに感じる緊張とひりつく恐怖。それを、よもや幼い頃より付き合いのある、実の兄を前に感じるとは、ほとほと考えたことはなかった。


 ロイの要求。その内容を知るためには、ロイの部屋を訪れたあの日。今日から数日前のあの日に記憶を戻す必要があった。

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