第91話
数日前。ロイの執務室にて、アーサーとロイは対面していた。アーサーが持ってきた疑念を軽々と受け入れ、その挙句に彼はアーサーに思わぬ申し出を告げた。
「アーサー、私と共にこの国を変えてくれないか?」
「……何を言っているんだ、お前は」
「つまりは、私やドミティウス様と共にこの国を滅ぼす手伝いをしてほしいのだ」
聞き入れられるわけがなかった。そんなものは、唾棄すべきものだった。アーサーの顔がみるみると歪み、怒りによってその目は鋭くなる。
「いい加減なことを言うんじゃねぇよ。俺にこの国を裏切れと言うのか」
「裏切れとは言わんさ。ただ、この国の再興を手伝えと言っているんだ」
「再興だ?」
「そうだ。この国は平和という毒に侵されている。平和を否定する気はない。ないが、この国のありようをみていると、どうも我慢ならない」
ロイはアーサーの顔をじっと見つめる。そこには確固たる意思と決意とが現れていた。
「かつては帝国の名を聴けば、異種族たちは皆恐れ慄き、誰もが平服した。それが今はどうだ。異種族たちに賠償金を支払い、帝国の門戸を開けて、迎え入れようとしている。奴隷としてならまだしも、友人としてだとのたまっている」
「それの何が悪いってんだ。戦争をするだけが、帝国じゃない。和平もまた帝国の繁栄をもたらす。それもまた国の一つの形じゃねぇか」
「それがふぬけを量産することになると、お前にはわからないのか」
まるで責め立てるような口調で、ロイは話す。
「帝国をふぬけの吹き溜りにするわけにはいかないんだ」
「だから、帝都に攻撃を加えたってことか?」
アーサーの疑問に、ロイは初めて沈黙した。一瞬の逡巡が、二つの瞳を揺れ動かす。しかし、それもたった一瞬のことだ。すぐにロイは冷静を取り戻し、アーサーの目を見つめ返す。
「平和という病を治すためには、犠牲と絶対敵という劇薬が必要だ。やわな犠牲ではダメだ。人々の記憶に深く残る、悲惨さのある犠牲が必要になる」
「女たちを誘拐したのは、お前の差金だったのか」
「そうとも言えるし、そうではないとも言える。もともと女たちを集めていたのは、別の目的があったからだ。私の計画は、そのあまりを使わせてもらったに過ぎない」
「その目的とは何だ」
「それは教えられない。もしも、私と同じ目的のために動いてくれるのなら、話してやらないでもないぞ」
ロイは言葉を切った。そして沈黙と共に、アーサーに判断の機会を与えた。だが、これだけではアーサーがうなずかないことは、ロイもわかっていた。
「できれば、お前に乱暴を働きたくはなかったが。犯罪者には一切遠慮することはねぇよな」
額に青筋を浮かべながら、アーサーはロイに歩み寄っていく。これまでに何度も、ロイとは喧嘩をしたことがあったが、今日ほど怒りに燃えたことはない。間違いは正さねばならない。たとえ兄弟だったとしても、そこに例外はないのだ。
怒りに燃えるアーサーの前に、ロイは静かに手の平を向ける。制止しろ。そう言っているのだ。もちろん従うつもりはなかった。ロイの一言がなければ、すぐにでも掴みかかっていた。
「この城が吹き飛んでもいいのか?」
「……何?」
アーサーの足が止まり、胸ぐらをつかもうと伸ばした手も止められた。
「ミノスの遺体を回収したのなら、奴の義手に仕掛けられていたものは知っているだろう。爆弾を作る、魔力によって作られた生物のことだ。それを、城内にいる使用人に仕掛けてあるんだ」
「何を、馬鹿な……」
「嘘だと思うか。なら、今すぐ合図を送って、証明して見せようか」
アーサーに向けた手を縮め、親指と中指の腹をつける。指を鳴らそうというのだ。たったそれだけの所作が、アーサーには死への秒読みのように見えた。
「やめろ」
その手を押さえて、アーサーはロイを睨み付ける。勝ち誇るわけでも、嘲るでもなく、ロイはアーサーを見つめている。
「……すぐに判断できる話ではない。数日後に、帝都被害の報告会があったはずだ。その後にでも答えを聞かせてくれ。できることなら、お前の参加を願っているが、そうでなければ、私もキッパリと諦めることにするよ」
「もし断ったら、どうするんだ」
「その時は、お前の考えていることが起きるだけだ」
ロイの顔が、初めて歪んだ。頬が緩み、笑みがこぼれた。
「どうか私たちの願いを聞き入れてくれ。この帝国にいる誰よりも、お前を必要としているのだから」
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