第89話
数日前のことだ。
エドワードの発言を受けて、アーサーはロイの元を訪ねようとしていた。心に浮かんだある疑念を解決するためであった。
軍部別棟から渡り廊下を進み、城内をへと入る。それから階段を上がった。廊下には議会議員達の部屋が並んでいる。
議会書記官ロイ・コンラッド。部屋の名札には大層な役職と共に、彼の名前が刻まれている。
ノックを三回。「誰だ」男の声が聞こえた。
「俺だ、アーサーだ」
「……入れ」
中にはいると、こもった本の臭いが鼻をついた。四方の壁に埋めこまれた本棚には、これまでの議事録と法律、行政資料とがびっしりと詰め込まれている。
「何のようだ」
椅子に座ったロイが言う。
五十を跨ぎ、年相応にその顔にはシワが刻まれている。金髪の髪を邪魔にならないよう後頭部で縛り、まとめている。
愛用の片眼鏡から、青い瞳が覗いている。
「いや、ちょっとお前に聞きたいことがあってな」
来客用の椅子に座り、アーサーが言う。
「手短にしてくれると助かる。このあと予定があるのでね」
「心配するな。時間はとらない。実はな、うちの部下が妙なことを口走っててな」
「妙なこと?」
「セント・ジョーンズ・ワート教会に、村々の供養を任せろということを命令してきたらしいんだ。だが、俺はそんなことはした覚えはない」
「それは不思議な話だな」
「全くだ。宗教団体には供養をしてもらうようにはしていたが、わざわざ名指しで依頼をするなんてことはしない。ましてや、監視していた集団に対してなんか、やるわけもない」
そこまで言うと、アーサーはロイの顔を覗いた。表情に変化はない。ただ、アーサーの目をじっと見つめているだけだ。
「単刀直入に行こう。エドワードに命令したのは、お前だろう?」
確信をつく問いかけだったが、ロイの顔は変わらなかった。
「俺だってなんの証拠もなしに、ここに来た訳じゃない」
「証拠があるのか」
「ああ。お前が知っているかどうかは分からないが、お前の行動をしばらく前から監視させてもらっていた」
「ほう……」
意外そうにロイは言う。それでもどこか余裕を感じさせた。
「お前が花街で妙な男と通じていたな。それも数年前からだ。そいつの正体は教会の魔術師だってことも、こっちはわかってる」
「それで?」
「その魔術師に、お前はメモ紙を渡していたな。そのあと何に使ったのかがわからなかったが、それはエドワードに渡したんじゃないのか?」
「……なるほどな」
ロイは椅子から立ちあがり、アーサーに背を向けて窓辺に立つ。
「兄弟を疑うのは俺だって心苦しい。だから、どうせなら、俺の想像と証拠を否定してくれ」
「いいや、否定はしないさ」
その言葉はアーサーの期待通りであり、またわずかな希望を打ち砕くものであった。
「認めるのか?」
「ああ。むしろようやく気づいてくれたかと、つくづく思っているよ。せっかくお前の見張りに気づきやすいようにしていたのに、お前はちっともこちらに来てくれないから、心配していたんだ」
「……どういう意味だ」
「どうもこうもない。お前の想像の通りだよ」
ロイが振り替える。彼の顔には、笑みが浮かんでいた。
「私はあの教会と、ドミティウス・ノースと通じているのだ」
「それなら、今回の爆破事件も……」
「ああ、関わりがあるとも。いや、むしろ主犯と言ってもいいかもしれん。なにせ、私がこの帝都強襲を企てたのだからな」
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