第76話
一夜明け。
裁判所の地下にアーサーとエドワードがいた。
牢屋に放り込まれていた受刑者並びに容疑者は全員死亡。
一階で職務にあたっていた職員も、崩壊と爆発に巻き込まれ四名が負傷。二名が死亡している。
瓦礫の中を進み、二人は牢屋だった部屋の前で足を止める。
「ここが、そうか」エドワードが尋ねる。
「ええ。ここで間違いはありません」
兵士が答える。生き残った四人の兵士のうちに一人だ。包帯の跡が目新しく、痛みのせいか顔色は悪かった。
「ここにはミノス以外に誰がいた?」
「強盗、殺人で捕まっていた男と窃盗の罪で捕まっていた老爺です」
「ミノスがここにきてから、何か妙なことはなかったか?」
「特にこれと言っては。ちょっとしたいさかいがあっただけです」
「いさかい? 喧嘩でもあったのか」
「ええ。男が因縁をつけて、ミノスに殴りかかっているだけでしたが」
「怪我の具合はどうだった」
「ミノスの方はひどいものでしたが、男の方はこれといった怪我もしていないようでした。強いて言えば、虫に噛まれたような傷が腕についているだけです」
「虫?」
「ダニや蚊に刺されたような小さな傷です。出血しているようでしたが、別に死にそうになっている様子はありませんでした」
「そうか」
エドワードが兵士から情報を聞き出している中、アーサーは瓦礫になった牢の中を見る。
鉄柵は衝撃と熱で溶けて崩れ、破片がいたるとこに散らばっている。
ここに限った話ではないが、かなりの威力を伴った爆発であったことに違いはない。
この牢に入っていた二人の囚人は、見る影もなく肉片になって散らばった。
わずかに残る壁面には、黒々としたシミが付着している。それは果たして元からそこについていたものなのか。それとも、ここにいた囚人どちらかの肉のかけらなのか。想像するだけで気が滅入ってくる。
兵士に現場を任せて、アーサーは外へ出る。エドワードも彼に続いた。
「収穫はあまりないですね」
「ハナから期待なんてしていないさ。全部が吹っ飛んだあそこで何か見つかったら、それこそ奇跡ってもんだ」
「そうですが」
「いちいち落ち込んでいても埒があかん。次だ、次」
アーサーは裁判所の正面にまわり、屋内に足を入れる。
玄関前は比較的傷は軽いが、一筋のヒビが壁面を駆け抜けていた。
中は昨日の喧騒が嘘のように静まり返っている。
誇りと破片まみれの廊下を抜けて、議場に入る。爆発の衝撃によって両開きのドアは歪み、不格好に傾いている。開きっぱなしにしているのは、そもそもそれがもはや閉じなくなったためであった。
観覧席は天井から落ちた破片と埃で汚れている。通路にはガラス片や木屑などが散乱していた。
首と胴に別れたミノスの死体。
それは昨日のまま、証言台のすぐ近くに転がっていた。そ流れ出た血が固まり、赤い絨毯に黒々としたシミを作り出している。
昨日のこともあって、アーサーはミノスの首を軽く小突いてみる。頭は横にごろりと転がった。動く気配はない。
「ただの死体だな」
「ええ。そのようですね」
さて。と二人は死体を挟むように立ち、膝を折って屈む。
ミノスの遺体から衣服を剥ぎ取り、体の隅々まで調べていく。
「エドワード。みてみろ」
そう言って、アーサーはミノスの腕を持ち上げた。
「義手、ですか」
「そのようだ」
黒々としたその腕は、とても人間のものとは思えない色合いをしていた。表面には木目が走り、ニスだろうか妙に艶がある。
「ということは、おそらく……」
アーサーはひねり、曲げて、義手を色々と弄っていく。
すると、突出音とともに手のひらの真ん中に穴が空き、そこから血糊のついた短剣の刃が飛び出してきた。
「当たりだ。こんな代物を仕込んでいたとはな」
アーサーは薄ら笑みを浮かべる。そしてさらに義手を色々と弄っていく。
「おっ?」
親指の第二関節を折り曲げた時、人差し指の先端から小さな針が飛び出してきた。
「針、ですか」
「そのようだ。刺してみるか」
「やめてくださいよ。毒でも塗ってあったらどうするんです」
「冗談だよ。そんなビクビクするな。部下たちがなくぞ」
不服そうに顔をしかめるエドワードを無視して、アーサーは義手を外し、エドワードの持たせる。
「後でそいつを研究者達に調べさせよう。何か思わぬ代物が出るかも知れん」
「そうですね」
エドワードはそれを脇に置いて、コートを調べる。
アーサーは引き続き、ミノスの遺体を確かめていく。
「ん?」
と、アーサーの目がある一点で止まった。
それはちょうど、遺体をうつ伏せにした時にわかった。うなじから背中にかけて、妙な刺青が掘られていたのだ。
「おいおい。なんだ、こりゃ」
アーサーがそんな言葉を漏らす
背中に掘られた大きな円陣。その内側にはびっしりと文字が刻み込まれている。
中心には獅子、三つの頭をもつ龍、そして太陽の紋様が三角形を描くように配置されている。それ以外にも、意味のわからない文字の羅列が背中をみっしりと覆っていた。鋭利な刃物によって、彫り込まれたように見えた。
「何かの魔法陣でしょうかね」
エドワードが言う。
「だろうな。まあ、詳しいことは魔術師連中に聞くしかないが……」
アーサーの手が何気なくミノスの肩に触れた。
「ん?」
指の先に違和感を覚えた。ミノスの左肩。そこに目を向けると、肩の皮膚が妙な形に剥がれかけていた。ちょうど糊付けした紙が剥がれかけているみたいに、四方に切られた皮膚の端が、ピラピラと揺れていた。
アーサーは皮膚の端を指でつまむと、ゆっくりと剥がしていく。
「おいおい……芸がこまかいな……」
皮膚の下。むき出しになった筋肉に、焼印が押されていた。
『ダルヴァザで待っている。親愛なる帝国の民へ』
それはこれを見つけるであろう者達への、メッセージだった。
「ダルヴァザとは、あの西にある崖のことでしょうか」
エドワードが言う
「ああ。たぶんな。タルヴァザなんて地名、あそこ以外にないだろう」
「どうします。先遣隊を向かわせますか」
「まずはこいつを魔術師どもに見せてからだ。また起き上がるような仕掛けがあったらたまったものじゃない」
アーサーは兵士を数名呼び寄せ、ミノスの死体を保管所へ運んで置くように命令をする。彼らが死体を運び出すのを見送ると、二人は裁判所を後にした。。
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