第75話

 ∵


 昨日十六時三十分。

 その日帝都は未曾有の混乱に陥った。


 各地で起きた突然の爆発。死傷者は三千人近くに上り、現在帝都内の医療機関にて賢明な治療が続けられている。


 帝都の多くの建物がこの謎の爆発事件によって瓦解。

 都市機能にも少なからずのダメージが与えられた。


 この悲惨な事件において、私はとある人物から話を聞くことができた。

 爆発に巻き込まれたが奇跡的に生き延びた、とある使用人の男である。


 名前については非公表を希望だったので、本記事では仮にAさんと呼称することにする。


 昨日午後十四時二十五分。

 両親に連れられて、一人娘が自宅へと帰宅した。

 彼女は帝都で頻発していた誘拐事件の被害者だった。


 両親、つまりは使用人の雇用主の二人は、娘を居間へと連れていき暖炉の前に座らせる。


 娘は医師による診察を受け、治療を施されていた。

 医師によれば脳機能に何か異常をきたしていると言われたが、その原因は判然としないとのことだった。


 自宅にて待機させ、異常があれば、すぐに近くに医療院に連れ込むこと。

 これを条件に帰宅を許されたという。


 だが久しぶりの家だというのに、彼女の反応は乏しかった。

 娘は終始うなだれたまま、医者はおろか父母の言葉にさえも反応していなかった。

 

 ひどいことをされて、おそらく気が滅入ってしまっているのだろう。

 両親はそう言いつつ、喜びと悲しみのあまり涙を流していた。


 両親は娘の前から片時も離れようとはしなかった。

 娘が失踪してからというもの、両親はひどく自分たちを責めていたそうだ。

 その後悔が娘への執着を生んでいるのだと、Aさんは思った。


 使用人達は束の間の安堵をすると、再び仕事に戻った。 

 それから奥方に言われて、紅茶と茶菓子の用意をした。

 時計を見た時、十五時五分になっていた。


 湯を沸かして、茶菓子のクッキーを皿に並べ、陶磁器のカップとティーポットを用意する。


 その全てが完了した時には、十五時二十分になっていた。


 この時、この使用人は彼女の口がボソボソと動いていたのを見たと言う。


「何? 何て言ったの?」奥方は娘に聞き返す。


 すると、彼女はたった一言。か細い声で


「逃げて」と言った。


 両親は互いに顔を見合わせる。

 そして悲哀に満ちた目を娘に向けた。

 きっとここを悪党達の住処だと思っている違いない。

 そう思って、父親が優しい声色で


「大丈夫だ。ここには奴らはいないよ」と言った。


 Aさんはは、居間に後にして夕食の支度に取り掛かった。

 この時時刻は十五時三十二分ほどだったそうだ。


 男が薪木を取りに住居の裏手に言った時、家の中で騒ぎがあった。

 

 Aさんは窓から中を覗くと、他の使用人達と両親が娘の背をさすりながら、心配そうに声をかけているのが見えた。


 何事かとAさんもそちらへ向かおうとした時、娘が急に体を仰け反らせ、天井に向けて大きく口を開いた。


 娘の口から出てきたのは、ぬらぬらと滑りを帯びた赤い何か。

 それは植物のようでもあったし、臓器のようでもあった。

 謎の物体は娘の口から勢いよく伸び、丸い球体を形作った。


 みるみると球体は大きくなる。

 それに比例して、娘の体はみるみるとしぼみ、干からびていった。


 奥方は悲鳴をあげ、主人はうろたえ、使用人の幾人かはその場で卒倒した。


 その奇妙な物体は、それでもなお膨張を続け、まるで心臓のように脈動をしていた。


 怖気とともに嫌な予感のようなものを、Aさんはその時感じた。

 事実、それは現実となってAさんとその家族を飲み込んだ。


 風船が割れると同じく、盛大な破裂音とともにその物体は爆ぜた。

 轟音が住居を揺らし、容赦ない爆風と高熱がAさんの体を直撃する。


 背後に吹き飛ばされ、納屋を壊して通りに吹き飛ばされた。

 Aさんは木板に頭を打ち付けて、気絶。その後治療所にて意識を回復した。


 残念なことにこの謎の物体についての証言は、Aさんの他に報告されなかった。

 しかし、Aさんの言うこの謎の物体こそ、帝都を未曾有の恐怖に陥れたものだと、私は確信を持って断言をしようと思う。


 帝都を襲ったこの事件は、何者かによる犯行の可能性が高いと。帝国軍関係者は見ており、これから調査を進めて行くと語った。


 帝都の安寧と平和のために、一刻も早い犯人逮捕が望まれる。

 

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