第77話

 裁判所を出た二人は、その足で裁判所近くにある詰所に向かった。

 中に入ると、職員達が慌ただしくフロアを駆け回っている。

 先の爆発事件の対応に追われているのだ。


 だが、どんなに忙しくとも上官への敬意は忘れていない。

 二人の姿を見たものから、かかとを揃えて敬礼を送った。


「俺のことはいいから、早く仕事にかかってくれ」


 苦笑いを浮かべながらアーサーがいうと、威勢のいい返事が一斉に聞こえる。

 フロアに再び喧騒が包んだ。


 職員達を横目にしながら、二人は階段を登る。

 登ってすぐのところにドアがあり、アーサーがノックもせずに中に入った。


 中にいたのは、この詰所を統括する男。所長、とでも読んでおこう。軍服に制帽を被り、蓄えたあごひげをなぜながら、机に向かっている。五十そこそこの男で、シワの多い顔に鋭い目が印象的だった。


 ドアの開閉音とともに顔を上げて、二人の顔を見た。


「お待ちしておりました。コンラット大佐殿」


 所長は立ち上がり、アーサーとエドワードに敬礼を送る


「ヴィリアーズ公がここにいると聞いたが」


 アーサーが言う。


「ええ。ですが、ここにおられるのは使いの者です。本人は別の場所で待っているとのことで」


「そうか」


「奥の部屋でお待ちになっております。こちらへどうぞ」


 所長は二人の前を通り、隣部屋のドアを開く。

 中には来客用の黒い革張りのソファーが二つ、対面をなすように置かれている。


 ソファに腰掛けていたのは、燕尾服を着た初老の男が座っていた。


「では、私はこれで失礼します」


 男は二人が部屋に入ったところでそう言い残し、一人部屋を後にする。


 「おぉ。アーサー様。エドワード様」


 コフィだった。彼は立ち上がると、アーサーとエドワードに向けて頭を下げる。


「ヴィリアーズ公は、ご自宅か」


「ええ。寝室で寝ておられます。ですが、貴方様が来られたら起こすようにとことづかっておりますので、問題はありません」


「なら、早く行こう」


「では……」


 コフィは金属のプレートを胸元から出して、ドアにつけらた金獅子に飲み込ませる。


「どうぞ」


 コフィに促され、アーサーが先頭をきって廊下を進む。その後をエドワード、コフィが続く。


 突き当たりのドアを開く。

 コフィの部屋に出た。ベッド、着替えを入れる木製の箪笥。小さな書棚。姿見などの家具が置いてあるだけの、質素な部屋だった。


 コフィは部屋に入るとドアを閉め、再び開ける。暗い廊下から陽光射し込む明るい廊下に姿を変える。そこは屋敷の廊下だ。転移装置の効果が切れ、ドアはドアとしての役目に変わる。

 

 三人はガブリエルのいる部屋へ急ぐ。彼の寝室の前に来ると、ノックをし、コフィがドアを開けた。ガブリエルは、すでに起きていた。寝台から体を起こし、アーサーとエドワードに顔を向けている。


「ごきげんよう、ヴィリアーズ公。我々がなぜここに来たのか。理由は言わずとも分かっているでしょう」


 アーサーは言う。そう言いながら、ガブリエルの元へ詰め寄っていく。


「……さて、何のことだろう」


「とぼけないでいただきたい」


「とぼけてなどいない。本当に何のことかわからんのだ」


 ガブリエルは杖を支えにゆっくりと立ち上がる。


「目の前で起きたことは、私も理解できる。だが、私の心はその事実を認めたくはないのだ。どうか夢であって欲しいと、私は願ってやまない」


 どブリエルの空虚な目は天井を見つめ、そして、二人の顔へ向ける。


「なあ、アーサーよ。あれは……、あれは一体何なのだろうな」


「それはあなたがご存知なのでしょう? あのミノスもそのようにおっしゃっていましたよ」


 ボケた老人の戯言などに付き合ってはいられない。

 嫌気と面倒くささをできるだけ隠し、冷静さを保ちながらガブリエルに用件を伝える。


 ガブリエルは虚を突かれたように、目を丸くして口を開けている。


「……そうだな。その通りだ。私はあの男を知っている。おそらく、かの男も隠すつもりはないのだろう」


 動揺が隠しきれず、杖を持つ手がかすかに震えている。

 それを抑えようともう一方の手を上から被せるが、震えは強まるばかりで一向に収まらない。


「できることなら、くだらない妄想だと言って笑ってくれ。でなければ、私は、私は……」


 喉がヒクつき、言葉が震える。普段の彼からは想像できない狼狽に戸惑いながら、二人はガブリエルの話に耳を傾けた。

 

 それは到底信じられない話だった。確かに、ガブリエルがくだらない妄想だと言うのも理解できた。


 だが、アーサーも、エドワードも笑うことはできなかった。それはガブリエルの恐怖にこわばる顔と、とても冗談を言っているように見えない雰囲気に影響されたのかもしれない。


 ガブリエルの自宅を後にした後も、彼の表情と言葉とがいつまでも頭に張り付いていた。

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