第60話

 使者に連れられた先には、煉瓦造りの建物があった。横長の二階建て。一見したところでは、倉庫のように見える。建物の周囲には背の高い鉄柵が立っていて、簡単には乗り越えられないよう、その先端は鋭利に尖っていた。


 鉄柵の門を開けて入り口へと向かう。黒い鉄の扉。ドアノブに使者が手を掛けて、引き開いていく。


「さあ、中へ」使者は二人にそう促した。


 建物の中は、白で満たされていた。天井も壁も、全て白で統一されている。廊下に敷かれた真っ赤な絨毯が、目にも鮮やかな色合いを映えさせている。壁には黒の振り子時計がかけられていて、一定のリズムで時を刻んでいる。


 玄関の左脇に、ハンチング帽をかぶった老人が、パイプを拭かしながら二人をじっと見つめている。使者は彼に会釈をした。


「では、こちらへどうぞ」


 使者が先導して廊下を進んでいく。エリスとユミルも男に続いて歩く。

 廊下の先には、螺旋階段が続いていた。赤い絨毯が下に向かってとぐろを巻いている。

 使者は階段を下っていく。エリスとユミルも、階段を降りていく。


 階段を降りた先にはドアがあった。

 その先には待っていたのは、栗皮色のドレスを身につけた女と、椅子に座って羽ペンで何かを書き連ねている男がいた


 白い花柄のあしらわれた、赤茶色の壁が四方を彩っている。その壁には得体のしれない仮面や、呪文の書かれた札と魔方陣の描かれた大きな紙面など、魔法、魔術に関するものが壁の至る所に掛けられていた。


「貴女がエリスさんですね」


 長いドレスの裾を引きずりながら、女が二人の元へ近寄ってくる。


 年齢は四十そこそこと言った所だろうか。ふっくらとした白い顔には皺が着いていて、少したれた丸みのある目つきはどことなく優しげな印象を持たせてくれる。長い茶髪が項と襟にかからないよう、シニョンを使って後頭部にまとめている。


「はい」


 彼女の目を見つめながら、エリスは返事を返す。


「ここの教員をしている、パーシー・クレゴルです。そちらが、エリスさんの、お母様かしらかしら」


「保護者代理です。本来来るはずだった人がいるんですけど、あいにく急な仕事が入ってしまいまして」


「そうですか。わかりました。では、保護者さま専用の部屋がありますので、そこで待機をなさっていてください。エリスさんは私と一緒に来てもらいますよ」


「よ、よろしくお願いします」


「はい、よろしく。礼儀正しいのね。親御さんの教育がいいのかしら」


 パーシーはエリスに微笑みかける。


「さあ、着いてきて」


 パーシーが言う。そして、エリスを連れて部屋を出ていく。

 扉を出る瞬間、不安そうなエリスの目がユミルを見た。


「頑張って」


 にこやかにそう答えると、エリスは頬を歪めて頷いた。

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