第61話
ユミルとエリスが大学へと辿り着く少し前。ジャックは大通りを歩いていた。
事前にコフィから渡された地図を見ながら、○印で記された場所へと向かう。
待ち合わせの場所は、冒険者ギルドから少し離れた、小さな広場だった。大きな銀杏の木が石畳の中心に生えていて、木の周囲にはベンチが配置しある。そのベンチの一つに、コフィが腰掛けていた。
コフィはジャックに気がつくと、腰をあげて歩み寄っていく。
「わざわざご足労いただきありがとうございます。ローウェン様」
背筋を正し、頭を下げる。
「早速ではございますが、こちらへどうぞ。お嬢様が中でお待ちになっております」
コフィはジャックを連れて、アパートの中に入っていく。四階建ての煉瓦造り。玄関のドアをくぐると、細い通路の奥に階段が伸びていた。コフィは階段を上がっていく。
ジャクソン・オズボーン、シャトール・リーガル。二階、三階にある部屋のドアには、住民たちの名前が書かれた標識がかけられている。それを横目に捉えながら、ジコフィとジャックの足は四階の部屋の前についた。
ヴィリアーズ。表札にはそう書かれていた。コフィは扉を開けて彼を中へ招き入れる。
「お待ちしてました。ローウェンさん」
部屋の中に入ってみると、真っ先にエマの姿を捉えた。彼女は椅子から立ち上がると、ジャックに向けて丁寧に頭を下げた。
実に二月ぶりの再会になるが、そこまでの感慨は浮かんでこなかった。挨拶代わりの握手をかわして、ジャックは用意された椅子に腰をおろす。
部屋の中は思ったよりも広い。横に長い部屋には箪笥、小箪笥、本棚、化粧台などの家具とベッドが置かれている。入り口から見て正面には開け放たれた窓があり、外から入ってくる風でレースのカーテンがたなびいていた。
左には今は役目のない暖炉がひっそりとそこに佇み、その上には彼女に関係する人々だろうか。何人かの人間の絵が小さな額に入って立て掛けられている。
「ごめんなさい。折角娘さんの入学試験の日にお呼び立てしてしまって」
「仕事だ。気にするな」
ジャックは言う。だが、言葉とは裏腹に言葉の端々に自然と険が立った。エマは苦笑をしながらも、コフィに紅茶を入れるように指示を出す。
「私も賛成はしなかったんですが、父は一度決めると何を言っても聞く耳を持たないんです。本当に申し訳ありません」
「だから、気にするなと言っている。それより、早く仕事に移りたいんだが」
「わかっています。ですが、もう少しだけここで待機しましょう。あっちの時間の都合上、その方が都合がいいですから」
「……そうか」
コフィが紅茶を持って帰ってくる。ティーカップを並べ、ポットから紅茶を注ぐ。華やかな茶葉の香りが、風に乗ってジャックの鼻をかすめる。だが、彼は何の味わいもなく、淡々と紅茶を飲み下した。
そもそもジャックがこんなにも怒っているのも、エマとコフィが申し訳なさそうにしているのも、とある依頼が原因になっている。
それはジャックとユミルが、コフィの馬車に乗ったあの日から始まった。
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