第52話
暗い廊下を進み、アーサーの部屋まで戻ってくる。
「今日はよくやってくれた。ゆっくり休んでくれ」
アーサーが言う。コビンとカーリアは踵を揃えて敬礼をする。そして、踵を返してアーサーの部屋を出た。それに続こうとジャックもアーサーに背を向ける。が、彼の背中をアーサーは呼び止めた。
「面倒な事をしてくれたな」
椅子に座るなりアーサーの口が開く。その声色にはいつものような飄々とした態度はなく、苛立が見え隠れしている。
「何の事だ」
「とぼけるな。さっきの教会のことだ。わざわざ貴族の目の前で言いやがって。横やりがないように気をつけていたのに、全部明るみに出ちまった」
「……全て知っていたという事か」
「知らないとでも思っていたのか。これでも軍の大佐だ。帝都にはびこる疑わしい事の大半は俺の耳に入っている」
机の上に足を置いてふんぞり返り、アーサーは言葉を続ける。
「人攫いどもに教会が加担している。これは随分前から言われていたことだったが、所詮は噂程度の情報で確かな証拠もなかった。しかし、調べようにも教会には何人かの貴族も関わっているし、下手に調べようものなら横槍が入りかねなかった」
「だから、表沙汰にせず密かに調べていたのか」
「そう言うことだ」
肩をすくめながら、さらに言葉を続ける。
「教会もろとも、貴族のクソブタどもを切り崩す為に確証が欲しかった。そんなとき、ある情報が俺の耳に入った」
アーサーは机の抽き出しから一枚の紙を取り出し、机の上に投げる。
「こいつに見覚えがあるはずだ」
ジャックはそれを手に取る。そこには一人の男の絵が書かれている。急いで書かれたのか所々は乱雑に筆が走っていたが、その顔だけはしっかりと書き込まれていた。
その顔に、ジャックは見覚えがあった。砦の中にいた、あの魔術師の顔だ
「そいつは教会の神父であるにも関わらず、何かと不審な噂が付いて回る男でな。そいつが砦の中へ入っていくのを巡回していた兵士が目撃した」
アーサーは机の上に両肘をつき、両手を組む。
「お嬢様がそこへ攫われたお陰で、こっちも大手を振って捜査できる機会が出来た。お前が俺の所かエドワードのところへ直に聞きにくれば、種明かしといったんだが。期待外れもいいところだ」
「私を巻き込んだのは、なぜだ」
「兵を消耗させないためだ。もし損害が出ても冒険者ならいくらでもいるし、新兵ならまだ替えがきくからな」
手をおおっぴらに広げながら、アーサーは話し続ける。
「だが、お前の期待以上の働きによって新兵を失うことなく、お嬢様を無事救出してくれた。誰もが喜ぶすばらしい結果だ。……蛇足が一つ着いてしまったがな」
手の上に顎を乗せてわざとらしくため息を着いてみせる。
「まあ、いずれは衆目の元に晒して断罪しなくちゃならない。それが早まっただけと考える事にしよう。それより、お前をますます冒険者にしておくには勿体なくなった。どうだ、今からでも軍に入らないか。今なら騎士団一つと破格の報酬を与えると約束しようじゃないか」
アーサーは口元を緩ませながら、ジャックをいつかのように勧誘をする。その時と違うのは、この場にユミルが居合わせている事だ。
「どうか抑えてくれ」
柄を握りいよいよ斬りかかろうとした時、ジャックの前にエドワードが立ちはだかる。すぐにでもエドワードを蹴り飛ばしてやろうとした時、ユミルが動いた。
彼女はおもむろにアーサーの前に立つ。そして片手を振り上げたかと思うと、瞬く間にアーサーの頬を平手で打ちぬいた。
アーサーの顔は衝撃で横を向くが、何でもないかのように首を振りながら片手でぶたれた頬を抑え元に戻る。
「……私たちはアンタの都合のいい駒なんかじゃない。ふざけるのもいい加減にしなさいよ」
ジャックからでは彼女の表情は見る事は出来ない。だが、その言葉の節々から感じられるのは、彼に対する苛立だ。
「駒、か。なるほど、言い得て妙だな」
打たれた頬をさすりながら、アーサーは皮肉に頬を歪めた。
「この世に生まれた時点で人間、亜人達は誰かの駒としての運命が義務付けられているんだ。それはお嬢さんでも、ローウェンでも、エドワードでも、私でもそうだ」
両手を机の上で組み合わせ、ユミルの顔を覗く。
「その顔のわからない誰かは、ある日突然現れる。そしてその誰かの都合によって使い古され、淘汰され、生き残ったものだけが今度は使う側に回る。この世はそうやって動いているし、少なくともこの帝国はそうやって回っている」
淡々と、アーサーは語った。
「兵士を使って帝国の敵を打ち倒す。それが帝国から俺に与えられた駒としての仕事だ。その間に兵士を何人失おうが、雇った冒険者が何人死のうが、その目的が果たされれば何も問題はない」
そこで言葉を切るアーサー。そして、ふっとその顔からは笑みが消え、酷く冷え冷えとした目でユミルを見つめる。ユミルが何かを言いかけるが、それを遮るようにアーサーの口が言葉を紡ぎだす。
「俺をどれだけいたぶろうと、蔑もうと別に構わねぇ。それだけじゃ何も変わらんからな。そう意味じゃお嬢ちゃんの怒りは、欲望を解放するための自慰みたいなものだ。そんなのは、感情任せのバカのする行動さね」
背もたれに身体を預けて、腹の上で腕を組む。
「さあ、無駄話は終わりにしよう。とりあえず、血を一滴もらおうか。それが終わればとっとと帰ってもらって構わない。いけ好かない奴の顔を見るのは、お前達も酷だろうからな」
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