第53話
アーサーの元から立ち去った後も、煮え切らない怒りがジャックとユミルの中に渦巻いていた。
「忘れるに限る。とにかく、今日のところはゆっくり休め」
ジャックが言う。ユミルに言いつつも、自分に言い聞かせるように。
「……そうね」
ユミルが呟いた。そこにいつものような覇気はなかった。
翌日。仕事明けの一日は、普段よりも一層体が重い。
いつもよりも遅い時間にジャックは起きた。肩や首のコリをほぐしながら立ち上がる。寝間着から普段着へ。紺色のズボンと白のシャツを着ると、階下へと降りる。
時刻はもうすぐ昼と行った頃。朝食のためにディグの店に入る。フロアにはちらほらと客の姿がある。客の元へ料理を運ぶディグが、ジャックの前を通っていく。
「エリスはどうした」
ふとエリスがいないことに気がついた。普段ならこの時間には、給仕服を着てフロアを駆け回っているのに。
「ユミルと一緒に出かけた。お前が寝ている間にな」
「仕事は良いのか」
「何の支障もない。このところ、あいつはここの所働き詰めだった。たまの休みくらい与えてやってもいいだろう」
それだけを言うと、邪魔だとばかりジャックを押しのけて、ディグは厨房へと引っ込んでいく。
意外な組み合わせに少し驚くジャックだったが、一先ずはそれを頭の片隅に置きさって、自分の用を済ませる為、宿を後にする。
向かったのは、バルドの鍛冶屋だ。
「邪魔するぞ」
奥に聞こえるよう少し大きく声を出す。すると、奥からひょこりとバルドが顔を出した。
「テメェか。何の用だ」
「整備をしてくれ」
ジャックは腰に下げた剣を取り、バルドに渡す。彼は鞘から抜くと、じっくりと刃を観察し始める。
「刃こぼれがヒデェな。ちゃんと手入れしてなかったのか」
「ここの所、暇がなくてな。できるか?」
「誰にものを言ってやがる。できるに決まってんだろ」
バルドは言った。剣をテーブルの上に置く。
「だが、こいつの手直しは後だ。今日は先客がいる」
「構わない。いつぐらいには出来そうだ」
「三日後に取りにこい。代金はテーブルの上にでも置いておけ」
そう言い残してバルドはジャックの剣を持って、奥の部屋へと入っていく。
彼が懐から財布を取り出していると、キコキコとペダルが回る音と甲高い摩擦音が聞こえてきた。
バルドの指示通り、代金をテーブルに置いて、鍛冶屋を出る。と、こちらにやってくる人影を見つける。その人影もまたジャックに気づいていた。
「……どうして、ここに」
カーリアだ。彼女はジャックに歩み寄るなりそう問いかけてきた。
「剣を預けにきた。お前もその口だろう」
「えぇ。まあ」
カーリアは言う。背中に背負った細長い袋を軽く揺らした。その中に刀が入っているに違いない。鍛造に精通したドワーフならば、かの繊細な武器の手入れもぞうさもないだろう。
彼女は少し会釈をすると、ジャックの脇を抜けて鍛冶屋の中へと入っていった。
数分も待たないうちに、鍛冶屋から出てきた。
ジャックが待っているとは思わなかったのか、彼の姿を見ると意外な物を見るように目を見開く。
「この後、少し時間はあるか」
まさかの誘いに、カーリアは怪訝な顔つきに変わった。
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