第51話

「皆様、お待たせいたしました」


 コフィが戻ってきた。その手には陶器のティーポットとカップ、それに茶菓子を乗せたトレーを持っている。


 カップをテーブルの上に並べると、紅茶を注いでいく。湯気を纏った紅茶がカップの中で踊り、香りをほのかに立つ。


「さあ、どうぞ」


 コフィが言う。

 ジャック達はカップを一つ一つ手にとり、口に含む。そして、焼き菓子に舌鼓をうった。


 ゆったりとした時間を享受していると、ドアが開く音が聞こえた。目を向けると、そこにはガブリエルとエマの姿が。彼らは部屋に入ってくると、ジャックの脇にたった。


「待たせてすまなかった。ほれ、これが報酬だ」


 ガブリエルは二つの布袋を差し出した。ジャックは中身を改める。どちらにも金貨がぎっしりと詰められていた。


「確かに。では私たちはこれで」


 ジャックはユミルに目配せをすると、報酬を懐に入れて立ち上がる。


「何だ、もう行くのか」


 ガブリエルが言った。


「報酬をもらった。これ以上ここに居座る理由はない」


「どうやって帰るつもりだ」

 

 アーサーが言った。


「お前があのプレートを使ってくれれば、それにこしたことはない。だが、お前がそのつもりがないのなら、正面から出ていくしかあるまい」


「それはできんさ。外を見てみろ」

 

 アーサーは指で窓の外を指差す。おかしいことにすぐに気がついた。

 窓の下には庭園があり、その先には鮮やかな青が広がっている。海だ広大な群青と空の境目がはるかかなたに広がっている。


「この屋敷は海の上だ。とてもじゃないが、歩いて帰れないぞ」


 呆然と窓辺に立つジャックに、アーサーが言った。


「それもこれも魔術とドワーフの鍛造術の賜物だ。魔力を込めた鉱石を動力源にして、巨大な浮力装置を開発した。元々は軍事利用を目的にしていたんだが、貴族様にとっちゃ絶好のおもちゃになっちまった」


 紅茶を飲み、下を滑らかにした所で話を続ける。


「これじゃ一人で帰れないわね」


 ジャックの横へ来たユミルが、窓から下を覗きながら言った。


「でも、買物に行くとき不便じゃない。空に市場がある訳じゃないし、生活しにくいんじゃないの」


「その為のこいつだ」


 アーサーはユミルに見えるように、プレートを掲げた。


「貴族樣方にはこれと同じ奴が配られている。それぞれの家紋のついた、色の違う奴がな」


「私はあまり使う用はないがね」


 焼き菓子に手を伸ばし、ガブリエルはそれをつまむ。


「ローウェン君とユミル君には、後ほど移動用のプレートを用意させる。残り二つの枠は、君たちの好きにしてくれて構わない。用意が出来次第、君らの元に届けよう」


「その為には血を何滴かもらわなければならないが、それは戻ってからで構わないだろう」


 アーサーは言う。口に残った焼き菓子を放り込み、紅茶で腹の中に流し込む。そして、膝をパンと叩いて立ち上がる。


「ごちそうさまでした。それでは、また御用がございましたらお呼び立てください。私でも、エドワードにでも、そこにいるローウェン君やユミル君にでも構いませんので」


「ローウェン君、それにユミル君。次からはよろしく頼むよ」


「ええ。勿論です。ご贔屓にお願いしますね」


 ガブリエルから差し出される手を、ユミルは握った


「ほら、お前達もさっさと食べてしまえ」


 エドワードに促され、コビンとカーリアは口に入れた茶菓子を、紅茶で一気に流し込む。


「ゆっくり食べなさい。君らには後ほどアーサーを通して報酬を払おう。直に渡してやりたい所だが、それが後々問題になっても面倒だからな。悪く思わないでくれ」


その言葉に二人は頷く。そして咀嚼する。


「それではな。またいつでも来ると良い。その時は大いに歓迎しよう」


 ガブリエルの部屋を出た後、見送りにコフィとエマが付いてきた。


「この度は本当にありがとうございました。このご恩は旦那様も含め、一生忘れはしません。何かお困りのことがあれば、いつでもお声をかけてくださいませ。主人からも連絡があり次第協力するようにと仰せつかっておりますので」


 ドアが開かれると、コフィがそう言いながら深く頭を下げる。


 「……本当に、ありがとうございました」


 その後に続いてエマが感謝の言葉とともに頭を下げる。


 「今日はごゆっくりお休みください。またなにかありましたら、声をおかけください」


 ドアをくぐって暗い廊下を進んでいく。ジャックがふと背後を見ると、二人は依然として頭を下げたまま立っていた。

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