第45話


「伏せろ」 


 ジャックは叫ぶ。それを受けてカーリアは身をかがめる。

 カーリアの頭があった場所に紫電が通り過ぎていく。そしてその光が石壁に当たり、弾けた。


 魔法。エルフが得意とした技術。いや、今ではその秘伝は帝国のものとなり広く世間に知れ渡っている。ただ、あの攻撃を見るのは、ジャックにとって久しぶりのことだった。

 

 カーリアは魔法から身を護ったのはいいが、それが逆に敵に対して隙を作ってしまった。巨漢の足がカーリアの腹を蹴り飛ばす。華奢な彼女の身体は宙に浮き、石壁に背中を強かに打ち付ける。


「うっ……」カーリアはくぐもったうめき声をあげた。どうにか反撃しようとするも、再度腹部を蹴り抜かれ、身動きが取れなくなった。


 空気ととも胃液まみれの吐瀉物を吐き出し、カーリアは横たわる。巨漢は遠慮なくその小さな身体をつぶしてやろうと、両手に握る大斧を振りかぶる。


 カーリアは目を伏せる。死への恐れを覚悟に変えて、すぐに事が終わるように思いながら。だが、それはいつまでも振り降りてこない。恐る恐る目を開けると、そこには血しぶきをあげた巨漢の姿があった。


 血が流れ出ているのは巨漢の肩口から、千切れかけた腕がぶら下がっている。赤い肉と骨、そして伸びる血管がぷらぷらと揺れ動いている。


 巨漢のしわがれた声が廊下に響く。

 腕の断面を手で押さながら膝をつき喚き回る。


 ジャックは横なぎに剣を振るい、巨漢の首を一閃。

 ごとり、巨漢の首が廊下に転がり、赤い泉水が巨漢の首の断面から噴き出した。


「さっさと立て」


 それだけを言うと、魔法が放たれた扉の奥へジャックは駆ける。

 よろよろと立ち上がるカーリアは、短く息を吐いてその後を追う。


 二人の接近に呼応するかのように、扉の奥から次々に紫電が二人へと迫り来る。

 這うように身体を屈ませ、ジャックは魔法を避ける。カーリアは魔力を纏わせた剣と鞘でそれらをたたき落とす。


 扉の前まで来た。二人は部屋に飛び込むと、魔術師の姿を探す。

 発見。部屋の最奥部。ローブを纏った男が一人。その手には杖を握っている。


 ジャックはナイフを男に向かって投げる。

 男は呪文を口ずさむ。すると、男の身体を風のベールが包む。ジャックの投じたナイフは男に到達する寸前。突然軌道を変えて男の身体の周囲を回り始める。


 そして、勢いを増したナイフがジャックへと飛来し、彼の頬をかすめる。一筋の赤い線が頬から血が流れ出る。


 驚きはない。戦場でエルフが同じ魔法を使っているのを見た事がある。その時は彼の同僚がエルフに弓矢を放ったが、エルフに刺さる事はなく逆に同僚の頭が吹っ飛ぶ事になった。


 過去の些末な出来事を振り払い、ジャックは男へと向かう。カーリアも同様に男へと駆ける。

 紫電がジャックの元へ迸る。当たれば命はないが、軌道は読みやすく、避けるのも苦はない。横飛びに避ける。


 続けざまに二発。ジャックの元に魔法が放たれる。彼はその全てを悉く避けて見せる。ジャックに注意が向けられている合間に、カーリアが己の間合いに男を入れた。


 刀に魔力を纏わせ、上段から振り下ろす。苦虫をかみつぶしたような渋面を浮かべながらも、男は杖に魔力を乗せて剣を受ける。


 防がれた。けれど、これで終わりではない。カーリアの手はもう一つの武器を握っている。刀で杖を押し込みながら、逆手に持った鞘で男の胴を狙って横薙ぎに振るう。


 男の身を包む旋風がカーリアの鞘を防ぐ。しかし、はじけない。それどころかどんどんと彼女の鞘が風を切り、男の横腹へと迫る。


 盛大な舌打ちがローブの男から漏れ聞こえる。彼女の鞘が胴へ達する前に、カーリアを足蹴にし距離を取る。身体は無傷のままですんだが、身を護っていた防壁がはがれてしまった。


 そこへ、すかさずジャックの剣が振り下ろされる。男は杖に魔力を込めてそれを受け止める。


 上段下段を織り交ぜ、さらに蹴りや拳を繰り出しながら男へ畳み掛ける。距離を離さず、魔術を唱える隙は与えない。杖を強化するだけに止めさせ、それ以外の攻撃の機会を全て摘んでいく。


 男は後退を繰り返す。けれど、それも長くは持たない。壁際まで追い込まれ、これ以上下がる事は出来なくなった。


 袈裟懸けに振り下ろされるジャックの剣を、男は飛びのく。それを追うようにジャックの蹴りが男の鳩尾を狙う。しかし、蹴りは空を切った。


 ようやく与えられた時間。これを逃すまいと男は呪文を呟く。けれど、その言葉は最後まで唱えられる事はなかった。


 何かが男の背後に当たる、その衝撃で言葉が詰まる。無理矢理音を発しようとするが、言葉の変わりに出てきたのは、腹から競り上がってきた何か。唾液とともに口から溢れ、血の混じった胃液が床へと落ちる。


 男は自分の胸を見た。己の身体から生えている、鋼色の刀。首を動かして背後を見ると、そこにはぴったりと男に肩を付けながら、刀を握るカーリアがいた。


 刀を引き抜くと、男は力なく崩れ落ちる。貫かれた胸から血が溢れる。カーリアは刀に着いた血のりをふるい落とし鞘に収める。


「……よくやった」


 カーリアの横を通る際、ジャックは彼女の肩を叩きながら呟く。彼が通り過ぎた後、カーリアはその背中を見つめる。その言葉はまぎれもなく彼女の実力を認めたということを現している。


 カーリアは少し頬を緩ませながら、ジャックの後を追って部屋を後にした。

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