第46話

 悪党の残骸が転がる廊下を進み、ユミル、コビン、それにエマの待つ階下へと向かう。もしや敵にやられてはいないかと一抹の不安が彼の頭をよぎるが、階段のすぐ下でジャック達を待つ三人を見て杞憂に終わる。


「女たちは?」


 ジャックが尋ねる。


「部屋の中にいるわ」


 ユミルが答える。そして、その部屋を指でさした。

 ジャックは三人の間を抜けて、ノブに手を掛ける。押しひらくと、途端に濃密な汗の匂いと体液の匂い、それと埃くささが彼の鼻をついた。


 廊下の灯りが部屋に差し込む。燭台の一つもない、暗く狭い部屋。その中に身を寄せ合うようにして座っている女達。その数は全部で八人。アーサーの言っていた人数とはかけ離れているが、この女達が誘拐されていた女達で間違いはないだろう。


 扉を開けて現れたジャックを女達の目が一斉に見る。恐怖、怨念。憎悪。希望とはかけ離れた思いを目の内に浮かべ、女達はジャックを睨みつける。だが、つい先ほど窮地を助けた女だけは、彼らの登場に一人喜びと安堵を浮かべていた。


 ジャックは女達の視線など気にもとめず、目をコビンへと向ける。


「怪我をしている女がいれば治療してやってくれ。その間に俺とカーリア、それとユミルとで外の連中を片付けてくる」


「分かりました」


「ヴィリアーズの娘は、コビンと一緒にここにいてくれ。くれぐれも、勝手にうろつくな


「ええ。もちろん」


 エマはわずかに頬を歪ませて答えた。救出されたことへの安堵から、少しばかり彼女の態度も柔和になったと見える。しかし、依然としてある緊張は、いまだに彼女の表情を固くしていた。


「行くぞ」


 ジャックはユミルとカーリアを連れて外へ向かった。


 砦の周囲には数名の男たちが警戒を払っている。近寄ってくる外敵があれば、そくざに内部に知らせるためであり、また先制攻撃を与えるために。


 だが、今男たちの視線は砦の内部。玄関口である扉に注がれていた。先ほどの騒ぎもあって、彼らは今にでてくる外敵に準備をしているのだ。そしてジャックたちが姿を現した瞬間、構えていた弓矢を放ってきた。


 すんでのところで物陰に隠れてなんを逃れたが、間をおかずに男たちは砦入口へと駆け迫ってくる。ジャックとカーリアが先頭を切り、後方からユミルが援護をする。


 そして戦闘が始まったのだが、長引くことはなかった。熟達した兵士二人と弓兵が一人。相手も場数を踏んではいたが、所詮は弱者相手を相手にしているようなゴロツキあかり。魔法による攻撃もないとなれば、ジャックやカーリアの相手ではなかった。

 

 最後の残った悪漢の首をジャックが薙ぐと、あたりは静けさに包まれた。


「カーリア、女たちを呼んでこい」


 カーリアは頷くと、踵を返して砦内へと入っていく。


 幾多の血潮が地面を染め上げている。足元に転がる死体を足蹴にするとジャックは、砦の周囲をぐるりと徘徊する。


 残存する敵はいない。しかし、いいものを見つけた。馬車だ。おそらく女たちをさらう時に使ったものだろう。馬は繋がれていなかったが、幸いジャックたちの馬があった。


 砦を出て馬を取ってくると、二頭を馬車につけ、もう二頭にはジャックとユミルが乗った。


 砦から出てきた女達を馬車に詰め込む。エマも同様である。下々のものと乗るのは彼女も不服かもしれないが、それは我慢してもらう他にない。


 カーリアとコビンに任せる。ジャックが先行し、ユミルは馬車の後方から追随する。それから砦を後にし、任務はほぼ完了となった。


 だが、ジャックの頭に残る疑問は解決されないままだった。あの男の言った言葉。殴打と殴打の間に呟かれた情報が、いまだに頭の中に残っていた。


 ミノスの教団とこの事件の関係。その裏に帝国の思惑があるのか、否か。答えのない疑問がジャックの脳裏で渦を巻き、彼の表情を一層険しいものにさせていた。

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