第36話

 一晩野宿し英気を養った後、悠々と二人は帰投する。

 ゴブリンの耳束を手土産に、ギルドへと向かう。


 ギルド内には数人の冒険者の姿があった。

 彼らの間を進んでいくと、左右から二人に声がかかってくる。

 ユミルはその都度手を振って挨拶をする。

 ジャックは、チラと視線を向けるだけで特に返事を返さない。

 しかし冒険者たちも心得たもので、彼の反応に対して気に留めた様子もなかった。


「お帰りなさい。ローウェン様。ユミル様」


 受付嬢が、お決まりの文句で二人を出迎える。


「依頼のゴブリンだ。確認を頼む」


 ジャックは受付嬢の前に耳の束を置く。


「拝見いたしました。では、こちらが今回の報酬になります」


 目算でその束を数え終えると、カウンターの下から金の入った布袋を取り出す。

 ジャックは中身を改めると、それをユミルへと渡す。


「それと、ローウェン様にこちらをお渡しいたします」


 彼が受付嬢に背を向けた時。彼の背に受付嬢の声がかかる。

 振り返って見ると、受付嬢が封筒を差し出していた。


「これは……?」


「あるお方が貴方様に宛てた手紙でございます。どうぞお受け取りを」


「誰だ」


「お答えしかねます。その方は匿名を希望しておりますので」


 受付嬢は手を引っ込めて、掌を返して手紙を指し示す。


「これを預かったのはいつだ」


「一昨日の夜でございます。貴方様に渡すようにと言付かりました」


「そいつはよくここに来る人間か」


「お答えしかねます。先ほども申し上げましたようにかのお方は匿名を希望されております。ですので、そのお方に関する事をローウェン様にお伝えするのは、私どもはいたしかねます」


「業務に忠実だな」


「そうでなければ、ここでの仕事は勤まりませんので。では、お受け取りください」


 業務に忠実な女はいつものように、慇懃無礼にジャックに頭を下げた。

 カウンターに残された差出人不明の一枚の封筒。

 事情がよく分からないが、ジャックは一先ずそれをつかみ取り、受付嬢に背を向けた。


 昼間の通りには人々が道を行き交い、にぎわいを見せている。

 その光景に一瞥した後に、手元にある封筒に目を落とす。


 表には何の文字も書かれていない。

 裏を返せば丁寧に押印されてはいるが、刻印は刻まれていない。

 平べったくつぶれた赤い朱肉が封をしているだけだ。


 このまま気持ち悪さを持ち帰るのも癪だ。ここで開けてしまおう。

 そう思い立てば、彼の行動は早い。

 朱肉を取らず、側面を縦に破って中身を取り出す。


 中には折り畳まれた一枚の紙が入っていた。

 封筒の形から、おそらくは手紙だろう。

 開いて書いてあるはずの文を読む。

 余白の目立つ手紙には、綺麗な筆記体でたった一文。


 『午前零時。ギルドに来い』


 という文言だけが記載されていた。


「どういうことかしら」


 ユミルがその手紙を覗き見ながら、不思議そうに言う。


「さあな」


 ジャックは懐からマッチ箱を取り出すと、一本を擦って点火する。

 小さく燃え立つ火に紙をかざすと、火は紙に燃え移る。

 それを石畳の上に落とすと封筒も火の中へとくべた。

 黒く灰になったそれを足で踏みつぶすと、ジャックは足早にその場を立ち去った。


 居酒屋の玄関をくぐると、思いがけない顔を遭遇した


「よお、任務お疲れさん」


 エドワードだった。彼の手にはグラスが握られ、その中で酒がゆらゆらと小さな波をたてている。


「真っ昼間からこんな所にいるとは、珍しいな。今日は非番なのか」


「いいや。昼食がてらお前とエリスの様子を見に来ただけだ。こいつを飲み終えたら、もう行く」


 ぐびりとグラスを呷り、残っていた酒を飲み下す。


「ごちそうさん」


 エドワードはカウンターに銅貨と銀貨を幾つか置いて、立ち上がる。


「職務中に酒か」


「たったの一杯ひっかけただけだ。職務に支障はない。それに訓練で汗を流せば、あっという間に酒なんて抜けてしまうさ」


 ジャックの横を通り、エドワードは店の外へと歩いていく。

 が、何かを思い出したように立ち止まってジャックの方を振り返る。


「そうだ。今夜飲みに行かないか。どうだ」


「いや、遠慮しておく。今夜は少し予定がある」


「……そうか。それなら仕方がないな。じゃあ、また今度。エリス、仕事がんばれよ」


「うん。ありがとう」


 手をひらひらと振りながら、エドワードはジャック達に背を向けて立ち去っていった。


「珍しいわね。あの人がここに来るなんて」


 ユミルが口を開く。

 確かに珍しいことに違いない。

 そして、何の理由もなしにこんな場末の居酒屋に来るほど、エドワードの奴は暇ではない。


 嫌な予感がする。

 だが、それを言葉にして出すには、ジャックの語彙では難しかった。

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