第35話

 翌日。

 ジャックはユミルと共に依頼書に記された場所へと向かった。


 草原地帯を一時間ほど進むと、岩肌の目立つ丘陵地帯が見えて来る。

 小高い丘には背の高い木はなく、見渡す限りの岩とその隙間から高原の草花が顔を覗かせる。


 依頼書に記されていた村には丘陵地帯をさらに進んだ場所にあった。

 頂上を雪で覆い隠した山脈が連なっている。

 村は、そんな山の麓にあった。


「援護は任せた」


 そう言うとジャックはユミルを残して、一人村の中へと走っていく。


「ちょっと、待ってよ」

 

 てっきり作戦でも練るのだと思っていたから、ユミルの出足は遅れてしまう。

 しかし、ジャックは彼女に構うことなく、ぐんぐんと村へとかけ迫る。


 ゴブリン一匹がジャックの足音に気づいて、彼の方へ首を向けた。


 ゴブリンの目に見えたのは、鋼の刀身だった。

 ジャック駆ける勢いそのままに、ゴブリンの頭部に剣を振り下ろす。

 頭蓋の斜め上から切り込んだ剣は力任せに切り裂き、ゴブリンの顔を両断した。

 ジャックはゴブリンの亡骸を足蹴にし、次なるゴブリンに狙いを定める。


 仲間が倒された。

 その事実はゴブリンの殺意を増幅する。

 棍棒をを握りしめ、いざ殴りかかろうと振り上げる。

 しかし、その殺意が届く間も無く、それよりも早くゴブリンの首がジャックにはねられた。


 瞬く間に二匹のゴブリンを肉塊に変える。

 騒ぎを聞きつけた他のゴブリン達が、家の中や物陰から続々と姿を現してくる。

 その数十五。村を覆う緑色の魔物がジャックの目の前に現れた。


 牙を軋ませる者。

 爪をたてる者。

 棍棒を握りしめる者。

 それぞれに違いはあれど、同じ殺意をジャックに向けている。


 ジャックは剣に着いた血のりを振り払い、ゴブリンの群れへと突き進む。

 彼の動きに応じるように、ゴブリン達も一斉に彼に殺到していく。

 左右正面問わず、ジャックの視界の全てから押し寄せてくる。


 目前から来るゴブリンの腹を切り、翻して肩口から横腹に掛けて切り裂く。

 別のゴブリンから繰り出される爪の攻撃を身体をそらして避ける。

 後ろ手で剣を持ち替え、無様に向けられたその背中を斬る。


 背後からゴブリンが肩に噛み付いてきた。

 だが、鎧のお陰で痛みはなく、傷もない。

 のしかかっているゴブリンの頭を掴む。

 無理矢理に引きはがしながら地面へと叩き付けた。

 カエルの出来損ないのようなうめき声が聞こえたが、構わずにその顔を足で踏み砕く。


 目に見える範囲ならば対応のしようもあるが、ずっと正面切って挑むということはしない。

 ゴブリン達は正面からでは無理と分かれば、ジャックの死角から攻撃を加えるため、彼の周りを囲んでいく。


 魔物なりにない知恵をしぼっての事だ。

 飛来する一本の矢。ゴブリンの頭蓋を捉え後頭部から額へ貫かれる。


 瞬く間に数匹のゴブリンの眉間に、同じ矢に貫かれていく。

 右往左往としている間に、ジャックの剣が彼らの首を飛ばし、血しぶきが辺りに舞う。

 向かって来る者は剣の錆に、逃げようとする者には矢が襲う。

 一匹残らず、ゴブリン達が倒れ臥すのにはそう時間はかからなかった。


 最後の一匹の身体を、ジャックの剣が一閃する。

 ゴブリンの上半身がずるりとずれ落ち、足だけがその場に立ち尽くしていた。


「遅かったな」


 ジャックは血を払い剣を鞘に入る。そして、ユミルの方を向く。


「貴方が勝手に突っ走るからでしょう。全く、追いかけるこっちの身にもなって欲しいわ。それにね、一人で敵に突っ込むなんて命がいくつあってもたりないわよ。もう少し気をつけないと」


「だが、私は生きている。何も問題はない」


「……まあ、貴方がこんなとこで死ぬはずはないのは分かっているけど。でも、気をつけるにこしたことはないわよ」


「ほら、お前も手伝え」


 ユミルの話に耳を傾けず、ジャックはゴブリンの前に屈んで、その耳をナイフで斬りとってく。


「人の話を聞きなさいよ。ったく」


 ため息と呆れを同時に吐き出す。

 しかし仕事は仕事だ。

 ユミルもジャックの同様にゴブリンの耳を切りとっていく。


 依頼を達成したという証明として、獲物の身体の一部を切りとる事が条件とされている。

 手足、耳や舌。冒険者によって切り取る部位は様々ではあるが、一番多いのは耳だ。

 十五匹の片耳を二人は手分けして切り取り、糸の通った針で刺し、往復させてひとまとめにする。


「帰るぞ」


 ポーチの中に耳の束を突っ込むと、ジャックは早々に踵を返して村を後にする。


「ああ、待ってよ」


 ユミルもすぐにジャックの後を追っていく。


「ねえ、そう言えば大学の件ってどうなったの?」


「二ヶ月後に、入学試験というものがあるらしい。予定が合えば、私もそれに同行する」


「何、貴方も受験するの」


「付き添いだ。私にそんな学がある訳がない」


「そうねえ、とてもじゃないけど、頭がよさそうな風には見えないものねぇ」


 ジャックはユミルをひと睨みするが、彼女は気にも止めずに話を続ける。


「でも、分からないわよ。あの大学の試験って筆記じゃなくて魔法の実演じゃない。もしかしたら、間違って受かっちゃうかもしれないわよ」


「やけに詳しいな」


「昔、興味本位で受けようかと思ってた時があったから、一通り調べたのよ。まあ、規則が面倒臭そうだったから、やめちゃったけどね。やっぱり、私はこういうのが性にあっているのよ」


 ユミルは肩をすくめて、わずかに頬を歪める。


「それじゃ、その日はお休みってことでいいわね。二人水入らず、エリスを見守ってあげなさいな」


「お前はどうする」


「別にどうもしないわよ。仕事に行くか、家でゴロゴロくつろいでいるか。どっちかね。心の中でエリスの合格を祈っているわ。せいぜい応援してあげなさいよ。その方が、きっとあの子は喜ぶだろうかさ」

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