第27話
二日間の旅の終わり。ギルドに約束の薬草を納品し、報酬を受け取る。
「お疲れ様でした」
受付嬢のその一言が、冒険者としてのジャックの初仕事を締めくくる言葉となった。
報酬は約束通りジャックが七割、三割をユミルが受け取った。
ここから家賃や食料などの雑費を引けば、おそらく手元に残るのは本来の半分ほどの金額だろう。
しかし、もう一人を養うには少し心もとない金額だった。
だが、その心配は杞憂に終わる。
というのも、ジャックがユミルを連れてアパートへと戻った時、思いもよらぬ光景に出くわしたからだ。
アパートの一階にはディグの経営する居酒屋兼ダイナーがあるのだが、ちらりと窓越しに中をのぞいた時、見慣れた顔が給仕として働いていることに気づく。
エリスだ。黒いワンピースの上から白いエプロンをつけて、走るたびに髪紐でまとめた髪が、ゆらゆらと揺れている。
彼女が働こうとしていることは、前々から知っていた。
その働き口を、どうやら一階の居酒屋で見つけたらしい。
「何、あの子にまで働かせてるわけ?」
ユミルが言う。
「あいつが決めていたことだ。私がとやかく言う問題ではない」
「でも、まだ子供なんだから、無理させなくてもいいじゃない」
「文句があるのなら私にではなく、あいつに言ってやれ」
ジャックは店の玄関を開いて中に入る。と、エリスが不意に玄関に顔を向けた。
「い、いらっしゃい」
ぎこちない笑みを浮かべて、気恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「ここで働くのか」
「う、うん。ディグさんがちょうど手が足りないから、働いてもらおうって。許してくれた」
「そうか」
当のディグといえば、カウンターで何やら作業をしていて、こちらには一切顔を向けてこない。
ちらりと視線だけを向けると、すぐに背中を向けて厨房へと入っていった。
「仕事は、終わったの?」
「ああ。……今時間はあるか?」
「えっ、うん。ちょうどお客さんもまだだし、時間はあるけれど」
「ユミルとともにお前の村に行くことになった」
エリスは息を飲んだ。思いも寄らない提案に彼女の思考が停止する。
思わず落としそうになったグラスを、ジャックが掴み取った。
「ユミルが村人達の弔いをやる。私はその護衛だ。お前の意思次第では連れて行くことも考えている。もちろん、嫌ならやめていい。お前が決めろ」
「急に言われたって決められないでしょ? ゆっくり考えていいのよ。別に、今すぐに発つって訳じゃないからさ」
ジャックの物言いに思うところがあったのか。
ユミルはジャックの背後から前に出ると、エリスの視線に合わせて膝を折る。
頭を撫でながら、優しい声色でそう言った。
エリスは俯いたまま、黙っている。指を組み合わせては解いてを繰り返す。
椅子に腰を下ろして、エリスの答えが導き出されるのをジャックは待った。
「……行く」
エリスの口から、思った通りの言葉が出てきた。
予想通りの答えだ。
「うじのわいた死体。白骨化した死体。村にあるのはそんなものばかりだ。生きているものがいるなんていう期待は持つな。いいな」
まっすぐに目を見つめながら、エリスは頷いた。
「予定はおって伝える。いいな」
「わかった」
「よし。……ここはもういい。仕事に戻れ」
「うん」
淡々とした返事。それを返すとエリスは立ち上がって、カウンター奥へと向かっていく。
「優しいのね」
ユミルが言う。
「他人に興味がないだけだ」
ジャックはそう言うと、階段へと周り自室へと戻っていった。
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