第26話
ヒバナ。ラン科 シュンラン族に属する草
効能:滋養強壮 疲労改善 筋肉組織修復……
溶岩地帯、火山地帯に多く生息。地中深くより溶岩から熱と栄養を吸収し、蓄える。一旦切ると、それまで蓄えていた炎熱が解放され、半径一キロが焦土と化す。
採集には、厳重な注意が必要である。
……
…………
………………
採取に成功した後、二人は馬に乗って帰路に着いた。
冷や汗がじっとりと肌にまとわりつき、汗を吸った衣服がべったりとひっついてくる。
苛立ちを生む原因となっていたのだが、手綱を握っている上に鎧を着ているため、今更どうこうすることもできない。
不快そうに顔を歪めるジャックに対して、ユミルはどこか吹っ切れたような、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
帰り道を辿っていると、にこやかにジャックに語りかけている。
まるで、これまでの鬱屈を晴らすかのように、せわしなく彼女は話を続けた。
衝撃的なことに巻き込まれて、憂鬱も悲しみもなくなったのだろうか。ジャックは思う。
しかし、そうではなかった。
というのもの、旅宿にて夕食を共にしていた時。彼女がこう切り出してきたためだ。
「ねえ。貴方にお願いがあるんだけど」
料理が到着するのを、ブランデーを飲みつつ待っていると、ユミルが思わせぶりに話しかけてくる。
「なんだ」
「いやね。その、嫌だったらいいの。正直に言えば、貴方には面倒をかけることになるし、気は進まない。だけど、貴方がいてくれると心強いというか。その方が、私のためになるというか……」
「御託はいい。いいから、話せ」
歯切れの悪い彼女の言葉に、ジャックはつっけんどんに言う。
「……わかった。正直にいうわ」
ため息をひとつ吐き出す。そして、緊張した面持ちでジャックの顔を見た。
「村に一緒に行って欲しいの」
「村? どこの村だ」
「私の村よ。貴方が魔物たちからエリスを助けた、あの村」
「なぜ行きたがる。あそこに行ったところで、何もないぞ」
「いいえ、村人たちがいる。彼らを丁重に葬ってあげたいの」
カラリ、カラリ。
酒の中で氷が崩れる。
話の腰を折るように料理が運ばれてきた。
熱々の鉄板の上でステーキが音を立てて焼かれている。
奮発して注文したが、なるほど見ているだけでも食欲を掻き立てられた。
「そんなのはお前一人でも充分やれるじゃないか」
「確かに。でも、まだ魔物があの辺りをうろついているかもしれない。その時は一人より二人の方が対処はしやすい。違う?」
「それはそうだな」
ステーキにナイフを通し、フォークを突き刺し口に運ぶ。
肉汁が口の中に溢れ、程よく柔らかな弾力が油とともい溶け出していく。
安宿のステーキだと高をくくっていたが、これは思わぬ誤算だった。
「もちろん、ちゃんとそれ相応の額の報酬を用意する。貴方やエリスの生活を困らせたくはないからね。どう、受けてくれない?」
肉の脂でギトギトした口の中へブランデーを流し込む。
氷で多少薄くはなっていたが、それでも旨味が損なわれる音はない。
食道を通ってアルコールの熱で体がポカポカと温まってきた。
「わかった、引き受けよう」
気は乗らないが、断る理由もなかった。
生活をするためには何はおいても金がいる。
少しでも金になる仕事があるのなら、乗っておいても別にいいだろう。
「よかった」
心底ホッとした様子で、ユミルが息をつく。
「ああ、それとさ。もうひとつお願いしたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「その時には、エリスも連れて行こうと思っているのよ」
ジャックのナイフが動きを止めた。
「……あの娘を?」
「ええ。あの子も私と同じ村のエルフだし、ご両親との最後の別れもさせてあげたい。貴方の話じゃ、二人の死体を見ることなく、連れてきちゃったんでしょ?」
「まあ、確かにそうだが」
せっかくの酔いもすっかり冷めてしまう。
もとよりエリスも、そのためにジャックの元に来たはずだ。
孤児院に行けばろくに弔いにも出られない。彼女はそう言っていた。
ならばユミルの提案もちょうどいい機会だろう。
だが、なぜかジャックは素直にそれを飲み込めなかった。
らしくもない動揺を誤魔化すように、ウェイターに新たに酒を注文する。
「いずれは向き合わなくちゃならないことよ。両親の死を受け入れて、村人の死を受け入れて、前に進まなくちゃならない。死んでいった彼らのためにも、そうするべきなのよ」
「それはあいつにの意思を汲んでからでも遅くはないはずだ。それから、あいつを連れていくか否かを、決めればいい。話はそれからだ」
「……そうね。その通りね」
息をついて、ユミルはグラスに注がれたワインを見る。
そして、何を思ったかグラスに口をつけると、勢いよくワインを飲み下した。
「ごめん。ちょっと熱くなった。先に戻ってる。さっきの話は、忘れないでね」
すくと立ち上がり、ユミルはあてがわれた部屋へと向かっていった。
千鳥足でよろめく彼女の背中を、ジャックは何も言わずに見送った。
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