第25話

 旅宿に一泊し、翌日の早朝には再び街道に沿って歩き始めていた。

 天気は快晴。晴れ晴れとした青空を白雲が優雅に流れて行く。

 絶好の旅日和となったが、空の模様とは打って変わって、二人の間には重苦しい沈黙が流れていた。


 沈黙の原因はいうまでもなくユミルにあった。

 昨日、ジャックから聞かされた村の話が、いまだに応えている。

 それをジャックには見せまいと、気丈に振る舞ってはいるが、それでもこうした沈黙をよしとしているところを見ると、心の方がすでに耐えかねているようだった。


 ジャックも沈黙を良しとする方ではないが、けれどわざわざ彼女に声を掛ける気は起きなかった。

 彼女の心根がわからないでもないが、そういった悲しみや怒りという感情は、彼の中ではすでにすりきっていて、鈍麻な感情になっていた。


 同情も、またそれを分かち合おうと思っても、彼の心は一切の波も起きはしない。

 そんな血も涙もない人間に声をかけられて、一体誰が心安らぐだろうか。

 しかしどれだけ空気が重かろうと、時の流れも、馬の歩みも止まることはない。


 気づけば、目的地である洞窟の前にたどり着いていた。


 山肌にぽっかりと空いた穴は奥まで続いており、どこまでも闇が続いている。

 ユミルは松明にマッチで火を灯すと、それを頼りに洞窟へと入っていった。


 風の鳴る音。洞窟の奥から冷たい風が吹き付けてくる。

 炎が揺れ、それが消えてしまうのではないかと、一抹の不安がよぎってしまう。


 緩やかな坂を下り、さらに奥へと進んだ時、暗闇の中に赤い光を見た。

 炎が地底の水にでも反射したのかとも思ったが、どうやらそうではなく、発光体がそこにあるようだ。


 ユミルは迷わずにその赤い光の元へと進んでいく。


「これが、ヒバナよ」


 依頼書にかいてあった薬草の絵と照らし合わせても、その形はピタリと当てはまる。


 赤々とした花びらを垂らし、花の中心からは一筋の長いめしべが背を伸ばしている。葉はなく、茎が地中より直に生えていた。


 ヒバナは薬術、錬金術に使用される薬草として、広く知られている。

 人工的な栽培は難しく、また入手も困難であることから、こうして冒険者に依頼し入手させるという方法が、一般的に通用している。


 だが、こんな花ごときに、どうして手こずるのか。

 ジャックにはまだ理解ができていなかった。


「とったら、すぐにここを離れるから。注意していて」


 ユミルはガラス瓶を取り出して、それをヒバナの上にかぶせる。

 ナイフを茎の部分に当て一息に両断した。

 地面に落ちる前に容器に蓋をすれば、ヒバナが逆立ったまま瓶の中に収まる。


「行きましょう」


 手早くポーチの中にしまうと、さっと踵を返して早足で引き返し始める。

 何を焦っているのかと不思議に思いながら、ジャックも彼女の後を追って元来た道を戻って行く。


 と、背後から物音が聞こえてきた。

 それは何か硬いものが割れるような音。卵が割れるような、ピキというやや甲高い音だった。


 振り返ってみると、そこには花をなくしたヒバナの茎が、寂しげに地面から顔を出している。


 気のせいかとも思ったが、再びあの割れる音が聞こえてきた。

 それもどうやらあのヒバナから、いや、正確にはヒバナの生えている地中から聞こえてきたように思う。


「急いで」


 ユミルの催促の声が聞こえてきた。

 だが、それを上回る音が、ヒバナの方から聞こえてくる。

 なぜ、彼女がそこまで急いでいたのか。その理由がようやくわかった。


 ヒバナの生えていた地中より、赤々と燃える炎が吹き出してきたためだ。

 炎はたちまち洞窟の中に充満し、みるみるとジャックの方へと迫ってくる。


「急いで!」


 言われるまでもなく、ジャックは走った。もはや一刻の猶予もない。

 脇目も振らず駆け走り、洞窟から飛び出せば、すぐに横手に飛び退いた。

 その直後、炎が吹き出し、火柱となって宙に伸びていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る