第24話

 翌日は早朝からの出立となった。

 馬に乗ってユミルとジャックは帝都を離れ、一路西へと走る。

 右手に広大な草原と森林、左手には連なった山々を眺めることができる。

 背後からは太陽が彼らを追いかけて、地平線の彼方からのそりのそりと、その顔を上げ始めていた。


「はい、これでも食べて」


 休憩がてらに川辺に立ち寄った時、ユミルがポーチからリンゴを一つ取り出して、それをジャックに差し出してきた。

 ジャックはそれを受け取ると、おもむろにかじりつく。

 芳醇なリンゴの甘さと、シャリシャリとした食感。そして噛みしめるほどににじみ出る水分が、乾いた喉と腹をすかせた胃袋にじんわりと染み込んでいく。


「ここからもう少しいったところで、もう一度休憩を取りましょう。それで、峠を超えて麓の宿で一泊。で、次の日も早朝から動くわ」


 この道程で何度となく聞かされた内容だった。

 あえて返事を返すつもりもなければ、ユミルも返事を求めているわけではない。ただ確認と記憶の刷り込みのために、何度となく口にしているに過ぎないのだ。

 ジャックはリンゴをかじりながら、彼女に目を向けることなく頷いた。


「……ところで、さ。話は変わるんだけど」


 先ほどまでのハキハキとした口調が打って変わり、ユミルの歯切れが突如として悪くなった。

 親に叱られる前のような、ひどく緊張しながらジャックの様子を伺っている。

 あえてなんだと聞いてやっても良かったのだろうが、ジャックは無言のうちに話の続きを促した。


「私の村で、一体何があったの」


 意外な質問だった。しかし、いずれはくるはずの質問だった。


「知らないのか」


 一応の確認のために、ジャックは訊ねた。

 ユミルは、頷いた。それは予想が半分外れ、半分が当たった。


「生き残ったのはエリスだけってことは、知ってる。でもどうして村の人たちが殺されたのかは、全くわかっていないの。別に知ったからってどうこうできるわけもないけど、でも、知らないでいるのは辛いのよ」


「知ったとしても辛いだけかもしれんぞ」


「それでも無知でいるよりかはよっぽどいい」


 毅然としてジャックの目を捉え、ユミルは言った。それに応えるつもりはなかったが、けれど秘密にしている理由もなかった。

 ジャックにとってあの悲劇は突然の不幸であり、また対岸の火事と似たように、他人事の側面もまたあったからだ。


 記憶を遡りつつジャックはこんこんとユミルに聞かせてやった。

 村を急襲した魔物たちのこと。

 兵士がジャックを救助し、そしてエリスの身をも救ったこと。

 エリスがどのようにしてジャックの元に預けられたか。


 覚えている限りを、洗いざらいユミルに行って聞かせてやった。

 彼女はじっとジャックの話に耳を傾けていた。

 鎮痛の面持ちに変わり、目を瞑り眉間に深い谷間を作り始めた。


「……そう、だったの」


 ようやくしぼりだした言葉は、ひどく弱々しい響きだった。

 懐かしい村の面々を思い浮かべるように、ため息とともに宙を見上げる。

 悲哀、憎悪、怒り。

 それらを一緒くたにした深い哀愁が、彼女の表情には現れていた。


 短く、そして力強く息を吐き出す。

 するとどうだろう。彼女の顔にあったはずの哀愁は消えて無くなっていた。


「ありがとう、聞けて良かった」


 ユミルは颯爽と馬に飛び乗ると、手綱を引いてゆっくりと街道を進んでいく。

 気丈な女だ。心の中では深い悲しみに暮れているはずなのに、それをこれ以上見せまいとしている。


 彼女がどれほど気をつけていても、感情というのはその態度に表れてしまうもの。

 深い悲しみを背負った背中は、一瞬の衝撃によって崩れてしまいそうな、脆く儚い印象を覚えた。


 ジャックもまた馬に乗り、彼女の後を追いかける。

 重苦しい沈黙と気まずさが、これからの道中に付きまとってくることを感じながら。

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