第15話
ドアの正面には廊下が伸びていて、両側には二階につながる階段がある。
「少しここで待っていてくれ。今家内を呼んでくる」
その場にジャックとエリスを残して、エドワードは階段を上っていく。
そして二階の廊下を進み、曲がり角に消えていった。
数分後、エドワードは女を連れて戻ってきた。
鮮やかな深緑のドレスを身につけて、肩に赤毛の髪を流している。
鼻筋のすっと通った顔立ちで、透き通った青い目が理知的な印象を与えてくる。
「家内のシャーリーだ」
「初めまして、ローウェンさん」
シャーリーが手を差し出してくる。ジャックはその手を握る。
柔らかい腕だ。タコも豆もない。
剣も弓もまるで扱ったことがなさそうな、荒事を知らない手だった。
「君が、エリスちゃんね」
そういうと、エリスに目線を合わせるように、シャーリーは膝を折る。
だが人見知りの気があるエリスは、さっとジャックの背後に隠れて、彼女と視線を合わそうとはしない。
「まだ距離を詰めるには、ちょっとかかりそうね」
「お前じゃないんだ。すぐに人と仲良くなれるとは限らないさ」
「それもそうね。……あまり緊張しないでね。ここにいる間は、貴女の好きなように過ごしてくれればいいからね」
「……わかった」
エリスは言った。それはエルフの言葉ではなく、人間の言葉だった。
「この子、私たちの言葉が話せるの」
「ああ。兵士たちが熱心に教えた結果でな。だが、まだまだ発展途上なんだ。話すときは、ゆっくり、はっきりしゃべってやってくれ」
長い旅路はエリスが言葉を学ぶのに、大変有効な時間だった。
演説家や講演家のような饒舌さはないが、それでも日常的なコミュニケーションであれば、充分にできるようになっていた。
「へえ、すごいわね」
シャーリーはおもむろにエリスの頭に手を伸ばす。
瞬間、エリスの体は硬直する。
シャーリーは優しくエリスの頭を撫でただけで、エリスの身構える必要は何一つなかった。
その時だ。背後のドアが突然開いた。
目を向けると、そこには一人の子供が立っていた。
赤毛の髪。そばかすのできた顔はあどけなさがある。
背格好で言えば、エリスと同等か、少しだけ高いように見えた。
「おかえり。アリッサ」
アリッサ。娘の名前のようだ。
「ああ、父さん。帰ってたんだ」
「なんだ。久しぶりの再会なのに、ずいぶんそっけないじゃないか」
「父さんが家を空けるなんて、今に始まったことじゃないでしょ。父さんは大げさすぎるのよ」
「久しぶりに娘とあったんだ。これが嬉しくない父親がいるものか」
「そういうのが大げさって言っているのよ。ほんと、キライ」
反抗的な娘の態度に、エドワードは肩をすくめる。ご覧の通り、生意気な娘だ。そう目で訴えかけてくる。
「誰、この人」
「父さんの友人で、ジャック・ローウェンさんよ。ほら、アリッサも挨拶なさい」
シャーリーに促され、「どうも」とそっけない挨拶をする。
ジャックの顔から視線を滑らせて、エリスを見つけた途端、アリッサの体が硬直した。
エドワードが言い終える前に、アリッサーはエリスに歩み寄り、じっと彼女の顔を見つめる。
「すごい……本物だ。本物のエルフだ!」
途端歓喜の笑みを浮かべると、エリスの体をひしと抱き寄せて、ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねた。
あまりに突然のことに理解が追いつかず、エリスは途方に暮れてジャックに視線を投げる。だが投げられたとて、どうすることもできない。
ひとまずは、アリッサのなすがままを見守る他になかった。
「アリッサ。エリスちゃんが驚いているでしょう」
シャーリーにたしなめられ、はっと我に帰ったアリサは、腕を解いてエリスを解放する。
「あ、ごめん。驚かせちゃったわね」
「大丈夫、平気」
「嘘、人間の言葉がわかるの?」
「うん、ちょっと、だけ」
「すごい、すごいじゃない! 貴女!」
再びの歓喜。
アリッサはまた エリスに抱きつこうとするが、それをシャーリーが踏みとどめた。
「はい、そこまで。アリッサ、ちょうどいい時に帰ってきたわね。今から夕飯の支度をするから、手伝ってちょうだい」
「はーい」
「それと、エリスちゃん」
「は、はい」
「貴女もよかったら手伝ってくれるかしら。手が増えると料理もはかどるから」
どう? 笑顔を浮かべながら、シャーリーはエリスに問いかける。エリスはうつむいた後、ジャックの顔を見上げる。判断を仰いでいるようだった。
「好きにするといい」
その言葉がエリスに効いたのかは分からない。だが、エリスはシャーリーに頷いてみせた。
「そう。ありがとう。じゃあ、ついてきて」
シャーリーはエリスの手を取り、歩き始める。
「ああ、待ってよ」
「貴女はさっさと荷物を置いてきなさい」
「わかった。わかったから、ちょっと待ってて」
アリッサは一目散に階段を駆け上がり、右奥の扉を勢いよく開けて中に入った。
「俺たちは書斎にいるから、用意ができたら呼んでくれ」
「ええ。ローウェンさん、どうぞ、我が家と思ってくつろいでいてくださいね」
ぺこりと頭を下げ、シャーリーはエリスを連れて奥の部屋へ消えていった。
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