第14話

 数分は待っていただろうか。まんじりともせずにドアを見つめていると、ゆっくりと開かれ、エドワードが顔をのぞかせた。


 「終わったのか」とジャックが一言伝えると、エドワードが彼を手招きしてくる。

 近寄りつつ話を聞いてみると、どういうわけか、彼の上司がジャックを話をしてみたいと言いだしたらしい。


 報告するにあたって、エドワードはジャックのことを話さないわけにはいかなかった。


 嘘で盛ることなく、彼の目で見たありのままを伝えると、上司はしきりに興味を示したらしい。


 ちょうど連れてきていることも伝えると、上司は呼んでくるように指示を出したというわけだ。


「どうだ。ちょっとの間、大佐に付き合ってもらえないか」


「知らん。急用ができたとか何とか取り繕え。それくらいお前には造作もないだろう」


「確かにそうだが、大佐はこうと決めたら言っても効かないんだ。たとえここでお前が出なかったとしても、後日お前を呼び出してくるに決まってる」


「なら、ここを去るだけだ」


「大佐がそれを許すと思うなよ。国中にお触書を出して、お前探し出すことぐらい簡単にやってのける。たとえここを出たとしても、数日のうちに拘留される。そういう人なんだ。そんな面倒なことをするより、面と向かって会ったほうがお前のためになる。な、わかってくれ」


 もはやこのためにここへ連れてきたのじゃなかろうか。ジャックはそう勘ぐってしまう。


「……わかった。そこをどけ」


 要求を飲んだ場合と、断った場合とを天秤にかけて、しぶしぶながら飲むことにした。

 エドワードはそれを聞くと、頬をほころばせた。


「ありがとう。なら、早く入ってくれ。エリスくんの面倒は、責任を持ってみているから」


 部屋に入り、ドアを閉める。

 執務室と変わらず質素な印象を受ける部屋だった。

 綺麗に整頓された書架に、戸棚、衣装入れ、机、来客用のソファとテーブル。家具といえばそれぐらいだ。


 ソファには男がどっかりと座っている。

 白髪の髪に鋭い目。堂々たる態度から、おそらくはこの男こそ、エドワードの上司なのだろうと類推する。


「お前が、ジャック・ローウェンか?」


 グラスに入った酒を揺らしながら、男は言う。


「あんたは」


「俺はアーサー・コンラッド。エドワードの上司さ。そんなところに突っ立ってないで、こっちにきたらどうだ」


「要件を言え」


「……せっかちな奴だな。まあいい。そういう男も嫌いじゃない」


 アーサーはグラスと酒瓶を持って、ジャックの方へ歩み寄ってくる。


「単刀直入に行こう。軍に入る気はないか」


「断る」


「答えが早いな」


 おどけながらも、グラスに口をつける。

 一飲みでグラスを開けると、酒を新たに注いでいく。


「どうして嫌なんだ。エドワードの話じゃ、魔物の群を相手に一人で戦ったそうじゃないか。それぐらいの実力がありゃ、昇進も昇給もトントン拍子にできる。俺から言わせてもらえば、メリットしかないぞ」


「興味がない。だいたい、魔物を相手に戦える人間は、俺でなくても大勢いるはずだ」


「まあ、そうだな。確かにいるさ。そう言う、運と実力を兼ね備えた連中がな。だが、そういう連中は大概少ないもんだ。片手の指で足りれば御の字、そうでなくても帝国内には、俺の知っている限りお前ぐらいしかいない。あとの連中は、みんなくたばっちまったからな。だから、お前のような戦力が重宝されるんだ」


 アーサーの指がジャックの胸を小突く。


「俺から働きかけて、今すぐ将軍の地位を与えてやってもいい。俺のために働いてくれるんなら、喜んでそれくらいのことはやってやる。どうだ。悪い話じゃあねえだろ?」


「話は、それで終わりか」


「いいや。お前がウンというまでは、終わらねえ」


「なら、一生棚の上に上げておくんだな」


 ジャックはそう吐き捨てると、アーサーに背を向けて、ドアノブを掴む。


「またいつか、会おうじゃないか。ローウェン君」


 笑い声と共に、アーサーの声が彼を追いかけてきた。意に返さずに部屋を出ると、苛立ちまぎれにドアを激しく閉めた。


「どうだった」


 ジャックを待ちわびていたかのように、早速エドワードが話しかけてきた。


「勧誘された。軍に入る気はないかと」


「やっぱりな。ローウェンのことを話した途端、大佐の目の色が変わっていたからな」


「わかっていたんだろ? 私が勧誘されることを」


「それはまあ、大佐のことだからその手の話をするだろうとは思っていたさ。だが、それを聞いてどう答えるかは、貴方の判断に任せていたさ。……で?」


「で? とはなんだ」


「なんて答えたんだ」


「断った。入る気はさらさらないとな」


 エドワードが目に見えた肩を落とした。


「そうか。ローウェンのような実力のある奴が入ってくれると、こっちは大助かりなんだが。まあ、本人が嫌ということを無理強いさせるわけにはいかないからな」


 執着心は薄い方なのか。肩をすくめ、首を左右に振る。


「だが、気が変わったのならいつでも声をかけてくれ。貴方ならいつでも歓迎しているからな」


 見立ては見事に外れていた。

 エドワードはささやかな執着心から、そんなことを言ってきた。

 もはや言葉をかける気も起きない。

 そんなジャックの心情を察したのか。エドワードは顔を後方に背けて、ソファに座るエリスを見た。


「さて、そろそろここを離れよう。いつまでもここにいたって、退屈なだけだからな」


 それはエリスを見てのことだろう。

 退屈そうにあくびをかみ殺し、やることもなく手を組んで離してを繰り返している。

 ただ一人ソファに座りっぱなしだったから、余計に退屈さを噛み締めているに違いない。


 エドワードが手招きをする。

 すると、彼女は腰を上げて早足で二人の方へと歩み寄ってきた。


「こっちだ」


 『上司』のドアから『自宅』のドアに移動する。

 エドワードがドアを開くと、どこかの屋敷の玄関に出た。

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