第6話

「帝国の軍人か」


「ああ。俺はエドワード・ブラウン。あいつらは俺の部下達だ。一人一人自己紹介をさせたいところだが、それはまた後にしよう。……全員、手分けして生存者を探せ。魔物どもを追うのはそれからだ」


 エドワードの指示で兵士達はすぐに動く。

 村の中には四軒の家がある。

 兵士達はそれら一つ一つを回りながら声をかけていく。

 が、結果は芳しくはなさそうだ。

 戻ってきた兵士達の顔は曇り、皆一様に首を横に振った。


 生存者なし。

 ここにあるのは村人の死体と化け物の屍だけだと、無言のうちに報告する。


「団長、生存者がいました」 


 その言葉を吐いたのは、最後にエドワードのもとへ報告に来た兵だった。

 彼の腕の中には小さな少女が抱きかかえられていた。


 私は少女に見覚えがあった。

 他でもない私が助けたあのエルフの少女だ。

 顔や衣服にはホコリや汚れがついているようだったが、傷などは一見したところ見当たらなかった


「地下室に隠れていました。どうやらこの子の親がそうさせたようです」


「それで、その子の親は」


 エドワードの問いに、兵士は首を振る。


「地下室へ通じる扉の上に二人のエルフが倒れていました。男と女です。おそらくその二人がこの子の両親かと」


「そうか。……この惨状の中で、生存者がいたことにまずは喜ぶべきか……この子を休ませてやれ。怪我をしているようなら手当もしてやってくれ」


「分かりました」


 そう答えた兵士は少女を抱えたまま、エドワードのもとを離れていく。


「少し話したい事がある。ここではなんだ、あの家を借りよう」


 エドワードに連れて行かれたのは、私が眠っていたあの家だった。

 めくられた毛布。炭化した薪木。血だまりの中に横たわるクルセルの死体。

 私がここを飛び出した時から、何も変わらずにそこにあった。


 エドワードはクルセルの死体を一べつすると、跪いて祈りを捧げ始めた。


「神の操るゆりかごにて、安らかな眠りが訪れんことを」


 しばしの祈りを終え、エドワードと私はクルセルの横を通り床の上に腰をおろす。

 最初に口を開いたのはエドワードだった。


「生き残ったのはあの少女だけ。何とも情けない話だ。この事態を避けるために、我々は帝国から派遣されているというのに。彼らを目の前にして、助けることが出来なかった」


「帝国がわざわざ軍人を派遣するとは。それほど切迫しているのか」


「ああ、帝国の頭痛の種だよ。魔物による被害は年々増え続けている。地図上から消えた村は一つや二つどころじゃない。冒険者ギルド、傭兵団、狩人連合。戦う術を持つ連中に依頼をして、討伐に出てもらっているが、それでも被害の方が数は上だ。全くひどいもんさ」


 そう言うエドワードは眉間にしわを寄せ、深い谷間を作り出した。相当気を揉んでいるらしい。


「ところで、貴方はどうしてこんな所に」


 私はこれまであったことを簡潔にエドワードへと伝えた。


 エルフの少女を救ったこと。

 弓を射られ毒を盛られたこと。

 そしてこの村で治療を受けたことを。

 私が蘇った人間ということ以外のことを、包み隠さず伝えた


「なるほど。しかし、旅先で魔物達の襲撃をうけるとは貴方も運が悪かったな……だが、貴方がいたお陰で小さな命を救うことが出来た。礼を言わせてくれ」


 エドワードは姿勢を正し私に頭を下げてきた。


「救ったなどと、私は生きるために戦っただけだ」


「しかし、貴方がいなければ村の生き残りは一人もいなかったに違いない。貴方のとった行動によって、一人の少女が救われたのだ」


 エドワードはそう言って憚らない。

 見当違いも甚だしい。

 エルフを数多殺してきた男が、たまたま魔物達と戦ったことで英雄扱いされるとは。


「あの子を、これからどうするつもりだ」


 あの子。言うまでもなく、あのエルフの少女のことだ。


「そのことだが……あの子は帝都の孤児院に預けようと思う。人間の中で暮らすのは肩身がせまいだろうが、まあ、のたれ死ぬよりかはましだろうからな」


 エルフの村に一人で置いていかれるか。

 それとも、人間の中で暮らしていくか。

 子供一人が生きていくために、いったいどちらの道を辿るべきか。

 答えはもう決まっているようなものだった。


「さて、そろそろ行くとしよう。魔物が出ると分かった以上、ここで時間を割く訳には行かなくなった。村人達には悪いが、弔いは祈りだけにさせてもらおう」


 さっと腰を上げて、エドワードは家を後にしていく。

 が、何かあったのか。その足を止めてエドワードがこちらを振り返った。


「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったな。名は何と言う」


「……ジャック、ジャック・ローウェンだ」


「では、ローウェン殿と呼んだ方がいいか」


「殿はいらない。返って気持ちが悪いだけだ」


「そうか。ローウェン、これから短い間だがよろしく頼むよ」


 我ながらよく頭が回った。とっさに思いついた名前としては上出来じゃないだろうか。


 ジャック・ローウェン。

 これがタグに変わる私の新たな名前。私は心の中でこの名を反芻させ、忘れないよう頭に刻む。


 しかし、その由来となったものはあまりにしょうもないものだ。


 ジャックという名前は、孤児院にいた老人から

 ローウェンという名前は、そいつが飼っていた年老いた犬から撮らせてもらった。


「ローウェン。行くぞ」


 私改め、ジャックは早足で家を後にし、エドワードの後を追った。

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