【信太郎5歳、紗礼2歳】きょう、あちゅいね。

「にいにぃ~、きょう、あっちゅいねぇ」

「そうだね」

「あっちゅいの」

「うん」

「ねぇ、あっちゅいの」

「うん」

「もぉ~!」


 暑いのも無理はない。

 本日の最高気温は35℃。

 いつもは28℃設定のエアコンも、今日はさすがに27℃を許されている。ただし、それ以上の操作は許されていないが。


「さーちゃん、おちゃ、のみたいなぁ~」


 最初からそう言えば良いのに、なんて不満は当時の信太郎しんたろうにはない。


「わかった」


 そう言って、信太朗は本を閉じてソファから降りた。

 留守番中の子ども達がすぐに水分補給が出来るよう、台所の調理台の上には冷えた麦茶の入ったジャグが用意されている。使い方は信太郎にだけ教えてある。紗礼さあやのいたずら防止だ。


 それぞれのプラスチックカップを用意して、お茶を注ぐ。

 

「さーちゃん、どうぞ」

「にいに、ありがと」


 ごくごくと喉を鳴らして、紗礼はあっという間にカップを空にした。


「にいに、おかわり」

「はぁい」


 飲みかけのカップを置いて、紗礼から空のカップを回収する。それを持って台所に向かうと、なぜか紗礼もその後ろをついて来た。


「にいに、さーちゃんもやりたい」

「ダメだよ、さーちゃんは」

「にいに、いじわる!」

「いじわるじゃないの。ママがダメって言ったの」

「さーちゃんもやりたい! やりたいの!」

 

 どすどすとその場で地団太を踏み、紗礼は真っ赤な顔で抗議する。

 こうなると、もう信太郎には勝てない。


「ちょっとだけだよ」


 しぶしぶそう言うと、紗礼は張り切って踏み台の方へと向かって行った。そして、「うんしょ、うんしょ」といかにもな掛け声と共にそれを運んで来る。前に一度手伝おうとしたら「さーちゃんがやるの!」と怒られたので、黙って見守る。


「にいに、さーちゃん、ジャーするねっ」


 紗礼はご機嫌である。満面の笑みでカップを持ち、スタンバイOK。


「さーちゃん、はい、ここのボタンをおすんだよ」

「わかった!」


 もう待ちきれないとばかりに紗礼はレバーを押した。これくらいの子どもとなると、レバーだろうが何だろうが、押せるものはすべてボタンなのだ。


「あーっ!」

「あれ~?」


 注ぎ口にカップを待機させずにレバーを押せばどうなるかなんて、2歳の子にわかるわけもない。カップは紗礼の腹の辺りで我に注がれるのをいまかいまかと待っている状態だった。


 茶を調理台へダイレクトに注いだ紗礼は、最初こそけらけらと笑っていたが、信太郎が慌ててティッシュの箱を取りに行ったあたりでやっと自分のしでかしたことに気付き「どうしようぅ~」と言い出した。


「さーちゃん、だいじょうぶ。いっしょにふきふきしよう」

「うん……」

「さーちゃん、ティッシュでふくんだよ」

「うん。さーちゃんおこられちゃうかなぁ」

「だいじょうぶ。にいにがついてるよ」

「にいに、ありがとう」

「どういたしまして」



 まぁ、2人並んで怒られたが。




 


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