【信太郎5歳、紗礼2歳】ねむれないの。

「にいに、おそと、びゅうびゅうね」

「いま、『かぜおにさん』が来てるんだって、さーちゃん」

「さーちゃん、『かぜおにさん』こわくないよ」

「ぼくもこわくない」


 2段ベッドを横に2つ並べ、信太郎しんたろう紗礼さあやはオレンジ色の小さな灯りの下、仲良く寝転んでいる。

 ちょっと前まではどちらかのベッドに2人で寝ていたのだが、紗礼の寝相がすさまじく、見かねた両親がどうにか説得したのである。被害を受けているはずの信太郎の方では案外何の不満もなかったらしいのだが。


 ちなみに『かぜおにさん』というのは、風の鬼、つまり、ただ単に風が強いということである。この家ではどんなものにでもその勢いが強いものには『鬼』という単語をくっつける癖がある。そうするだけで、子ども達にとって畏怖の対象となるからだ。


 その夜は、暴風警報が発令されるほどに風の強い日だった。


 ガタガタと、風が窓を鳴らす。


 保育園でしっかりお昼寝をしている紗礼はまだ眠くないが、就学準備でお昼寝がない信太郎はもう半分夢の中だ。


「にいにー、おきてる~?」

「うん、おきてる……」


 いまは。


「ねー、おそと『かぜおにさん』いるかなぁ」

「いるんじゃない……?」

「にいに、こわくないの?」

「こわくない……」


 風はどんどん強くなっていく。


「にいにー」

「なぁに……」


 信太郎はほぼ限界である。


「にいにってば」

「なぁに、さーちゃん……」

「にいに――――――――っ!!!!」

「うるさいよ、さーちゃん……」


 叫ばれても、一度眠りモードに入った信太郎は誰にも止められない。このまま深い眠りへと直行コースだ。そして、何があっても朝まで起きない。昔から恐ろしいほど眠りの深い子なのである。


「じゃ、さーちゃん、歌うねっ☆」

「うるさいよ、さーちゃん……」


 最後の力を振り絞った信太郎だったが、紗礼は聞く耳も持たない。


 紗礼は、流行りの女児アニメのオープニングテーマをなかなかの声量で歌い始めた。


「~~~~~~~~~♪ ~~~~~~~~~♪」

「すぅ、すぅ」

「~~~~~~~~~♪ ~~~~~~~~~♪」

「すぅ、すぅ」


 とうとうベッドに立って振り付きで歌い始めたが、もちろん信太郎はお構いなしに寝息を立てている。


「~~~~~~~~~♪ ~~~~~~~~~♪」

「すぅ、すぅ」

「~~~~~~~~~♪」


 ――ガチャ。


「~~~!?」


「……さーちゃん、寝なさい」

「……信太郎は相変わらずぐっすりね」


 ディーヴァの歌声は1階の居間にまで到達していたらしく、とうとう苦情(両親から)が出てしまったのである。


 わかってないなぁ、パパもママも。

 この歌姫さーちゃんの素晴らしい歌を。


 そう思いつつも両親には勝てない。


 紗礼は渋々布団に寝転んだ。


 隣を見れば、大きな口を開けて、ときおりいびきをかいている兄の姿がある。


「にいに、おきてよぅ……」


 そう声をかけたが、やはり兄は起きなかった。

 風はほんの少し弱まったようである。


 それでも紗礼はこっそり兄のベッドに潜り込んだが。


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