【信太郎14歳、紗礼11歳】ウーチェ食べたい。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「何?」

「何か食べたくない?」

「何かって、何だよ。お菓子?」

「うーん、お菓子っていうか~」

「甘いの? しょっぱいの?」


 そう言いながら、信太郎しんたろうは台所へ向かう。お菓子のストックは食器棚の一番上だ。

 一番上だからといって紗礼さあやに届かないというわけではない。

 昔はもちろんその目的でそこにしまっていたのだが、2人が届くようになってからも、何となく場所はそのままなのだった。


「うーん、何だろうなぁ~」

「早く決めろよ。しょっぱいのならポテチかえびせん、甘いのならチョコ棒かバタークッキー、かな」

「違うなぁ~、そういう気分じゃないなぁ~」

「だったら俺は知らないよ。決まったらまた言って」


 扉をぱたん、と閉める。

 そのタイミングで紗礼が「あ」と言った。


「ウーチェ! ウーチェ、食べたい!」

「ウーチェ~? あったかなぁ……」


 調理台の下の引き出しにはすぐに調理出来るレトルト食材が入っている。玉ねぎひとつでー、とか、そういうヤツだ。

 その中に、それはあった。相変わらず、いちご味とりんご味である。幼い頃の呼び名のまま定着してしまったフ○ーチェが、そこにあった。ちなみに両親も『ウーチェ』とつい呼んでしまう。外でやると結構恥ずかしい。


「あったぞ、紗礼」

「やった! つくろ、つくろ」

「俺が作れば良いのか?」

「一緒に作ろうよぉ。昔みたいにさぁ」

「……まぁ、良いけど」


 冷蔵庫から牛乳を取り出し、計量カップにそれを注ぐ。あの時油性マジックで印をつけた計量カップはもう何年も前に割れてしまった。割ったのは紗礼だったが。


「はい、牛乳」

「はいはぁ~いっ。お兄ちゃん、混ぜる?」

「俺は良いよ。紗礼が混ぜれば良いだろ」

「へへ~。それじゃ、遠慮なく~」

「こぼすなよ」

「はいは~いっ」


 さすがにもうこぼしたりはしないだろう。そう思って、くるりと背を向け、冷蔵庫にマグネットで取り付けたカゴからラップを取り出す。


 その時――、


「あ、やべっ」


 その声に驚いて振り向いてみれば、気まずそうに笑う紗礼と目が合った。

 

 ボウルの周りには、結構な量のいちご味牛乳がこぼれてしまっている。


「……何で?」

「ちょっと勢いついちゃって」

「そんな勢いいらないはずだけど。まぁ良いや。とりあえず混ざったんだろ? 後は俺が片付けるから、紗礼は向こう行ってな」

「はいはぁ~いっ」


 るんるんと居間に向かう紗礼を横目に、信太郎は固まりかけているいちご味牛乳をティッシュで取り除いてから、台布巾で丁寧に拭き上げた。



「……美味いか、紗礼」

「美味し~。冷たぁ~い」

「なら良いけど」


 ちらりと、空っぽになったボウルを見る。


 あれは確か4人分って書いてたはずだけど……。

 ま、まぁ、少しこぼしたしな、うん。



 


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