国見兄妹の【むかし】と【いま】

宇部 松清

【信太郎5歳、紗礼2歳】ウーチェたべたい。

「にいに、さーちゃんウーチェたべたい」

「たべたいね」

「にいに、さーちゃんウーチェたべたいの。どこ?」

「えーとね、トントン(調理台)の下の引き出しだよ」

「もってきて」

「いいよ」


 信太郎しんたろうは、読んでいた本を置き、台所へと移動する。調理台の下にしゃがみ込んで引き出しを開けると、いちご味とりんご味のフ○ーチェが入っていた。


「さーちゃん、ウーチェあったよ」

「ぎうにう(牛乳)は?」

「牛乳……、ある」

「つくろ」

「いいよ」


 いいよ、と言ってしまってから、小走りで店に行き、母に許可を得る。こないだは勝手に作って母にしこたま怒られたのだ。

 母はラッピングをしながら「牛乳、こぼさないでね」、とOKをくれた。


 台所に戻ると、紗礼さあやは自分のエプロンと格闘していた。とりあえず首に引っ掛けることは出来たものの、蝶々結びが出来ない。信太郎もまだ出来ない。

 仕方なく、エプロンは諦めた。

 要は、こぼさなければ良いのだ。


「いいかい、にいにがコップに牛乳いれるからね」

「うん!」

「さーちゃんは、コップの牛乳ジャーしてね」

「わかった!」


 紗礼は返事だけはいっちょまえだ。


 信太郎は油性マジックで印を付けてもらった〈200ml〉のところまで、ゆっくりと慎重に牛乳を注ぎ入れた。こぼすなんてへまはしない。もう5歳なのだから。

 ぴったりと200ml注ぎ終わる。信太郎は誇らしい気持ちでその計量カップを紗礼に渡した。

 どうだ、お兄ちゃんはこんなこともできるんだぞ、と。


「はい、さーちゃん。ゆっくりジャーするんだよ」

「はい!」


 いっちょまえの返事をして、紗礼はカップの牛乳をボウルの中に注いでいく。しかし、『ゆっくりジャー』の『ゆっくり』の加減がわからない。結局、結構な勢いでジャーしてしまい、牛乳はあちこちに跳ねた。新太郎は慌ててそれをティッシュでごしごしと拭く。証拠隠滅、である。


「さーちゃん、はい。これでまぜまぜね」


 本当は信太郎だって混ぜ混ぜしたい。けれども、それ以上に紗礼は混ぜ混ぜをしたがるのだ。ここは兄が譲るものだ。仕方ない。


 紗礼はにこにこ顔で辺りにいちご味の牛乳を飛び散らせながら混ぜ混ぜしている。その顔を見れば、混ぜ混ぜをやらせてあげて良かったと心から思う。


 だってぼくはお兄ちゃんなんだから。


 ラップをして、冷蔵庫に入れる。

 しばらく冷やすとぷるぷるのフ○ーチェが出来上がった。

 それを器に盛って、仲良く並んで食べる。


「さーちゃん、おいしい?」

「おいしい! にいに、おいしいね!」

「またつくろうね」

「さーちゃん、まぜまぜするー!」


 2人で作ったフ○ーチェは最高に美味しかった。

 けれど、やっぱり、調理台の上はいちご味の牛乳まみれで怒られた。





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