第67話 迷宮の掃除開始

「……」

「お、おい、なんだよ?」

 ベッドの前の床に正座し、カレンが俺をじっと見つめていた。

「……な、なんかいって、怖い」

「……私の国では、主と定めた相手に忠誠を誓うというしきたりがあります。この刀にかけて」

 カレンの目が鋭くなった。

「ば、馬鹿野郎、猫に忠誠なんて誓うんじゃねぇよ。主ってなんだ!?」

「……うわ、タンナケットの株が猛烈に上がったぞ。私もやっておくか」

 ミーシャがカレンの隣に正座し、一直線に俺を見つめた。

「馬鹿野郎、お前飼い主じゃなかったのかよ。飼い猫に忠誠誓うな!?」

「うん、楽しそうだね。僕もやっておこうか」

 レインがさらに並んで正座し、俺を見つめた。

「馬鹿野郎、なんかのイジメか!?」

「……上げられると弱いんだよね。面白いからやってやろう」

 ミーナがさらに並んで、俺を見つめた。

「馬鹿野郎、いい加減にしねぇとぶっ飛ばずぞ!!」

「ぶっとばせるものなら、どうぞ」

 ナターシャが笑みを浮かべ、やはり並んで正座した。

 呪文を唱え、全員を防御結界が包んだ。

「て、テメェ、そりゃ反則だろ!!」

 俺はベッドの下に逃げ込んだ。


「おーい、ででこーい。猫缶だぞー」

「おーい、ちゅ~るだぞ。でてこーい」

「……なにもしない?」

 ベッドの隙間から覗くミーシャとミーナが頷いた。

「……いく」

 俺はそっとベッドの下から出た。

「ほれ、こういうとこ猫だろ。大体、ベッドの下に逃げるぜ!!」

「ほれ、ちゅ~るだぞ!!」

 ミーナが笑顔でチュールを差し出した。

「……どっちがいいかな。検討しとくか」

「ええ!?」

 ミーシャが俺を引っつかんで抱えた。

「ダメ、絶対!!」

「……なんか、どっかで聞いたフレーズだな」

 ミーナが苦笑した。

「ちゅーるはおやつだって。はっきりいわれてるぞ。安心しろ!!」

「……そ、そうなの?」

「……覚えてねぇな。ちゅ~るは半端なく美味いぜ」

 俺はそっぽを向いた。

「……怒ってるぜ」

「……うわ」

 カレンがそっと近寄ってきた。

「……忘れていますよ。猫が機嫌を損ねた時は、またたびに限ります」

 小さく笑みを浮かべ、カレンがマタタビの枝を差し出した。

「……」

「……」

「……いいノリだぜ。その調子だ。しかし、一個忘れてるぜ。俺にそのヤバい野郎を与えるとどうなるか。まあ、ミーシャなら分かってるよな?」

 俺はニヤッとした。

「だ、ダメ、それだけは絶対ダメ。マタタビダンスで大暴れするから!?」

「そ、そうなの……」

「あっ、なんか記憶にあるようなないような」

 カレンが考えた隙に、俺はミーシャの腕から飛び出ようとした。

「ダメじゃ、飼い主として死守するぞ。カレン、それ早くどっか持ってけ!!」

「馬鹿野郎、よこせ。猫にマタタビ野郎なんか見せたら我慢出来るか!?」

「か、カレン、逃げろ!!」

「……あわわ!?」

 ミーナがカレンを抱えて部屋から飛び出た。

「こ、この、落ち着け!?」

「うがぁ!!」

 俺はミーシャの顔面を掻きむしった。

「ま、負けねぇ!!」

「この野郎、いい度胸じゃねぇか!!」

「全く、こうすればいいのですよ」

 ナターシャが猛烈な鼻ピンをぶちかました。

「ああ、ついに気絶した!?」

「はい、おしまい」


「ったく、日増しにパワーが上がってやがるぜ……」

「もはや、最終兵器だよね……」

 俺はミーシャに抱えられ、公園に来ていた。

「……なんかいいプロテインとか飲んでるんじゃね?」

「……鼻ピンのために?」

 ミーヤシャは笑って、俺の首輪を外した。

 そして、新しい首輪をそっとつけた。

「なんだよ、それ。いよいよ飼っちまうってか?」

「どうせ誰も分かりゃしねぇよ。その程度だぜ!!」

 ミーシャが俺の背を撫でた。

「俺は猫だからな。犬野郎みてぇにいうこと聞くと思うなよ」

「んなこと期待してねぇよ。ただの意思表示だ。お前がやった不始末は私の責任だからな。考えてやれよ!!」

 俺は苦笑した。

「お前、いつからそんな偉くなったんだよ。そりゃ逆だぜ。ったく、ロクなことしねぇからな」

「それも卒業だぜ。もう盗みもやんねぇよ。それより、これが大事だぜ!!」

 ミーシャが俺の背を撫でた。

「なんだよ、やりゃ出来るじゃねぇかよ。最初からそうしろ」

「お前のいうこと聞いてやるよ。それが飼い主だ!!」

「……いや、逆じゃね?」

「馬鹿野郎、猫にいうこと聞かせようなんて思わねぇよ。ダメっていっても、せいぜい三つくらいしか覚えねぇんだからよ!!」

「な、なんでお前に言われるんだよ!!」

 ミーシャが笑みを浮かべた。

「よし、お宝ゲット。コイツは半端ねぇぜ!!」

「……な、なんか、死ぬほど嬉しそうだな」

 ミーシャが俺を抱きしめた。

「あたり前だろ、ずっと狙っていたんだぞ。これだけいても全然懐いてくれないから、もうダメかと思っていたんだぞ……」

「お、おい、泣くな。馬鹿野郎、困っちまうだろ!?」

 ミーシャが俺の背を撫で続けた。

「……お前もまた、妙なものを気に入りやがったな。せめて、普通の猫にすればいいのによ」

「……猫好きだから、確かに可愛いけど欲しいとは思わないよ。そういうもんだろ」

 俺は苦笑した。

「まあ、分かるけどよ。そういうつもりなら、頼むぜ」

「……当たり前だろ。分かってるよ」

 ミーシャが俺を抱きしめた。


「いっておくが、迷宮探索なんてやめちまうなんていいやがったら、速攻で逃げるからな。いいそうだからいったぞ」

「馬鹿野郎、んなわけねぇだろ。むしろ、逆に気合い入ったくらいだぞ!!」

 ミーシャが笑った。

「あれも大事なもんだし、タンナケットがこの上なく好きな事だぞ。下手したら魔法よりもな!!」

「馬鹿野郎、魔法なんざ道具に過ぎねぇぞ。やっと、好きなように使う方法を見つけたんだ。ただ使えるだけじゃ意味がないからな」

 俺は杖を見つめた。

「ただの猫じゃ味わえねぇぜ、これは。まっ、悪い事ばかりでもねぇな」

「一つお願いだ。頼むから無茶はやめてくれ。間違っても、それを自分に向けるなよ。なんとかするからよ!!」

 ミーシャが俺を撫でた。

「頼まれるまでもねぇよ。あんなのは二度とごめんだ。どうかしてたぜ……」

「ったく、羨ましいぜ。ここまで飼い猫に好かれる飼い主もいねぇぞ!!」

 俺は苦笑した。

「ただ馬鹿野郎なだけだ。そんなの抱えちまって、知らねぇからな」

「望むところだ。そうしてくれ!!」

 ミーシャが笑った。

「よし、ボロ宿に戻るぞ。馬鹿野郎どもの面倒みなきゃならねぇ」

「あれも変な野郎だからな、私は堪らなく好きだぞ。ったく、手間掛かりやがるぜ」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。


「あれ、ちゃっかり首輪を換えちゃって。ついに、そうしましたか」

 ミーナが笑った。

「気持ちの問題だぜ。深い意味はないぞ!!」

 ミーシャが笑った。

「では、私は私の方法で可愛がりますか。おやつあげるくらいいいでしょ?」

「しょうがねぇなぁ。変なもん食わせるなよ!!」

「……いよいよ猫だぜ。いいけどよ」

 俺は苦笑した。

「それで、足場を固めたところで、そろそろ大掃除いくか?」

 ミーシャが小声でいった。

「ああ、いくか」

「私もいきますよ。待ってるなんて嫌ですからね」

 ミーナが笑った。

「今回はよく分からなくなってるからね。骨が折れるぞ」

 ミーシャがそっと顔を引き締めた。

「ああ、分かってる。ったく、なんだよなぁ」

 俺は杖を見つめた。

「タンナケットがいれば大丈夫だと信じていますよ。では、こっそりいきましょう」

 俺たちはそっと部屋をでた。


「まっ、お二人の助手って感じですかね。分はわきまえていますよ。私が馬車を動かします」

 ミーナは馬車の御者台に乗り、俺たちは荷台に乗った。

「じゃあ、いきますよ。作戦会議でもしていて下さい」

 馬車がゆっくり走り始め、街の通りを抜けて道に出た。

「さてと、どうなるかねぇ。まあ、分かってるだろうが、最悪もう遊び場としては使えないかもしれねぇぜ」

 俺は流れる景色をみた。

「そうはさせないよ。ねじ伏せてやるから……」

 ミーナが小さく笑みを浮かべた。

「お前が頼りだぞ。恐らく、街では一番迷宮に詳しいはずだ。俺はお前の肩に乗っかってる主砲みたいなもんだからな」

 思わず苦笑した。

「主砲ね。間違いないな」

 ミーシャが笑った。

「今のリーダーはお前だ。俺じゃ指示できねぇ」

「了解」

 ミーシャが笑みを浮かべた。

「これが普通ですよ。なにやってるんですか」

 ミーナの笑い声が聞こえた。

「いいじゃねえか、どう使おうとよ」

「そういうこと、闇雲に突き進むなんて勿体ないよ。ロマンがないってか」

 ミーシャが小さく笑った。

「あーあ、ロマン野郎が三人揃っちゃいましたね。そう三人です。私は、タンナケットの事を猫だと思っていませんからね」

 ミーナが笑った。

「馬鹿野郎、猫は猫だぜ。あんまり上げるんじゃねぇ」

「私も飼い猫だなんて思ってないぞ。仕事しろよ」

 ミーシャが鼻ピンした。

「ったく、色々使いやがってよ」

 俺は小さく笑った。

 馬車が迷宮につくと、一際豪華な馬車が駐まっていた。

「お、おい、待て。この馬車は!?」

「うん、なんだろうね。こんな馬鹿野郎な馬車は?」

「今までみたことねぇな」

 俺が思わず馬車から飛び降りると、鎧に身を固めた一人のオッサンが笑みを浮かべて近寄ってきた。

「よう、タンナケット。久々じゃねぇか!!」

「馬鹿野郎、なにやってやがる!!」

 ミーシャとミーナが馬車から降りてきた。

「だ、誰なの?」

 ミーナが聞いた。

「おう、これが噂の凄腕野郎か。なるほど、ただならぬ気配を感じるぜ!!」

「えっ、知ってるの?」

 ミーシャがキョトンとした。

「お、お前な、こんなところでサボってるんじゃねぇ!!」

「いいじゃねぇか。息抜きだよ。なんか、迷宮が面白くなっちまったって聞いたらからよ、たださえ忙しい大臣野郎どもに、纏めて仕事押し付けてやったぜ。過労死しなきゃいいけどな!!」

 馬鹿野郎は笑った。

「だ、大臣!?」

「な、なんじゃ!?」

 ミーシャとミーナが目を見開いた。

 俺は咳払いした。

「なんか変な呪文みてぇだから本名は忘れちまったがよ、通称は国王だ」

「こ、国王!?」

「馬鹿野郎、通称じゃねぇよ!!」

 ミーシャとミーナが慌ててひれ伏した。

「馬鹿野郎、敬礼も知らねぇのかよ。こうやるんだよ!!」

 俺は猫の関節なりの最敬礼の姿勢を取った。

「馬鹿野郎、んなことすんじゃねぇ。疲れちまうだろうがよ!!」

 国王が笑った。

「……な、なんだ。タンナケットって何者だ?」

「……ってか、この国王。なかなかイケてる」

 国王は小さく笑った。

「まあ、この猫野郎とは結構長付き合いでな。どっかのイカレジジイにくっついてきたのがきっかけなんだけどよ、なかなか面白いから一緒に遊んでたんだぜ。戦場で!!」

「せ、戦場!?」

「馬鹿野郎、モロに兵士じゃねぇかよ!!」

 俺は苦笑した。

「あんなのつまんねぇよ、戦うために戦って何が楽しいんだよ」

「俺もそう思うぜ。下らねぇよな!!」

「……おいおい」

「……こいつも馬鹿野郎だぜ。国王だぞ」

 国王が笑った。

「ってことでよ、俺も仲間にいれてくれよ。コイツでな!!」

 国王はロングボウを掲げた。

「いっておくぞ、コイツの弓の腕は半端ねぇからな。俺、いらねぇかも……」

「……おい、これどうする?」

「……こ、国王だぞ。馬鹿野郎、なんてもんが出てきやがる」

 俺は笑った。

「馬鹿野郎、ただの国王だぞ。なにビビってやがる」

「おう、大した事ねぇよ。ただの国王だ!!」

「馬鹿野郎、ただの国王ってなんだよ!!」

「……ミーシャ、国王に馬鹿野郎はねぇぞ」

 国王はミーナをみた。

「おう、お前は俺の首を狙ってきたイカした野郎じゃねぇか。なかなか近寄れねぇはずなのによ、俺の寝室の屋根裏まできやがってよ。どうやったんだ、教えて?」

「ば、馬鹿野郎、なんで気がついてるんだよ。変な気配がしたからやめたけど!!」

「……な、なにを狙ってるのよ」

「んだよ、こんな野郎の首も取れねぇのかよ。まだまだだな」

 俺は笑った。

「なんおい、なかなか面白い野郎どもじゃねぇか。まあ、固くならねぇでくれよ。今はただの冒険野郎だ。肩書きなんざ関係ねぇ。それを忘れるためにきたんだぜ」

 国王は小さく笑った。

「だって、いいんじゃねぇの。コイツも遊びてぇ野郎だからな。普段偉そうな顔してふんぞり返っていなきゃならねぇからよ」

「そういうこった。冗談じゃねぇよ、大した野郎でもねぇのによ。ダラダラやってた七カ国戦争を根性で和平させたくらいじゃないのかねぇ、気合い入れて仕事したのはよ!!」

「馬鹿野郎、もっと真面目にやれよ。お陰で一年も経たないで終わったはずの下らない野郎がよ、十年も掛かっちまったじゃねぇか。ジジイがブチキレてたぞ」

「しょうがねぇだろ、大した国でもねぇクレン王国の馬鹿野郎が粘るからよ。根性は認めるが、もうちっと考えろってんだよな!!」

「馬鹿野郎、あんなの俺の魔法で王都でもぶっ飛ばせば黙ったのによ。平和的にとか抜かして、中途半端なことやりやがって」

「……おい、なんか軽い感じで、なんかすげぇ会話してるぞ」

「……微妙に政治だな」

 俺と国王はミーシャとミーナをみた。

「まあ、こういう関係だが今は関係ねぇよ。ただの馬鹿野郎だ」

「そういうこった、よろしく頼むぜ!!」

「……うわ、強烈なのきたぞ」

「……これ、なんかあったらシャレにならねぇぞ」

 国王は弓を肩に掛けた。

「当然、リーダーはこの凄腕野郎だよな。頼んだぜ!!」

「……うげっ、すげぇプレッシャーだぜ」

「んだよ、先生。頼むぜ!!」

「なんだ、先生って呼べばいいんだな。分かった」

「……国王が先生だとよ。これはキツいぜ」

 俺は笑った。

「ほれ、いくぞ。引っ張れよ!!」

「……た、タンナケットって、マジ何者なんだよ。はぁ」

 ミーシャはため息を吐き、顔を引き締めた。

「よし、もうこうなったらいくぞ。ヤケクソだ!!」

「熱くなるんじゃねぇぞ。普段通りやれ!!」

 俺たちは迷宮に向かっていった。

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