第66話 もう止まらない

「ったく、これがみたかったのかよ。大したもんじゃねぇよ」

「……す、すごい。なんだ、この結界?」

 広場でミーナに頼まれ、俺は一番簡単な結界魔法を使った。

「まあ、真似はしねぇ方がいいぞ。お前の杖じゃ過負荷で暴発するからな。参考例ってとこだな」

「参考にしたくても、高度過ぎて分からない。これで、一番簡単?」

 ミーナが俺をみた。

「まあ、俺が使う中ではな。基本を忠実に突き詰めていくと、このくらいにはなっちまうぜ。だから、基礎が大事なんだ。ここがイカレてると、まともな魔法が使えねぇからな。俺が教えられるのはこの部分だけだぜ。あとは、自分で応用していくのが一番使える魔法だな。どっかの魔法教室みてぇに、教科書に書かれた呪文ばっか覚えても、大して役には立たねぇし、そんな野郎は魔法使いだなんていわせねぇからな。少し手が込んだ手品と変わらん」

「……」

 ミーナが俯いた。

「こんなの見せられたら、私が使ってる魔法なんて……」

「はっきりいうぞ、手品以下だ。一応は使えるって程度で、一つ一つの魔法について研究が全然足りねぇな。磨けばもっと光るぜ。これじゃ、もったいねぇよ」

 俺は息を吐いた。

「その様子だと、誰にも教わらねぇで完全に独学だな。プライドがそうさせたんだろうが、大したもんだと思うぜ。だがな、そんな下らねぇものは捨てろ。せっかく、自力でここまで使えるようなったんだぜ。もっと伸ばしてやらねぇと、魔法が可哀想だぜ。こんなもんじゃねぇって、ブチキレちまうぞ」

 俺は笑った。

「……はぁ、これは勝てない。教わるしかありませんね」

 ミーナが苦笑した。

「そういうこった。ったく、ナターシャも素直に聞いてくれりゃケチらねぇで教えるのによ。アイツも自力で何とかしようって、妙な意地張るからな。まあ、その根性はいいんだが、プライドを守るために使うくらいなら、魔法のために使って欲しいぜ。そうすりゃ、自ずとなにするべきか分かるはずなんだがな」

 ミーナが小さく笑った。

「分かったみたいですよ。きました」

「え?」

 俺は慌てて背後を振り返った。

「た、タンナケット、なんでこっそり教えてるの。聞こうと思ったらいないし!!」

「……うわ、やっちゃった」

「……お、俺のせいじゃねぇよ」

「馬鹿野郎、これでも食らえ!!」

 ナターシャは俺に盛大な鼻ピンをぶちかました。

「……さて、この結界はミーナがやったのですか?」

「ま、待って、そこでのたうち回ってる猫!?」

「も、問題ねぇ、このくらい根性だ……コホン、俺のだよ。驚いたか?」

 俺が笑みを浮かべると、ナターシャが驚愕の表情を浮かべた。

「……な、なんで、今までやらなかったのですか?」

「だって、ナターシャの専門だろ。俺はぶっ壊す方が好きだし、やるなら非常事態だって温存していたんだよ」

 ナターシャがまた鼻ピンした。

「な、なんか、ムカつく。教えろ、この野郎!!」

「……熱くなるなよ。こっそり忍ばせておく、これもロマンだろ?」

「……でた」

 ナターシャが息を吐き、結界の青白い壁をつぶさに見つめた。

「……これはすごいな。基本形だけで、ここまでいくか……全然甘かったな。この手があったか」

「な、ナターシャの目つきが!?」

「馬鹿野郎、これが魔法使いってもんだ。ちょっと刺激与えたら、すぐこれだ」

 俺は笑った。


「この、馬鹿野郎!!」

 広場にすっ飛んできたミーシャが、俺に超特大の鼻ピンを噛ました。

「……ふん、ナターシャのヤツを食らったあとなら、この程度どってこたねぇ」

「……耐えた」

「テメェ!?」

 なにやら研究中のナターシャの拳が、ミーシャの顔面にクリーンヒットした。

「……」

「意訳してやろう。うるせぇ、この馬鹿野郎!! だな」

「……こ、怖い」

「な、なに、なんでこんな戦闘態勢になってるの!?」

 俺は笑った。

「馬鹿野郎、これが研究中の魔法使いだ。うっかり触ると、何されるかわからねぇぞ」

「……た、タンナケットもそうなの?」

 ミーナが恐る恐る聞いてきた。

「ん、覚えてねぇ。んな事に気が回らねぇもん。まあ、時々なんかぶっ壊れてたり、ジジイがぶっ倒れていたりしたが、なにしたか分からん」

「……あ、あのジジイを倒すって!?」

「……わからんけど、凄そうだな」

 俺は笑った。

「ほっときゃいいんだよ。刺激するから、反射的に攻撃されるんだ」

「……こ、攻撃って」

「……魔法使いって、半端ねぇな」

 俺は二人をみた。

「お前たちもこの境地にいくんだぜ。もう、楽しくてイカレちまうぜ!!」

「……うわ、目が輝いてる」

「……すげぇ嬉しそう」

「……やべぇ、俺もなんか作りたくなってきたぜ。今のうちに警告しておく。死にたくなかったら触るなよ。ジジイであれだからな」

 俺はニヤッと笑い、頭に呪文構成の配列を並べ始めた。

「……う、動くな。ヤバい顔だ」

「……う、うん。呼吸も止めた方がいいぞ」


「うん、いい感じですね。一つ新しい野郎ができちまったかも?」

 ナターシャが笑みを浮かべた。

「……俺もだよ。コイツは堪らねぇ野郎だぜ。なんせ、クソ長ぇ呪文のくせに全く役立たねぇ!!」

 俺も笑みを浮かべた。

「あら、なかなかロマンですね」

「当たり前だろ。普通に使える魔法作ったって、役に立つだけでなんも面白くねぇだろ」

「馬鹿野郎、役に立つもの作れ!!」

「タンナケットはそういうヤツだぜ。しかも、使える魔法もしこたま搭載してるぞ」

 俺は息を吐いた。

「よし、スッキリしたぜ。これも、基礎があってのお遊びだからな。いきなりこれやったら、ぶっ殺すぞ!!」

「……やりたくても出来ねぇよ」

「……やっちまったら、ぶっ殺されるぞ。魔法については、どこまでもガチだからな」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。

「もう遊んだだろ、帰るぞ!!」

「んだよ、もっと遊ばせろよ」

「……おっかねぇ飼い猫だぜ。面白いけど」


 ボロ宿の部屋のベッドの上で、ミーシャの膝の上で丸くなっていると、カレンがやってきた。

「……師匠、あの本を読み込みました。次は?」

「お、お前、早いな。あれ、トロい野郎だと年単位だぜ!?」

 ミーシャの顔色が悪くなった。

「ま、マジかよ、なんだコイツ!?」

「ま、まあ、あれを理解したなら、このくらいの呪文は考えつくはずだぜ」

 俺は呪文を唱え、魔法の明かりを浮かべた。

「……やってみます」

 カレンは杖を手に目を閉じて考える素振りをせ、呪文を唱えた。

「……あれ?」

「うん、もう少し考えろ。これじゃ途中で破綻しちまってる。意味を考えろ意味を。単語は無意味に並んでるわけじゃねぇからな」

「ちょ、お、置いてくな!?」

 ミーシャが慌てて本を読み始めた。

「おい、お前なら本気出せば速攻だろ。なにかと読むのは得意だからな!!」

 ミーシャがズバババっと本のページを捲った。

「……完了。大丈夫」

「……うぉ!?」

 カレンがベッドから落ちそうになった。

「おいおい、先生ナメるなよ。こういうのは、メチャクチャ得意だからな」

「……すっげ」

「さてと、これからどうすんの?」

 ミーシャが杖を持った。

「同じだ、やってみろ。これは勝負にするな、この辺りはわりと重要でな。呪文の作り方のコツと魔力の放出の感覚を丁寧に覚えてくれ。慣れねぇと気持ち悪いぜ」

「……分かりました」

「わ、分かった」

 二人が揃って目を閉じた。

「うん、やってるね」

 レインがそっとやってきた。

「悪ぃな、もうちょっとこっちに集中させてやってくれ。ここが肝心でよ」

「うん、分かってるよ。刀の腕については、もう僕が教える事はほとんどないしね。あれで満足しないっていうんだから、この先が楽しみだね」

 レインが笑みを浮かべた。

「まあな、変な野郎になるぜ。どう扱っていいか、俺にも分からねぇぜ」

「まあ、やっちゃったからね。僕は知らないよ」

 レインが小さく笑い、そっと離れていった。

「ったく、カレンも先生も魔法かよ、魔法ばっかでどうすんだよ。そのうち、魔法で罠ぶっこわし始めるぜ」

 俺は苦笑した。


「……うぉ、出来たぞ」

「……すげぇ、魔法使っちまったぞ」

 頭上に浮かぶ光球を眺め、カレンとミーシャが仲良くベッドに座っていた。

「……結果的に、仲良くなったな。よしよし」

 俺は部屋を眺め、ベッドに座って使い込んだノートを捲っていたミーナに近寄った。

「それは大事にしろよ。お前がよく分からないなりに、悪戦苦闘して生み出した我が子だからな。絶対捨てるな」

 俺が声を掛けると、ミーナが笑みを向けた。

「いわれなくても。いやー、これマジで苦労したからなぁ。適当に本を買い漁って、知識を継ぎ接ぎして、無理矢理作った代物なので!!」

 俺は小さく笑った。

「その癖、ジジイだよ。お前、あのどうでもいい本読んで勉強したな。馬鹿野郎、あれまともな事書いてねぇぞ。ストレス発散でぶちまけたどうでもいい野郎だから、まともな魔法になるわけねぇ。単に知名度に騙されたな」

 ミーナが固まった。

「う、嘘……高かったのに」

「やられたな、あれでメシ食ってるんだ。なんせ知名度が高いからよ、本を出せば売れるっていうんで、ほとんど落書きみてぇなもんだな。まともな知識を金で売るようなジジイじゃねぇぞ」

 ミーナがプルプル震え始めた。

「馬鹿野郎、どんだけひでぇジジイなんだよ!!」

「俺をみれば分かるだろ。まず、まともじゃねぇよ」

 俺はベッドに置いてある鞄を示した。

「アレだ、読んでいいぞ。あれこそ、まともなジジイの集大成だ。弟子として、埋め合わせしておくぜ。ったく、ろくでもねぇ野郎だぜ」

「よ、読んでいいの、あの伝説の魔法書!?」

 俺は笑った。

「お前、伝説好きだな。まあ、読めるもんなら読んでみろ。お手並み拝見といこうか」

 ミーナが笑みを浮かべた。

「あのジジイにトドメを刺すためなら、何だってやる!!」

「……トドメって、お前」

 ミーナが鞄に飛びつき、本を取り出してページを開いた瞬間に固まった。

「なんじゃこりゃ、売ってる本と全然違うじゃねぇか。馬鹿野郎!!」

「……だから、落書きだって。ざまぁみろ」

 俺は息を吐き、部屋の隅で苦笑しているナターシャをみた。

「大変ですね。そこら中弟子だらけにして。まあ、私もですが」

「……え?」

「あの結界みたら、聞くしかありませんよ。さて、どんな感じなんですか?」

「ば、馬鹿野郎、お前なら考えりゃ分かるだろ!?」

 ナターシャが鼻ピンした。

「私が考えて分かる以上の事を知りたいのです。なにか、ヒントでも?」

「……目がマジになりやがったぜ」

「うん、これは大変だね。いつ迷宮にいけるのかな。まあ、いいけど」

 レインが笑った。

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