第65話 魔法の講義

「なんで、お前がついてくるんだよ。関係ねぇだろ」

「馬鹿野郎、飼い主がついてねぇと何するか分からねぇ!!」

 ミーナが鼻ピンした。

「……で」

「……うん」

 俺とミーシャの前には広場の地面に正座して、じっとみつめてきているカレンがいた。

「……な、なんか、ノリが違うぜ」

「……刀ってこんななの?」

 俺は咳払いした。

「まずいっとく、固くなるな。そんな形式張ったものは魔法にいらねぇよ。楽しくやらねぇと覚えらねぇぞ」

「……はい」

 カレンはそっと立ち上がった。

「よし、まずは一番大事な杖の扱い方だ。うっかりぶん殴るなよ。こうみえて結構繊細でな。中の魔硝石に傷が入っただけで暴発事故に繋がるからな。ここ重要だぜ」

「……はい」

 俺は自分の杖を持った。

「これ持ったら魔法使いだ。とんでもねぇ力を操れるが、それだけの責任もあるんだ。呪文一つで街一個くらい軽くぶっ飛ぶ。軽く考えるなよ」

「……はい」

「……た、タンナケットが、まともなこといってるぞ」

 ミーシャが驚愕の目で俺をみていた。

「こっちの馬鹿野郎は無視しろ。いいか、お前はある程度出来ると思うが、どんな時でも熱くなるなよ。集中力が途切れれば、使える魔法も使えねぇんだ。こっちの方が、呪文を覚えるより肝心だぞ。例え敵にぶん殴られても冷静に状況を見極めて、最適な呪文を選択して即座に反撃だ。これは教えるもんじゃねぇ。自分で編み出すしかねぇな。感覚の問題だからよ」

「……はい」

 俺は頷いた。

「よし、それで俺の教え方はジジイ式だな。これが一番、魔法を魔法らしく使えると思うぜ。必要な知識はブチ込むが、教科書みてぇに下らねぇ呪文は教えねぇ。自分でルーンワーズの単語を考えて組み合わせることで、一つの意味ある言葉する。これで、自分だけの呪文の完成だ。これが出来たら、きっちり噛まずに唱える訓練だな。強力な魔法ほど呪文が長くなるんだが、これが一苦労だぜ。途切れたら終わりだからな。例えば……」

 俺は呪文を唱え、杖をかざした。

「まあ、滅多に使わないが、かなり簡単な明かりの魔法だ。これだけでも、トロい野郎だと何年もかかるぜ。魔法ってのは、なかなか気合いと根性がいる。しかも、その上に理屈で考えられる頭だぜ。どっかで破綻したら呪文にならねぇからな。まあ、なかなかやり甲斐はあると思うぜ。合わせるから、ちゃんとついてこい」

「……はい」

 カレンが頷いた。

「……うわ、ガチで師匠だぜ。こんなのみた事ねぇぞ」

 俺はミーシャをみた。

「俺もこんな感じだったの。馬鹿野郎じゃ魔法は使えるようにならねぇぞ。使えるようになってから、馬鹿野郎になればいいんだぜ」

「……タンナケットが、偉大にみえるぜ」

 俺は笑った。

「馬鹿野郎、ただの妙な猫だ。どこが偉大なんだよ!!」

「……タダの猫ね」

「……やっぱり師匠に選んで良かった。これなら、ちゃんとした魔法使いになれそうです」

 カレンが笑った。

「馬鹿野郎、俺が魔法で手抜きするわけねぇだろ。やるからには、きっちりやるぜ」

「……はい」

 俺はミーシャが持っていた鞄を示した。

「この中に基礎的な知識が書かれた本が入っているぜ。まずはこれを読んで叩き込め。これが分からないようじゃ、スタートもできねぇからな。助手!!」

「じょ、助手!?」

「いいから、本を渡せ」

「……このために連れてきたのか?」

 ミーシャはため息を吐き、本を鞄から出してカレンに手渡した。

「……こ、これが、魔法」

 カレンがそっと本を開いた。

「……分からん」

「分かったら俺はいらねぇよ。ガンガン聞け」

「……その聞くべきこと自体が分からん」

 俺は苦笑した。

「だったらそういえ。全部教えるからよ」

「……もう、入っていけなくなったぜ」

 ミーシャが頭を抱えた。


「そうだ。基本は四大精霊の力を操って、勝手に都合のいいように一時的に世界を作りかえるってのが魔法だ。呪文ってのは、そのための道具だな。その四大精霊の力を借りず、魔力だけで強引にやる方法もあるが、かなり難しいからな。まだ早いな。まずは基本の四大精霊魔法だ。こいつの知識を完璧にするだけで、センス次第でバリバリ呪文を作れるぜ。あとはやって慣れるだけだな。基本法則を感覚で覚えちまえば、あとは勝手に呪文なんざ思い付くもんだぜ。難しく考えるな。思考の柔軟性がポイントだな」

「……はい」

「……うちの猫が、完璧にぶっ壊れた」

 俺はミーナを睨んだ。

「馬鹿野郎、魔法使いをナメてんのか!!」

「……うわ、熱いぜ」

 俺はカレンをみた。

「よし、とにかくその本の内容を悪夢見るくらいまで、徹底的にブチ込め。話はそれからだ!!」

「……はい!!」

「……おいおい、全然可愛くねぇよ。どうしよう」

 俺はミーシャをみた。

「おい、抱け!!」

「は、はい!!」

 ミーシャが慌てて俺を抱いた。

「……いいねぇ、これだぜ」

「……猫が変わったぞ」

 カレンが俺をみた。

「……師匠!!」

 俺はミーシャの腕から飛び降りた。

「なんだ!!」

「……ここなんですか!!」

「馬鹿野郎、自分でちゃんと考えろ。表だけ読むな、裏も読め。なんなら、行間までブチ込め!!」

「……はい!!」

「……私は休憩所かよ」

 俺はミーシャを睨んだ。

「馬鹿野郎、なにモタモタしてやがる。とっとと抱け!!」

「な、なんだよもう……」

 ミーシャがゲンナリして俺を抱いた。

「……あー、疲れたぜ。慣れねぇからよ」

「……私も慣れねぇよ。毎回これか?」

「……師匠!!」

「なんだ、こんちくしょう!!」

「……もう、嫌」

 ミーシャがガックリ肩を落とした。


「……俺としたことが気合い入れ過ぎちまったぜ」

「……はい、これはなかなかキツいです」

「……二人ともダウンしやがったぜ」

 地面にぶっ倒れた俺とカレンを、ミーシャが見下ろした。

「馬鹿野郎、加減しろ!!」

「……」

「……」

 ミーシャが苦笑した。

「そんなにカレンが可愛いか。レインに勝てないからってよ!!」

「……えっ?」

 カレンが声を上げた。

「おもしれぇだろ。こんな野郎の代替えがいるわけねぇ。刀で戦って魔法でぶっ壊す。聞いたことねぇよ」

 俺は苦笑した。

「カレンも可哀想だな。うっかり気に入られちまったからよ、どんな妙なヤツにされちまうか分からねぇぞ!!」

「……き、気に入られた!?」

「馬鹿野郎、どうでもいい野郎にこんな事するか。こいつはおもしれぇぞ。ただブッタ斬るなんてのは、そっちにぶっ壊れちまったレインで十分だ。同じ野郎は二人いらねぇよ。最高じゃねぇか。とにかく、ひたすら攻撃しまくるってよ。しかも、物理も魔法もだ。無敵じゃねぇかよ。こんな事できるのはお前しかいねぇぞ。堪らねぇぜ」

「……あーあ、変な気に入られ方したぞ」

 カレンが苦笑した。

「あの話を聞いて動じなかったのが効いたかかねぇ。よりによって、魔法と全く縁がないカレンだぜ。大変なの分かってるくせによ!!」

「お前ならものになるだろ。根性はあるからな、ミーシャよりは頭もよさそうだし、問題ないな。いっておくぞ、ミーシャお前もそこそこの資質を持ってるぞ。だが、教えない理由分かるか?」

「な、なに、そうなの。馬鹿野郎、ケチくせぇこというな!!」

 ミーシャが鼻ピンをした。

「耐えられるわけねぇだろ。すぐに飽きちまって、さっさと逃げるんだからよ。こんな地道で地味な事の繰り返しだぞ。絶対無理!!」

「……あのさ、本気の私。みたことないでしょ?」

 ミーナが笑みを浮かべた。

「……おいおい、マジかよ」

「……やっちゃったね。これは、諦めないぞ」

 カレンが笑った。

「……あのさ、罠解除とか簡単にいうけど、どれだけ練習が必要か分かってるかな。何度も失敗して死にかけてるしさ。それでも、楽しくて諦めなかったんだぞ。ナメるなよ」

「……め、迷宮モードになってるぞ。目が!?」

「……これはやるしかないぞ。私と纏めて!!」

 ミーシャが俺を掴んだ。

「……杖、だよね。必要なものは。となれば、あそこしかないよね」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。

「……ヤバい、これはヤバい。もう止まらねぇぞ」

「……私もついていこう。面白そうだから」

 カレンが笑った。


「馬鹿野郎、なに考えてやがる。ミーシャに杖なんか持たせてみろ。ぶっ壊すだけならいいが、下手すりゃ大惨事だぞ!?」

「……大丈夫。タンナケットの魂みたいなものだよ。粗末にすると思う?」

 ミーシャが小さく笑った。

「……おい、なんかガチになってねぇか?」

「ああ、どうも妙な蹴飛ばしかたしちまったみてぇでな。これ、真面目にやらねぇとブチのめされるどころじゃねぇぜ。まあ、ここに来る間に大体プランは出来てるんだ。これがまた妙でな。攻撃はまず使い物にならねぇな、回復も話しにならねぇ。でもな、結界系だけって異様に狭い範囲に適正な魔力なんだ。ナターシャどころじゃねぇぞ。つまり、強烈な結界を展開するだけの魔法使いだな」

「なんだそりゃ、変な道具みてぇな魔法使いだな」

 オヤジが笑った。

「……道具でいいよ。しかも、結界ってことは守るためのものでしょ。いい感じじゃん」

 ミーシャが笑った。

「……ったく、また変なもん作らせやがって。ちと話しきかせろ、そんなもん作った事がねぇよ」

「ああ、通常は魔硝石の特性を均等に均すように組み込むがよ。こうなると、聖魔魔硝石をしこたまブチ込むしかねぇな。それも、最高グレードの高純度だ」

「馬鹿野郎、んな事したら極端に不均衡なバランスでコントロールがとんでもなく難しくなるぞ。とても初心者にも持たせる杖じゃねぇよ。まして、ミーシャだぞ」

「馬鹿野郎、俺を誰だと思ってやがる、そんな事は分かってる。そこをなんとか調整するのがお前だろ。俺だって、そんな杖みた事ねぇよ」

「……楽しそう、これがタンナケットの喜びか。いい場所見つけたな」

 カレンが小さく笑った。


「うお、マジで杖だぞ!?」

「……頭にきたから色はピンクにしてやった。馬鹿野郎」

「……うわ。恥ずかしいぞ」

 カレンが笑った。

「……で、一応話は聞いてたからな。魔法に関しては、タンナケットが師匠だ。絶対だからな」

「……気迫がすげぇな」

「……これは、負けられないな。ミーシャに負けたら泣くに泣けない」

 カレンが笑みを浮かべた。

「……いい度胸だ。こういう勝負なら、タンナケットも文句いわないよ」

「……いいたくても言えないぜ。怖いぞ、お前ら」

 ミーシャが俺を抱いた。

「ほれ、帰るぞ。ボロ宿できっちり教えろ。本気をみせてやる。久々に楽しい事みつけたぞ」

「……いいですね。やりましょう」

「……馬鹿野郎、魔法使いばっかりになっちまうぞ。しかも、変に偏った野郎ばっかりのな」


「な、なんで、ミーシャが!?」

 ボロ宿の部屋に帰ると、ミーナが声を上げた。

「なんかよ、ヤバいツボ押しちまったみたいでよ」

 俺は笑った。

「あら、なんですか。この怪現象は」

 ナターシャが笑った。

「おう、こいつの特性すげぇぞ。結界だけ。馬鹿野郎だぜ」

 瞬間、ナターシャの顔色が変わった。

「……マジでいってる。それ?」

「……うわ、またやっちまった」

 ナターシャは小さく笑みを浮かべ、ミーシャにゲンコツを落とした。

「……いいでしょう。ちゃんと研究しましょうか。ミーシャなんかに負けたらもう、やってられない!!」

 ナターシャは自分の荷物から本を取りだした。

「……うわ、ブチキレたぞ」

「……つくづく、お前って可哀想な野郎だな」

「なに、魔法使いブームなの。僕は剣があればいいから、いっそそっちを磨こうかな。魔法使いばかりじゃどうにもならないもんね」

 レインが笑った。


「ったく、弟子が一気に増えちまったぜ。しかも、ミーシャは結界だぞ。ナターシャに任せたいが、まずブチキレるからな。俺がやるしかねぇな」

「そんなに凄いんですか?」

 ベッドの隣に座ったミーナが笑った。

「ああ、半端ねぇよ。あんなのいねぇぜ。しかも、俺の結界はヤバいぜ。知ってるだろうが、これほど繊細で難しい魔法はねぇんだ。だから、燃えちまってよ。いっておくが、ナターシャどころじゃねぇぞ。やっちまうとブチキレるから使わねぇけど」

 ミーナが笑った。

「……実はまともな回復も使えるんでしょ?」

 ミーナが小さく笑った。

「……馬鹿野郎、使えたらあんな魔法を代用しねぇよ。回復はダメだ。作ればいいんだが、気分が乗らねぇな。ぶっ壊してる方がいいし」

 ミーナがそっと俺を抱きかかえた。

「どうするんですか。回復魔法の師匠が、自分の研究で忙しくなっちゃって教えてくれませんよ。こうなったら、まずはこっちを師匠ですかね。まともなやつも教えて下さいよ」

「やれやれ、また増えちまったぜ。俺も忙しいぜ」

 ミーナが俺を抱きかかえたまま、そっと立ち上がった。

「ここで攻撃魔法を撃つわけにはいかないので、こっそり広場にいきましょう」

「知らねぇぞ……」

 俺は苦笑した。

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