第58話 密やかな相棒
ごくさりげなく、通路の隅でボンヤリしているナターシャの傍らで、ミーナが杖をひっそりかざしていた。
「……あれなら、杖に一人で静かに語りかけてる危ねぇ野郎にしかみえねぇな。いや、ちっとばかり魔力光の放射がデカいな。無理があるか?」
俺はこっそり苦笑して、ミーナの背中に視線を送った。
ミーナは微かに頷いた。
少々派手だった魔力光が収まり、ミーナの背中の裏に隠れた。
「……馬鹿野郎、そりゃ抑えすぎだ。気合い入りすぎて効かねぇぞ」
俺はまたミーナの背中の一点に視線を送った。
再びミーナが微かに頷き、ほんの少しだけ魔力光が大きくなった。
「……馬鹿野郎、呪文詠唱の声が僅かにデカ過ぎる。ただ静かに語りかけるより、もっと危ねぇ野郎になっちまったぞ。加減知らねぇのかよ」
俺はミーナの背中を睨んだ。
一瞬ビクッとミーナの体が動き、やや音量を落とした呪文詠唱の声が聞こえた。
「……やっとだぜ。普通の危ねぇ野郎にしかみえねぇな。このパーティじゃ当たり前だ。俺がやるからな」
俺は胸中で静かに笑い、軽く目を閉じた。
「……いい感じじゃねぇか。もう一人の相棒。ミーシャには内緒だぜ。ブチキレるからな」
俺は傍らでガンガンメシを食ってるミーシャを見上げた。
「……まっ、お前はそれでいい。どうでもいい面倒なことは、俺たちでやるからよ。なにも考えず、好きなように遊べや。付き合ってやるからよ」
俺は静かにその場に丸くなった。
「あの、ひっそりと妙な制御やめてもらえませんか。なんでか、タンナケットの意図が分かってしまう自分が、なんか嫌で嫌で……」
と書かれた小さな紙をひっそり俺の前に差し出し、ミーナがため息を吐いた。
おれが苦笑を返すと、ミーナも苦笑して回復の兆しをみせはじめたナターシャの元にいった。
「……しょうがねぇじゃん。なんか分かっちまうんだから。なんでか知らんけどな。まあ、どっかぶっ壊れてるんじゃねぇの?」
おれはそっと呟き、ミーシャを見上げた。
「……一番すげぇのは、コイツが感知しねぇ事だな。なんか、妙な機能でもついてんのか、アイツ」
俺はそっと笑い、今度は真面目に杖に語り始めたミーナをみた。
「……馬鹿野郎、それは俺だけでいい。アイツ、なんなんだ。もうなんかよくわからねぇ馬鹿野郎だな。なかなか楽しいぜ。これだから、やめられねぇんだよ。この迷宮、変なのばっかりだからよ」
「なに、ミーナってタンナケットの真似始めちゃったの。あれやめた方がいいって、なんかひたすら危ねぇ野郎にしかみえねぇもん」
ミーシャが指差しながら笑った。
「お前よりマシだ。同じ目に遭ってるのに、自分で立てるんだからよ」
俺が苦笑すると、ミーシャが笑った。
「だから負けてるの。じゃなきゃ、タンナケット貸さないよ。貸してるだけだからね!!」
「ほれみろ、全然負けてるぜ。必死こいて猫なんか抱えてなんの役に立つんだ、馬鹿野郎が」
「うるせぇ、もう猫缶開けてやらねぇぞ!!」
俺は小さく笑った。
「そりゃ困るな。どうにもならんから餓死しちまうぜ」
俺は小さく笑い、ミーシャの胡座に飛び込み、丸くなった。
「よし、どうだ?」
「は、はい、なにが起きたんです。よく分からなくて……」
やっとしっかりした感じになったナターシャが、頭を軽く振ってため息を吐いた。
「多分、ミーナの睡眠魔法が暴発したんじゃねぇの。いや、ちょうど暇そうに本読んでるから、ターゲットにちょうどいいからって教えていたんだぜ。この野郎、なんか勝手に妙な呪文唱えやがってよ。俺も分からねぇような、なんか気持ち悪い野郎がドカンとな。あれはぶったまげたぜ。コイツ、なかなかイカレてやがるぜ」
「は、はぁ、なんか気持ち悪い野郎がドカンですか。今度教えて下さいね。そういう得体の知れない不気味な野郎が大好きなので」
ナターシャはミーナをみて、小さく笑みを浮かべた。
「うわ、ち、違います。あれはタンナケットがいつも通り、杖にネチっこくなんが不気味な野郎を叩き付けていたら、勝手に妙な力場的ななにか腐った物体が大量発生して一時的に全員頭がイカレて大変でしたよ。まさに、激甚大災害でした。思い切り制裁しておいてください!!」
ミーナが肩で息をしながら、額の汗を拭いた。
「……馬鹿野郎、なんでバラしちまうんだよ。秘密だって約束しただろ!!」
「……あら、それはいけませんね。人になすりつけようとして。事情はなんかよく分かりませんが、その態度だけはいただけません。ほら、鼻出して!!」
ナターシャが指を構えた。
「んだよ、ミーナ。テメェあとで覚えてやがれよ!!」
「だからその態度が気に入らないです。全く……」
迷宮に凄まじい音が響いた。
「……ば、馬鹿野郎。いくらんでも、気合い入れすぎだ」
あまりの激痛に、俺は床をのたうち回った。
「お、思い切りって……」
「このくらいしないと、全然聞かないですからね」
多分、ナターシャは笑みを浮かべていた。
「……ったく、まだ痛ぇ」
「今度はなにしたの。それとも、寝ぼけて一発食らったの?」
俺を回収しにきたミーシャが俺を抱えて笑った。
「知らねぇよ、機嫌悪かったんじゃねぇの。あのパワー、暢気に魔法使いやってる場合じゃねぇよ……」
「馬鹿野郎、変な武器持たせた方がよっぽど危ねぇよ!!」
「……ひでぇな、わりと」
俺は苦笑した。
「さて、やっと面子がまともになったぞ。ったく、冒険させろよな」
「馬鹿野郎、このメンバーでくる事自体が冒険だぜ。ヒヤヒヤして楽しい!!」
俺は笑った。
「ちげぇねぇな。俺も必死だぜ。出来る事全部使っても足りねぇもんな。まあ、大変だがいいと思うぜ。飽きねぇからよ」
「だからやってるんだろ。オマケに、なんかよく分からないのばっかりボコボコ出来ちゃってさ。なんだこのパーティ!!」
ミーシャが苦笑した。
「ったく、いい加減情けねぇぞ。ここが自分の庭みてぇな顔しててよ。なんか無性に頭にきたぜ、徹底的にほじくり返してやるぜ。この野郎!!」
「馬鹿野郎、お前がほじくり返しちまったら、他の誰がほじくり返すんだよ。資源は公平に分けろ。テメェのもんじゃねぇんだからよ」
「うるせぇ、ここは私のものだ。好き勝手してやる!!」
ミーシャが笑った。
「あ、あの……」
ミーシャがフラッとどこかにいった隙に、ナターシャがそっと声を掛けてきた。
「ん?」
「なんでいわないの、馬鹿野郎。なんかわけわからない事いって、誤魔化さないでください。あの鼻ピンでミーナが我慢できなくなって、こっそり事情は聞きました。あんなリスクは承知です。感謝しなきゃならないのに、最大級の鼻ピンを返すって、人としてどうかと思いますよ。なんてことさせるんですか!!」
俺は苦笑した。
「相手は人じゃなくて猫だ。相変わらず、どっか真面目だねぇ。感謝なんていらねぇよ。むしろ、俺が謝らねぇといけねぇくらいだぜ。あんな目に遭わせるなんてよ。反省通り越えてムカついてきたぜ」
ナターシャがため息を吐いた。
「全く、保護者気取るな。猫だろ!!」
俺は笑った。
「おう、上等だ。そういう感じでいいんだよ。ったく、お前は固くていかんぞ。俺なんかどうだっていいんだからよ!!」
「馬鹿野郎、今度は蹴り飛ばすぞ。いい加減、威張り腐って格上らしくしろ。なんか、気持ち悪い!!」
「おいおい、いきなり沸騰すんなよ。最低でも対等だぞ。分かったな?」
ナターシャはもう一度ため息をついた。
「これが一番キツい。だって、あのイカレジジイの弟子だぞ。バカじゃねぇの!!」
「だから、カッカすんな。イマイチ、ブチキレてるポイントが分からねぇけどよ。猫は猫だ。変に上げる方がよほど馬鹿野郎だぜ。なに考えてやがる」
俺は小さく笑った。
「はぁ、いってもダメだ。勝手にやります。気持ちだけはね」
ナターシャが笑みを浮かべ、静かに去っていった。
「なんだよ、気持ちだけってよ。まさか、神となんか妙なものとか思ってねぇだろうな。冗談じゃねぇよ」
俺は苦笑した。
「さて、やっと整ったね。気合い入れていくぞ」
ミーシャがミーナに視線を送った。
「冗談ですよね。どうぞ」
「あれ、残念!!」
ミーシャが笑みを浮かべ、階段に向かった。
「……馬鹿野郎、あそこぶっ壊し漏れだ」
俺は素早くミーナに視線を送った。
「おりゃ、ぶっこめ!!」
ミーナが杖をかざし、ど派手な火球を放った。
「な、なに!?」
一気に素に返ったミーシャが振り返った。
「なんか気に入らねぇって、いきなりブチキレたんじゃねぇの。危ねぇ野郎だぜ」
俺は苦笑してこっそりミーナをみた。
さりげなく前を見たまま小さく笑みを浮かべ、少しだけ親指を立てた。
「そ、そう、なんか気に入らなかったらブチキレる前にいって。危ねぇのはタンナケットだけで十分間に合ってるから。ビックリしたぜ……」
「馬鹿野郎、俺もブチキレた。ぶっこむぜ!!」
俺は呪文を唱え、ど派手な火球を放った。
「な、な、なんか、この二人どうしたの。どっかぶっ壊れたかな……」
ミーシャが前を向いた瞬間、ミーナがニヤッと笑った。
「……馬鹿野郎、年季がちげぇよ。あれに気がつかねぇようじゃ甘いな」
俺は息を吐いた。
「おら、先生。とっとといかねぇと、後ろの危ねぇ二人がブチキレるぞ。背中には気を付けろよ。うっかり、ターゲットにしちまうぜ」
「わ、分かった。なんか怖いからいくぞ!?」
ミーシャが息を吐いて顔を引き締めた。
「……ここからが、楽しいんだよね。微妙に弄ったからさ」
小さく呟き、ミーシャは階段に向かった。
俺はミーナに軽く視線を送り、全神経を集中させた。
「馬鹿野郎、このままじゃヤバいぞ。調子に乗りすぎだぜ」
ちらっとみると、ミーナも厳しい表情で杖を構えた。
「……ちと気合い入りすぎだが、そのくらいでいいかもな。ここから、俺たちはこっそりマジだぜ。全く、バカになれねぇぜ」
俺はそっと笑みを浮かべた。
「……やっと出番。なんです今回?」
「うん、よくあること。僕たちなんてそんなもんだよ」
レインが笑った。
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