第57話 瀬戸際の攻防

「……ヤバい、なんか楽しかったぞ」

「うん、目覚めたな」

 なにか嬉しそうなカレンに、レインが笑った。

「お前、レインがカバーしてなかったら、軽く四回は死んでるぞ。バカじゃねぇの!!」

 俺は笑って杖をみた。

「……まっ、たまにはぶん殴ってみるもんだぜ。妙にスッキリしやがる」

 破損した杖をみて、思わず笑みが浮かんだ。

「……つ、杖と語り合ってる!?」

「うん、いつもの……ことじゃない!?」

 レインが素っ頓狂な声を上げた。

「なんだよ、これただの棒きれだぜ。思い切りぶん殴って悪いかよ。うっかり、ぶっ壊しちまったがな。さてと、さっさと杖に戻すかね」

 俺は杖の修理に掛かった。

「た、タンナケットが自ら杖をぶっ壊すって。これ以上の非常事態はないぞ!?」

 レインがワタワタしはじめた。

「落ち着けよ。なんでもねぇからよ!!」

「……そ、そんなに凄いんだ」

「馬鹿野郎、今までに一回もないんだぞ。なにがあっても、杖だけは絶対に死守したんだぞ。絶対ありえねぇよ。どーすんだよ、これ!!」

「……し、師匠までぶっ壊れたぜ」

「ったく、相変わらず気が弱いな。ほれ、直ったぞ」

 レインが居住まいを正した。

「コホン、なら問題ないな。脅かさないでよ」

「……瞬間修復されたぞ。すげぇ」

 俺は苦笑した。

「ったくよ、俺の魔法がねぇとそんなに不安か。落ち落ちぶっ壊せねぇな。この棒きれをよ」

「うん、みんなそうじゃないの。その棒きれに守られてるんだからさ」

 レインが笑った。

「あれ、絶大な信頼ですね。ある意味、羨ましいですよ」

 ミーナが寄ってきて、小さく笑った。

「まあ、それだけのために置いてもらってるようなもんだぜ。じゃなきゃ、ただのキモい猫だ。それはそうと、先生とナターシャはどうだ?」

 俺の問いにミーナが頷いた。

「例の『一部の例外』に該当する寸前でしたが、私が全力で阻止しましたよ。あんなもの使わせるわけにはいきませんから。無論、ミーシャも問題ありません。普通にメシ食ってますよ」

 ミーナが笑った。

「だからいっただろ、俺は回復はダメなんだって。そのくせ、あんな魔法だけは使えるんだぜ。バランスがイカレてるぜ」

「ああ、やっぱり使えたんですね。今までに何回使ったんですか?」

 俺は笑った。

「それがな、奇跡的に一回もねぇんだ。ギリギリだが死なねぇってのは、満更でもねぇんだぜ。いいか悪いか知らねぇが、まあ、安心してくれ。俺もあんな気持ち悪いの使いたくねぇよ。出来ればな」

「まあ、微力ながら私も。このパーティは面白くて好きですしね。こんなイカレた馬鹿野郎集団、他にありせんよ。なんとしてでも、消すわけにはいきませんから」

 ミーナが笑った。

「おう、こりゃ頼もしいぜ。そういうの待ってたんだ。俺とミーシャじゃもっと馬鹿野郎な事が出来なくて困ってたんだぜ。飽きちまうからな」

「いっそ、迷宮はダッシュで駆け抜ける事にしませんか?」

 ミーナが笑った。

「馬鹿野郎、先生がブチキレるぞ。ロマンがねぇってよ!!」

「なんですか、二人ともロマン野郎だったんですね。じゃあ、私もそうしますかね。一回やりたかったんです。ど派手な回復魔法で魔物を蹴散らすって。馬鹿野郎でしょ?」

「おう、やれるものならやってみろ。おもしれぇじゃねぇか。俺も久々になんか作るか。全く何の役にも立たないくせに、ど派手に魔力を消費する馬鹿野郎なにか考えてやがるってやつをよ!!」

 俺は笑った。

「……本当にやりそうで怖いな」

「馬鹿野郎、俺はやらない事はいわねぇぞ。お前のせいだからな、鎮火してた導火線に派手に火を付けやがってよ。お前もやれよ、その攻撃魔法みてぇな回復魔法。できたら、マジでみせろ。思い切り笑ってやるぜ!!」

「……ヤバいツボ押しちゃったぞ。これ、やるしかないな」

「必要な知識なら叩き込んでやる。もう、弟子とか勝手に名乗れ。好きにしろ!!」

「……うわ、こりゃ止まらねぇ」

 俺は小さく笑い、適当に転がっていた自分の荷物から、そっと書物を覗かせた。

「そ、それは、まさか、幻のアレ!?」

「どうかな、それできたらみせてやるよ。楽しもうぜ」

「や、やる。アレが読めるなら、もう何だってやる。こうしちゃいられねぇ!!」

 ミーナが自分の荷物を引っ掻き回し、だいぶ使い込まれたノートを取り出した。

「……ん、ちょっとみせてみろ」

「こ、声と目がマジになった。怖い!?」

「……いいから、早くしろ」

「わ、分かったから、その顔で睨むな!!」

 ミーナは慌ててノートを開いた。

「……なんだろう、この上なく充実感を感じますね。特にタンナケットが」

「うん、うっかりやったね。あれ、しばらく止まらないから。ミーナも可哀想にね。よりによって、一切妥協しない魔法でやっちゃったよ。徹底的にボコボコにされるよ。言葉で」

 レインが笑った。

「……笑ってないで、なんとか止めてあげて。私は怖いから」


「……」

「……いけね、ガチでぶちのめしちまった。お前が悪いんだぜ」

「あーあ、やっちゃった」

「……恐ろしく怖いぞ。あのタンナケット。間違っても戦いたくない」

 勢いでミーナをぶちのめし、俺はため息をついた。

「ああっ、ったくもう。なんで変なとこ触るんだよ。またやっちまったじゃねぇか!!」

「……な、なんか、荒れてる。馬鹿野郎すらいわない」

「うん、もの凄い後悔してると思うよ。あれ、一番嫌いな自分だから」

 レインが笑って、カレンの頭に手を置いた。

「まあ、基本的に真面目な上に熱い野郎だから、本気になっちゃうと上手く加減が出来ないんだよね。まあ、そのお陰で助かってるんだけどね。例えば、僕たちが寝てる間なんてもう本気なんてもんじゃないから、近寄るものは何でも叩きのめすよ。たまに、間抜けな他のパーティを誤爆するけど、それは近寄る方が悪いってね。あの異常な殺気は、バカでも分かるはずだからさ」

「……暢気に寝てる間に、そんな強烈なバリアが張ってあるとは。気がつかなかった」

「他にもあるけどね。まあ、いないと困るわけ。まさに、お守りなんだよ」

「……それは限りなく失礼かと」


「あれ、なんでタンナケットがのたうち回ってるの。ミーナがくたばってるし……」

 メシを食ったらしいミーシャが不思議そうにいった。

「またやっちゃってさ。ミーナが犠牲になったよ」

「レイン、それマジ。またこの馬鹿野郎が暴走しやがったか。ったく、この前そのレインを叩きのめしたばかりでしょうが!!」

「……なにやったの?」

「……うん、聞かないで」

 レインが遠くをみた。

「馬鹿野郎、これどっちから直すかな……」

 ミーシャが困っていると、ミーナが起き上がった。

「よし、直った!!」

「……すげ、自己修復したぞ。あのタンナケットをまともに食らって」

「……じ、自己修復って」

「うん、なかなかのど根性バカだね。羨ましいな」

 レインが笑った。


「で……タンナケットは自爆しちゃったんだ」

「うん、なんかよっぽど嫌みたいでさ。だったら、やるなって感じなんだけどねぇ」

 ミーナの声にミーシャが苦笑した。

「はいはい、落ち着け」

 ミーナが俺を拾い上げ、抱きかかえた。

「こうやっときゃ勝手に直るよ、馬鹿野郎だから。今度やったら試してみて」

「……もういい。キツい」

 ミーナがため息を吐いた。

「なんで、ここまでハイレベルなド直球魔法バカが途中で放り出して、こんな変な場所にいるのやら。世の中って面白いぜ……」

「しょうがねぇよ、コイツは魔法は好きだけどそれだけだからね。妙な権威みたいなの大嫌いだからさ。いい加減、窮屈だったんじゃないの?」

 ミーシャが笑って俺の背を撫でた。

「そういうところは猫だね。ちょっと貸して」

「おう、撫でとけ。ミーナならいいぞ」

 ミーシャがミーナに俺を手渡した。

「こうやってりゃいい子なんだけどねぇ。一回牙出すとマジで怖いわ。まあ、面白いけどね。こんなのまずいないから!!」

「だろ、こんな妙なのそうそういねぇよ!!」

 俺は咳払いした。

「おい、もういいか。勝手に変な使い方するな。なんだこれ!?」

 ミーシャとミーナが笑みを浮かべた。

「普通に飼い猫扱してやっただけだ。黙ってりゃ猫だし!!」

 ミーシャが笑った。

「うん、これいいね。私って実は猫派だしさ!!」

「んだよ、勝手に取るなよ。たまに貸してやるから!!」

「……なんだこれ。怒っていいのかも分からん」

 ミーナが俺の背を撫でた。

「いいから抱かれてろ。たまには力抜け!!」

 ミーナが笑った。

「……今度はよってたかって、今さら猫扱いかよ。抱き枕だったりお守りだったり、俺も忙しいぜ」

 俺は苦笑した。


「あ、あら……ここどこですか。あれ?」

 ボンヤリと目を覚ましたナターシャが、不思議そうに辺りを見回した。

「あんまりよく寝てるんでよ。面倒だから運んじまったぜ。まあ、弟子に感謝しとけ。俺は役立たずだぜ」

「は、はい?」

「はいはい、いいからいいから。どっか、違和感は?」

 ボケてるナターシャの脇でなにやら始めたミーナをみて、俺はミーシャに向かっていった。

「隠しても無駄だぞ。際どかったんだろ。まさか、あの魔法使ってないよな?」

 ミーシャが笑みを浮かべた。

「まあ、使ったとしても不発だろうな。欠陥品だもん。安心しろ、お前が考えてるような事は起きていない。ミーナが阻止したぞ」

「へぇ、やるねぇ。こりゃ、負けないようにしないとヤバいか!!」

 ミーシャが苦笑した。

「馬鹿野郎、俺の方がヤバいわ。勢い余って色々ブチ込んじまったからよ、あっさりお払い箱になりそうだぜ。ありゃ、なかなかやるぞ」

 俺は笑った。

「馬鹿野郎、私の目は節穴じゃないぞ。確かに凄いけどね、タンナケットほどの魔法使いまでは成長しないぞ。好きで真面目に魔法やってるのと他に手がなくて魔法を選択したのと比べたら、その差は歴然だぞ。もうちょっと、自分の評価を上げろ!!」

 ミーシャが俺を胡座の中に入れ、そっと背を撫でた。

「どうだかねぇ、色々うざったくなって逃げた半端物だぞ。少なくとも、一流にはなれねぇよ」

「よくいうぜ、なにが半端物だよ。分かってるだろ、いい加減認めろ!!」

「嫌なこった。バカになれなくなっちまうぜ。まあ、魔法は面白いがな」

 俺は苦笑した。


「さて、ナターシャがまともにならないと動けねぇな。ミーナ、どんな感じだ?」

 俺が問いかけると、ミーナが手招きした。

 俺は頷きそっとミーナに近寄った。

「……毒素に長時間痛めつけられていたので、体がだいぶやられてます。全力を尽くしますが、最悪は地上に戻さないとダメでしょう」

「……そういうことか。万一そうなったら、このパーティは解散だな。ミーシャがもたねぇ。なんとか頼むぜ。俺じゃ刃が立たねぇからな」

 ミーナが頷いた。

 俺は息を吐いた。

「よし、任せるしかねぇな。ったく、なにがあのジジイの弟子だよ。変な魔法に拘るんじゃなかったぜ」

「それがタンナケットでしょ。あんなの作れるの、多分他にいないよ。出来ない事は他人に押し付ければいいだけ。実は私だって万能じゃないし」

 ミーナが小さな笑みを浮かべた。

「まあ、そう思っておくか。頼んだぜ」

 俺は再びミーシャの場所に戻った。

「こら、いったりきたりなにコソコソやってる。馬鹿野郎!!」

 ミーシャが鼻ピンをした。

「魔法についてのガチな話だぜ。お前、相手できるかよ。なんなら、やってやろうか?」「や、やめろ、頭がパンクしちまう!?」

 俺は苦笑した。

「なるほど、適材適所か。熱くなりすぎて、うっかり忘れていたぜ……」

「な、なんじゃい、いきなり変な目で遠く見て!?」

 俺は苦笑した。

「まあ、いっておくぞ。また瀬戸際なんだ。他の連中には悟られるな」

「……やっぱりね。まいったねぇ、頼みの綱はミーナか」

「なっ、俺なんかより使えるんだって。まいったぜ、おい。俺もなんか変な魔法を開発して目立たねぇとよ」

「馬鹿野郎、これ以上変な魔法作るな。私しか知らないのばかりだけど、なにあれ。なんの役に立つんだかしらないけどさ。まあ、馬鹿野郎としかいえねぇな。どんな回線してやがる!!」

 ミーシャが笑った。

「そのくらいでいいんだよ。マジになるとロクなことしねぇよ。お前だって一緒だろうがよ。命がいくつあっても足りねぇぜ」

「ったく、もっと真面目に弾けてぇのに。変な猫拾っちまったぜ!!」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。

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