第56話 迷宮の使い方

「で……なんかいうことは?」

「……ご、ごめんなさい」

 復活したミーシャに荷物の隙間から引きずり出され、首根っこ掴まれてぶら下げられた俺は、とりあえず謝ってみた。

「……どうしてくれようかな。この猫」

「……いいぜ、どうしてくれてもよ。好きにしろ」

 しかし、ダメだったので、俺は笑みを浮かべ開き直ってみた。

「……いいんだな?」

「……おう、やってみろ」

 なにかしぶといので、俺はさらに踏み込んでみた。

 しばらく睨み合いが続き、ミーシャが笑みを浮かべた。

「ずるいぞ、それ使われたら勝負になんねぇよ!!」

「馬鹿野郎、使えるもの使うぜ。切り札も大盤振る舞いしてやるさ」

「……なにやってるの?」

「うん、あれはミーシャとタンナケットしか出来ない遊びだね。意味は分からないけど」 俺は苦笑した。

「レイン、それは間違いだぜ。最近、面子が増えてよ」

「うわ、聞いてた!?」

「……わ、割り込んできたよ」

 慌てるレインとカレンを押しのけ、笑顔のミーナがやってきた。

「なんです。ミーシャにとって、そんな重要な位置づけに認識されたんですか?」

「ああ、どうもそれっぽいな。変な猫と遊んでるよりいいんじゃねぇの?」

 俺は苦笑した。

「馬鹿野郎、ミーシャをなんだと思ってるんですか!!」

「ふん……冗談だ。カッカすんなよ」

「うん、妙に団結したね。いいことだと思うよ。あの二人は、ある意味孤独だからね」

「……二人なのに孤独?」

 カレンが不思議そうな顔をした。

「うん、このパーティの中では飛び抜けてるからね。本来は二人で好き勝手十分遊べるんだけど、なんでか遙かに格下の僕たちまで仲間に入れてもらえたんだよね。相手になんかしてもらえないほど、実力差があるのにさ。ぶっちゃけ、邪魔なだけだよ。分かってるんだ」

「……そ、そうなんだ。こんなに凄いのに」

「おい、なにコソコソ馬鹿野郎なこといってるんだ?」

「うわ、またきた!?」

 慌てるレインに俺は苦笑した。

「誰が邪魔だよ。お前、そんな事思って一緒に行動してたのかよ。ったく、最初に出会った時によ、お前なんていったか忘れちまったのか。なんでか知らねぇがよ、『僕は全然ヘボいけど、この猫を持って歩けば死なない気がするんだよね。僕のポケットに入らない?』だぜ。ったく、一瞬妙なプロポーズかと思ったぜ。一緒にいたミーシャが、危うくブチキレそうになったしな。そんなとことんぶっ飛んだ馬鹿野郎をよ、邪険にするわけねぇだろ。遙かに格上だって認識したヤツに、まずこんなこといえねぇよ。そういうのと行動するとよ、どんな成長していくか分からねぇから結構面白いんだぜ。そこが重要なんだ」

「いったかな、そんなこと。とんでもなく失礼な馬鹿野郎だね」

 レインが笑った。

「猫に妙な敬意なんて払うな、そんなのこそ邪魔だし気持ち悪いぜ。ただでさえ、どっかのジジイのせいで変な目で見られてたんだからよ。だから、俺はこの馬鹿野郎集団が好きなんだよ。堪らなくな」

「ひねくれ者だからね。いいんじゃない」

 レインが苦笑した。

「つまり、今は大人しくしてるカレンも、もうそういう芽が出てるって事なんだよね。普通っぽいのは相手にもしないからさ」

「……のえ!?」

 カレンが声を上げた。

「まあ、そういうこった。どんな馬鹿野郎に育つかねぇ。ワクワクして堪らねぇぜ」

「……た、タンナケットが迷宮に潜る理由って!?」

 俺は笑った。

「普通のお宝とか、んなもん最初から興味ねぇよ。お前らこそが、最高の宝物なんだよ。適当にぶっ壊すために便利なヤバい味をガンガンブチ込みながら大事に育ててよ、一緒に好奇心と冒険心を満足させられる最高の環境なんぜ、ここはよ。先生なんてよ、いい加減つまんなくなって俺を連れてどっかいこうとしてたのに、こうやって妙な楽しみ教えちまってからすっかりハマっちまってな。ちなみに、なかなか卒業させてもらえねぇぞ。今の所、一人もいねぇ。逃げようものなら、どこまでも追いかけて連れ戻すぜ。そのくらい楽しいってよ!!」

「馬鹿野郎、変なこというな。粘っこく追っかけたりしねぇよ。ただ……」

 ミーシャは小さく苦笑した。

「……どこまでも付き合ってくれると嬉しいかな。全員どうにもつまらない自分よりも大事に思ってるんだぞ、これでもさ。本当だからね。それなのに、一人でも欠けちゃうのは悲しいね。そうしないように、なんとか命がけで頑張るからさ。頼むよ」

「……こ、これは、もう逃げられないっぽい。ってか、もし逃げたら、そこはかとなくヤバいニオイが!?」

「馬鹿野郎、カレンがビビっちまったぞ。この際だからって、ド直球で本音を吐き出すな」

 ミーナが笑った。

「なるほど……こりゃ誰も死なないな。仮に死んでもミーシャだね。持てる能力全て使って、なにかあれば意地でも盾になるね」

「だから、俺がいるんだ。いざってなれば、なにするか分かったもんじゃねぇからよ。俺には魔法しかねぇけどよ、多少は役に立ってると思うぜ。その、いざ……が起きねぇようにな」

「なるほど、ミーシャはまさに変な事に熱い先生でしたか。ネジがぶっ飛んだ馬鹿野郎を量産してどうするんですか。大惨事になりますよ、ここ?」

 ミーナが笑った。

「馬鹿野郎、量産したくたってできねぇよ。こんなどうでもいいことに、真面目に付き合ってくれるヤツなんてそうそういねぇよ。冒険者ってのは、大体妙な野心に燃えてるからな。それが、普通だ」

「……よくわからないけど、ここって変?」

「うん、まともではないね。腕試ししたいんでしょ。先生に付き合うついでに機会がきたらやっとけば。あっちは勝手にやるから、ほっとけばいいよ」

 レインがカレンに笑った。

「……もう手遅れな感じだし、仮になんかあっても意地で守ってくれるみたいだし、その前にタンナケットが叩きのめしてくれるみたいだし、まあ、いいか」

 カレンが苦笑した。


「さて、先生の腹も治ったみてぇだしよ。気合い入ったいくぜ」

 いきなり鼻ピンがきた。

「……まだ引っ張るの?」

「……だってさ、今さら頭痛とかいえるか。変だろ?」

「……あ、あの、そういえば、ナターシャの姿がありませんが、どこかにいったのでしょうか?」

 カレンが不思議そうにいった。

「……なんだと?」

 俺は慌ててテント内をみた。

 確かに、ここからみる限り、ナターシャの姿がなかった。

「おい、荷物の隙間とか探せ。いつも通り、どっかの静かな場所で読書だろう。それだけだったらいいが……」

 俺はミーシャをみた。

「……ヤバいと思う。あれだけ筋書き変わっちゃったしね、これは直感だけどおかしくないよ」

 俺は頷いた。

「急げ!!」

 おれがデカい声を出すと、反射的な動きで三人が散った。

「お前は絶対動くな。邪魔だ!!」

「分かってるよ。よろしくね」

 ミーシャが頷き、俺も捜索に加わった。

 そこら中にぶちまけてある荷物の間を走り回り、程なく倒れているナターシャを見つけた。

「……チッ」

 俺は急いで駆け寄り、まずは様子を確認した。

「……最悪の事態は避けたな」

 とりあえず荒い呼吸をしている事を確認したあと、俺は杖を構えた。

「……苦手だがやるしかねぇな。中途半端に逃げ出すんじゃなかったぜ」

 俺は呪文を唱えた。

 ナターシャの体を青白い光りが包んだ。

「た、タンナケット!?」

 ミーナの声が聞こえたが、答えている場合ではなかった。

「……やっぱり、これ気に入らねぇな」

 ナターシャの呼吸が整った。

 俺は息を吐き、後ろにいたミーナをみた。

「細くて見えねぇかもしれないが、首に細い針が刺さってる。もう、問題ねぇんだが気に入らねぇから抜いてくれ。俺の手じゃ出来ねぇからよ」

「は、はい……」

 ミーナはまだ意識が戻らないナターシャの脇にしゃがみ込んで、ゴソゴソやっていたがやがて俺をみた。

「三本でいいですか。あまりみえなくて……」

「正解だ。どこで食らった……」

 俺はため息を吐いた。

「とりあえず、持ち直してよかったです」

「ああ、かなりヤバかったな。色々ムカついてきたからよ、ミーシャに報告ついでに歩いてくる。万一があるからな、ちょっとみててくれ」

 俺は息を吐き、その場をあとにした。


「まあ、問題ねぇ。ほっときゃ起きるぜ。心配すんな」

 俺がいうと、ミーシャは笑みを浮かべた。

「タンナケット、嫌いなアレ使ったな。かなり、怖い顔してるぞ!!」

「しょうがねぇだろ。あのタイミングで、ギリギリだったと思うぜ。ミーナを呼んでる暇なんてなかったからな」

 俺は息を吐いた。

「ったく、凝り性というか……あんな使うのタンナケットくらいだろ。なにが嫌なんだよ!!」

 ミーシャが元気にいった。

「あんな出来損ないのどこがいいんだよ。反吐がでそうだぜ。気に入らねぇ」

 俺は鼻を鳴らした。

「嫌うなよ。自分で作った魔法だぞ。大事にしてやれよ!!」

「大事だから嫌なんじゃねぇかよ。あんな半端な知識で組み立てた魔法なんてよ。ったく、可哀想で仕方ねぇぜ」

 俺は苦笑した。

「おっ、少しは沸騰が収まってきたな。あんまやるなよ。みんな困っちまうぜ!!」

「ったく、これもイライラなんだよ。こんなところで、いちいちこれじゃ危ねぇよ。全然甘いぜ。危機感あるのかね、俺は」

 ミーシャが鼻ピンした。

「おい、また沸騰したぞ。ったく、私の制御装置が制御不能になってどうするんだよ!!」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。せいぜい、抱き枕だぜ……」

 ミーシャが俺を引っつかんだ。

「いいから落ち着け。ったく、こっそり厳しすぎるぜ。馬鹿野郎になりたくて、わざわざここにきてるんだろ。これこそ馬鹿野郎だぜ!!」

 ミーシャが笑った。

「はいはい……ったく、どうもいかん。変な魔法使ったせいだぜ。色々と思い出しちまってな」

 俺は苦笑した。

「あの……」

 ミーナがそっと寄ってきた。

「さすがにバレちまったかね。あの魔法が目指した最終地点をよ。どうしょうもうない、欠陥魔法だぜ。うっかり、あんなもん作るなよ。大体、やりそうだからな」

「……禁術指定ですよ。ちょっと研究しただけでも、とんでもない事になるのは分かっていますよね?」

 ミーナがため息を吐いた。

「だから使わねぇんだよ。欠陥野郎だしな。しかも、あれに没頭した馬鹿野郎だからよ、回復魔法はあれしか使えねぇんだ。分かるだろ、俺が回復役に回れねぇ理由がよ。あんなもん、誰かみられたら……な?」

「はい、シャレになりませんよ。なんでまた……」

 俺は苦笑した。

「まあ、勢い任せだな。あのジジイは知識をブチ込むだけブチ込んでよ、制御しねぇもんだからやりたい放題だぜ。俺が猫だって分かってるのかって感じだな。理性はあっても好奇心には勝てねぇんだよ。死んでもな」

「なんかそんな諺あったな……。まあ、はっきりいいます。あれは完成していると思いますよ。あまりに高度過ぎて詳しい事までは分かりませんでしたが」

 俺は笑った。

「まあ、完成してるかもな、魔法だけはな。でも、欠陥なんだよ。それを使うヤツが、一部の例外を除いて絶対に使わねぇって決めちまったからな。使う意思がない魔法なんて作っちゃいけねぇぞ。せっかく生まれたのに、一生日の目をみねぇなんてよ。開発者としてどうかと思うぜ。可哀想でしかたねぇぜ」

 ミーナが笑った。

「魔法に感情移入するとは……まあ、どんな魔法使いか分かりましたよ。とことん、魔法バカ野郎ですね。ある意味で、正しいかも!!」

「馬鹿野郎、こんなのが正しかったら妙な魔法だらけになっちまうぞ。ゾッとしねぇぜ」

 俺は息を吐いた。

「よし、抜けたぜ。誰にもいうなよ、いっても信じねぇだろうけどな」

「いえるわけないでしょ。タンナケットがエラい事になりますから!!」

「馬鹿野郎、マジで魔法の話しすんな。入り込めねぇだろ!!」

 プルプルしていたミーシャがいきなり怒鳴った。

「……ごめんね」

「……忘れてた」

「ったくよ、なんかもっと馬鹿野郎な話しろ。こんなとこで真面目にやるな!!」

 ミーシャが笑った。


「ったく、妙なこと続きで馬鹿野郎になれなくなっちまったぞ。手っ取り早く、アレやるか?」

 俺が笑みを浮かべると、ミーシャとミーナが笑った。

「ってことは、私が先頭ですか」

 ミーナが笑みを浮かべた。

「そういうことだ。ミーシャ、お前にはハンデだ。まだ起きねぇナターシャを担げ」

「こら、重し扱いするな。あとでチクっちまうぞ!!」

 ナターシャを肩に担ぎ、ミーシャが笑った。

「上等だ。ぶっ殺されたらお前のせいだからな!!」

「や、やめとく、シャレになんない!?」

「……分かりゃいい。間抜け」

「……た、タンナケットの顔が、なんか渋い」

「うん、なにかあったね。渋いことが。気にしないでいいよ」

 ミーナが手を上げた。

「位置について!!」

 全員が足を引いて構えた。

「なんだ、カレン。分かってきたな」

「……ミーナが先頭の時点で読めるって」

 カレンが苦笑して、鋭く前方をみた。

「いいツラじゃねぇか。ミーナ、カレンを集中砲火!!」

「あいよ。いくぜ!!」

 ミーナがスタートダッシュし、全員が続いた。

「ったく、マジで誰だよ。危ねぇ!!」

 なんか色々飛び交い落ちる中、俺たちは階段を一気に駆け下った。

「多分平気だから、このまま地下六階までいくぞ!!」

 一声叫び、ミーナが加速した。

「なんだお前、結構速いな。久々に、四足歩行!!」

 四足に切り替え、俺はフルダッシュしてミーナを追い抜いた。

「ば、馬鹿野郎、猫のマジに勝てるか!?」

「まだ、全然甘いぜぇ。できるもんなら、俺についてきやがれ!!」


「ま、待て……」

「おら、気合い入れろ」

 ……つまり、俺はバテた。

「ば、馬鹿野郎、持久力はねぇんだよ……蹴るな!!」

「さっきの勢いはどうした!!」

 ミーナが俺を後ろから煽りながら、ガンガン蹴りを入れてきた。

「お、おい、あんまやると、ミーシャがブチキレるぞ」

「!?」

 ミーナの顔が引きつった。

「惜しかったぜ。もう少しでぶん殴れたのによ!!」

 額に血管を浮かせたミーシャが、にこやかな笑みを浮かべていった。

「ちゃんと、抱っこして走れ。今は手が塞がってる……」

「わ、分かった!!」

 ミーナが器用に走りながら俺を拾い上げ、大事そうに抱えて走り続けた。

 地下六階に下りる階段が見えてくると、ミーナは急に速度を落とした。

「ストップ!!」

 ミーナは、階段の手前で全員を止めた。

「おう、いい勘してやがるな。さすがだぜ」

 俺は苦笑して床に下りた。

「よし、お疲れさん。ここで休憩だ。切り替えろ」

「全く、油断させておいてこれですか。楽しいですね」

 ミーナが笑みを浮かべた。

「お前なら気がつくと思ってな。突っ込んでたら、どうなったかね」

 俺は笑った。

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