第55話 地下六階にて
「おい、ここから先頭は一人だ。ミーナはちょっと下がれ」
休憩が終わり、出発する前になって俺は笑って声を掛けた。
「分かりました、それが正解ですね。ここから先は、私が先頭に立つべきではありません。カレンの前に立ちます」
ミーナはカレンを庇う位置に立った。
「それでいいと思うぜ。先生、気合い入れて引っ張ってくれよ」
「いわれるまでもねぇ。いくぜ、野郎ども!!」
顔を叩きミーシャは表情を引き締めた。
「よし、いこうぜ」
ミーシャが足を踏み出し、俺たちはゆっくり進みはじめた。
「はい、ストップ」
ミーシャが足を止め、息を吐いた。
「……こりゃまいったね。これから罠の解除に入るけど、安全の保証はしないよ。全く、この迷宮はどこまでも楽しいよ」
ミーシャが呟き、そっと床に屈んだ。
「カレン、ミーナの後ろにぴったり張り付いてくれ。なんかあっても、守ってもらえるぜ」「……は、はい」
カレンが背後に付くと、ミーナは軽く頷き杖をそっと構えた。
レインは剣に手を掛け、ナターシャは杖を手に息を吐いた。
「よし、先生。はじめてくれ」
俺もそっと杖を構えた。
「いくよ……」
ミーシャが短刀を抜き、作業を開始した。
「!!」
俺は反射的に呪文を唱えて杖を突き出した。
無数の氷の矢が飛び出し、通路の先に向かっていった。
同時にナターシャが素早く呪文を唱え、防御結界を展開した。
通路の向こうから飛んできた無数の火球がぶち当たって爆ぜ、結界の消失と同時にミーナが杖を肩越しに後ろに向けた。
隊列の後方に向かって飛んでいった火球が爆発を起こした。
「カレン、後ろ!!」
俺の声で弾けるように後ろを向いたカレンの前で、球状の羽根が生えた無数の魔物をレインが斬り飛ばしていた。
「後方はレインとお前に任せる。なんとかしのげ!!」
「……は、はい」
カレンが慌てて刀を抜き、レインとの連携がはじまった。
「楽しくなってきたぜ」
俺は呪文を唱え、前方に火球を撃ちだした。
ミーシャに向かって急降下していたコウモリのような魔物に直撃して弾きとばし、ミーナがやはり火球を前方に向かって撃ちだした。
「先生、まだか」
「そう焦らせない。死にたくないでしょ」
ミーシャが笑みを向けてきた。
「笑ってねぇで早くしろ。楽しくて死にそうだぜ」
俺は真上に向けて火球を放った。
落ちて来た無数の槍が爆発で残らず消し飛び、ミーナが杖を勢いよく振った。
軽い音とともになにかが飛び、ミーナは苦笑した。
「怒らないで下さいね。緊急事態です」
「馬鹿野郎、杖は大事にしろ。ぶん殴る道具じゃねぇぞ」
俺は笑った。
「こ、これはキツい!?」
カレンの声が聞こえた。
「ナターシャ、お前も杖でぶん殴れ!!」
「はいはい」
ナターシャは笑って背後を向いた。
「い、いってる事が違う!!」
ミーナが笑った。
「馬鹿野郎、死んじまったら元も子もねぇ。ぶっ壊れてもお前がいるだろ」
「それでは、私はぶん殴らないようにします。なるべくね」
ミーナが笑った。
「あーあ、やっぱり壊れた。ぶん殴らせるから」
魔物の猛攻を防いだあと、ナターシャが笑った。
「いいじゃねぇか、ぶっ壊れてもまだぶん殴れるぜ。好きだろ、そういうの。ミーナ、少しは教わってるだろ。レインとカレンの治療頼んだぜ」
「了解!!」
ミーナは手傷を負っていたレインとカレンの治療を開始した。
「ったく、危ねぇ。ミーナがいなかったら、お前だけだからな。こんなムチャ出来なかったぜ。あるいは……ってな」
俺が苦笑すると、ナターシャは笑みを浮かべた。
「あるいはではありません。私が加勢しなかったら、レインとカレンはやられていましたよ。筋トレしておいてよかったです」
「それで鼻ピンかよ。おっかねぇ!!」
俺は苦笑した。
「よし、いいよ。やっと終わったよ。楽しかった」
ミーシャが笑った。
「お前は暢気でいいな。ったくよ」
「……まただ」
クリップボードの紙を捲り、ミーシャが息を吐いた。
「どうもこう……楽しいけどイライラしてくるね」
「おいおい、カッカすんなって」
頭を掻くミーシャに俺は笑った。
「どうしたんですか?」
ミーナが聞いてきた。
「ああ、先生が心血注いで書いたポエムがよ。どうもイカレたらしいな。こんな迷宮歩きながら書くからだ」
「……ぽ、ポエムがイカレる!?」
カレンが変な声を上げた。
「うん、これもよくある……こと?」
レインが不思議そうな顔した。
「気にするな。独り言だ」
俺は笑った。
「ダメだ、先生が熱くなっちまった。ちと、休もうぜ」
しばらく進んだあと、俺は隊列を止めた。
ミーシャが大きく息を吐き、不機嫌そうに床に胡座をかいた。
「ったく……」
俺はその胡座の中に飛び込んだ。
「……相当なもんか?」
俺は小声で聞いた。
「……こりゃヤバいよ。そのうち、誰かが死ぬと思う」
ミーシャがため息を吐いた。
「……じゃあ、掃除のやり直しだな」
俺は胡座から出た。
「おい、ベースキャンプに戻るぞ。先生が腹痛ぇってよ」
いきなり鼻ピンを食らった。
「……なんで、私なの?」
「……そのマジな声で凄むな。怖いから」
「……せめて、マシな理由でいえ」
「……いいじゃねぇかよ。別になんだって」
ミーシャは息を吐いた。
「馬鹿野郎、アレだ。早く戻らねぇとヤバいぜ!!」
「……アレってなんだよ。もっとひでぇぜ」
「……よ、よく分からないけど、戻りたいみたいですね」
「うん、よく分からないけど、あの二人が戻れっていうなら戻ろうか」
レインが笑った。
「さてと、戻るっていってもねぇ……」
隊列の先頭に立ったミーシャが考え込んだ。
「なんだ?」
俺が聞くと、ミーシャが頷いた。
「……イライラしてたから、きた道忘れた」
「馬鹿野郎!?」
ミーナが笑った。
「では、先頭行きます。きた道なら問題ありません」
「だってさ。お前、後ろ下がれ。邪魔だ」
俺が笑うと、ミーシャの顔が引きつった。
「せ、せめて、並ばせて……」
「ったく、しょうがねぇな。そのうち、マジでやるぞ」
俺は苦笑した。
「じゃあ、行きましょう」
俺たちはきた道を引き返し始めた。
「おっと、ストップ」
ミーシャが声を上げた。
「どうしました?」
ミーナが不思議そうに聞いた。
「……これ、きた道だよね?」
ミーシャが静かに聞いた。
「はい、間違いないですよ」
ミーナが答えた。
「……いくらなんでもこんなの見落とすわけないし、いつもの事か」
ミーシャは短刀を抜き、少し前の床石の隙間に差し込んだ。
「え?」
ミーナが声を上げた。
「よっぽど帰したくないのかねぇ。全く……」
ミーシャは呟きながら笑みを浮かべた。
しばらくして、何かが壊れる音がした。
「はい、終わり。そんな面倒なものじゃないけど、これに気がつかないようじゃまだまだだね」
「わ、罠!?」
小さく笑ったミーシャにミーナが声を上げた。
「なんだおい、先生の面目躍如ってか。お前ら、いいコンビなんじゃねぇの」
俺は笑った。
「さてと、なんとか戻ってきたな。ちとばかり、刺激が強すぎたがな」
ベースキャンプのある地下五階への階段前に戻ってきた。
ナターシャがテントを覆っていた結界を解除し、俺たちは中に入り込んだ。
「……変に快適なのが、怖い」
カレンが苦笑した。
「おいおい、ここが快適なんてヤバいぞ。そのうち、地上に戻れなくなっちまうぜ」
俺は笑って、一人胡座をかいてクリップボードを眺めているミーシャの側にいった。
「……なかなか、ヤバかったぜ」
「……本当だよ。ヒヤヒヤした」
ミーシャが苦笑した。
「……まっ、これがあるからおもしれぇんだがな」
「……確かに。なかなかやってくれるよ」
ミーシャは俺を胡座の中に引きずり込んだ。
「あー、もう。腹痛ぇ!!」
「……なんだ、急に」
「……タンナケットがいったんだろ。やっとかないとさ」
「……そんなこといったっけ?」
鼻ピンを食らった。
「お、お前なぁ!?」
「……怒るなよ」
ミーナが近寄ってきて苦笑した。
「やはり、ここまでくると私では刃が立ちませんね。このパーティーだからですよ。全員無事なのは」
「まあ、誰一人欠けてもこうはいかなかったぜ。ギリギリだったな」
俺は笑った。
「まあ、だから面白いんですよ。余裕で歩けたら散歩ですから」
「まぁな。しっかし、お前はいよいよ万能選手だな」
ミーナが笑った。
「専門家には勝てませんよ。まあ、便利に使って下さい」
「おう、頼んだぜ」
ミーナはテントの隅で杖の修理をしているナターシャに近寄っていった。
「さて、頭冷えたか?」
「おう、バッチリだぜ!!」
ミーシャが笑った。
「ったく、勘弁してくれよ。あんなとこで迷子なんてよ。らしくもねぇ事すんな」
「なんだろうねぇ、緩んたかな。もう一人いるって思ったらさ!!」
ミーシャが頭を掻いた。
「馬鹿野郎、ミーナじゃお前の代わりにはならねぇんだよ。代えられるんだったら、あの時点で迷わず代えてたぜ。気合い入れろ」
俺は苦笑した。
「タンナケットの審査は厳しいもんね!!」
「分かってるならちゃんとやれ。全く」
ミーシャが立ち上がった。
「じゃ、いくか。こっそりと!!」
「声がデケぇよ。全く」
コソコソとテントを抜け出そうとしていると、チラッとこっちを見たミーナが小さく笑みを浮かべた。
「……おや、挑戦状きたよ」
「……やめろっての。馬鹿野郎」
俺とミーシャはそっとテントを抜け出し、音を立てずに地下五階へと向かっていった。
「まあ、団体行動もいいけどさ。これはこれでいいんだよね。変にイライラしないからさ」
せっせと罠を片付けながら、ミーシャが小さく笑った。
「よくいうぜ、誰か背負ってねぇと燃えねぇくせに」
俺は苦笑した。
「そりゃね。じゃなかったら、パーティーなんて組まないで、タンナケットと潜ってるよ。実は二人でもう最下層までいったっていったら、どう思うかね。一般的には、誰も到達してないはずだけど」
ミーシャが小さく笑った。
「いわねぇ方がいいぜ。ロマンがねぇ」
俺は杖を構え、火球を放った。
「全く、ロマンが好きだねぇ。いっちゃえば有名人なのに」
ミーシャが笑った。
「馬鹿野郎、この迷宮に潜るヤツの夢を取るなよ。誰もこなくなっちまったら、面白くねぇだろ」
「全く、馬鹿野郎だねぇ」
ミーシャが小さく息を吐いた。
「よし、休憩だ。なかなか骨が折れて面白いよ」
ミーシャは床に胡座をかき、俺を中にブチ込んだ。
「あー、これないとやってらんねぇ。疲れるんぜ……」
「……さっき、面白いとかいってたぞ」
俺は苦笑した。
「馬鹿野郎、常にマジでやってたら死んじまうぜ。これないとモードが変わらなくてよ!!」
「……変な使い方すんなよ」
ミーシャは俺の背を撫でた。
「はぁ……これなかった頃はシンドイのなんの。なんかこう、バカになれねぇからよ!!」
「……どういうことだ?」
ミーシャは小さく笑い、俺の背を撫で続けた。
「ほれ、今がチャンスだ。遠慮なくゴロゴロいえ!!」
「馬鹿野郎、狙ってできるか。なんでゴロゴロするのか、自分でも分からねぇんだからよ」
ミーシャが鼻ピンした。
「まあ、これでいいや。癒やされるぜ!!」
「馬鹿野郎、結構痛ぇんだよ。勝手に癒やされてるんじゃねぇ」
ミーシャが息を吐いた。
「よし、続きやるぜ!!」
「馬鹿野郎、バカのままやるな。死ぬぞ」
「んなの大した事ねぇ。ナメんなよ!!」
「よ、よせ、今なんか飛んできたぞ!?」
「避けろ!!」
「おわ!?」
「ったく、勘弁しろよ。楽しすぎて死にそうだったぜ」
「楽しいでしょ。これ、いつもは出来ないからさ」
せっせと罠をぶっ壊し、邪魔くさい魔物を間引きし、適当な感じで迷宮を弄りながら進み、取りあえずの目安とした地下十階に到達した。
「こんなもんでいいんじゃねぇの」
「そうだね、そろそろ戻らないと怪しまれるからね」
ミーシャは俺を抱きかかえ、きた道をダッシュした。
「誰だよ、迷宮ダッシュなんて始めたのはよ」
「タンナケットでしょ。馬鹿野郎だよ、普通こんな事したら速攻で死ぬから」
ミーシャが笑った。
「そうならねぇように、こんな事してるんだろ。まあ、馬鹿野郎だな」
「分かってるならいいよ。私も馬鹿野郎だしさ」
ミーシャが笑い、一気に速度を上げた。
急ぎベースキャンプに戻り、何食わぬ顔でテントの脇に陣取った。
「あら、しばらくいませんでしたが、どこにいっていたんですか?」
ナターシャが不思議そうに聞いてきた。
「いや、先生が腹が痛ぇって……」
「馬鹿野郎、その先いうな!!」
ミーシャが特大の鼻ピンをした。
「ああ、そういうことですか。大丈夫でしょうか?」
ナターシャが心配そうに聞いた。
「……馬鹿野郎、絶対そうだって思われたぞ」
「……だって、他に思い付かなかったんだもん」
「どうしました?」
「ああ、腹が!?」
ミーシャが腹を押さえて倒れ込んだ。
「うん、ヤバいッぽいから、治してやってくれ」
「あら、こんな場所で大変ですね。魔法では治せないので、魔法薬ですか。かなり苦いですが、効き目は抜群ですから」
ナターシャが小さな薬瓶をミーシャに手渡した。
「……」
「……飲め」
ミーシャが目を閉じて薬瓶の中身を飲み干した。
「!?」
「……」
「はい、しばらくすれば治ると思います。横になっていてください」
ナターシャが笑みを浮かべて去っていった。
「た、タンナケット……テメェ……」
「……ごめんね。あとでなんか奢るよ」
よほど苦かったのか、ミーシャはそのままグッタリ倒れて動かなくなった。
「……あとが怖いな。どっかに避難しておこう」
俺は荷物の隙間に頭を突っ込んだのだった。
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