第54話 迷宮内の秘め事

「よし、ちと休もう。無理する事はねぇからな」

 特になにもなく地下五階の通路を歩き、俺は適当なところでストップをかけた。

「おや……」

 ミーシャが小さく笑みを浮かべた。

 俺は目で合図を送り、連中からやや離れたところに移動した。

「さてとだ。そろそろ、ブチキレそうだったからな……」

 俺は苦笑した。

「お前な、気に入らねぇのは分かるがよ。そろそろ収めてくれ。俺からの頼みだと思ってな」

「あのさ、本気で気に入らなかったら、今頃どうしていたか分かるでしょ。ちょっと、ビビらせて遊んでるだけじゃないの。まあ、頼まれたってことは、本気で切り捨てられる最後通告だから。きっぱりやめて切り替えるけどね。……ごめんなさい」

 ミーシャが俯いてため息を吐いた。

「ったく、お前が一番面倒なんだよな。間違っても、他の野郎の前でその顔は見せるな。なにもかも失うぞ」

「……隠せてなかったみたいよ。負けたね」

 ミーシャが苦笑した。

「はいはい、お疲れ様です!!」

 いつの間にか、笑顔のミーナが立っていた。

「なかなかキツい採用試験でしたよ。遙かに格上の裏をかけっていうんですから。何カ所あったか覚えてませんよ。なかなかスリリングでした」

 笑顔のミーナに、俺は苦笑した。

「お前なぁ、これやられて笑ってるのお前くらいじゃねぇか。馬鹿野郎にも程があるぜ」

「そりゃ本気でやられたらただじゃおきませんが、かなり手抜きのサービス問題でしたからね。ミーシャが仕掛けるにしては!!」

 ミーシャが笑った。

「やってやろうかって思ったけど、とても出来なかったよ。私も丸くなったっていうかねぇ。この猫のせいだ。コイツにだけは、なにがあっても嫌われたくないからね」

「あれ、私はタンナケットに救われたんですね。拝んでおかないと!!」

 ミーナが笑った。

「ったく、こういう冒険はこの上なくヒリヒリするが、一個も楽しくねぇぜ。真面目にやってくれよ」

「わかってるよ。意地悪してごめんね。今からまともな相手としてみるから、安心して」

「やっと認めてもらえた。分かりますけどね、自分の縄張りにいきなりこんなのが乱入してきたら、誰だって頭にきますよ。プライドが高いミーシャなら、なおさらでしょう」

「おい、握手でもしとけ。いい加減、やめてくれよ。お前らが故障したら、代替えいねぇんだぞ。……そう、お前らだ」

「え?」

 ミーシャが驚きの声を上げた。

「だってよ、ずっと見てきてこれ以上はねぇって思ってたイカレ先生の裏をかける化け物だぞ。最低でも対等の評価じゃなきゃおかしいだろ。まあ、お前が下にならねぇ事を祈るぜ。どうしていいかわからねぇからな。つまり、やっちゃいけねぇバカやって遊んでねぇで、やっていいバカをちゃんとやれ。わかったな」

「わ、わかった……」

 ミーシャは信じられないという様子で呟いた。

「はい、握手!!」

 ミーナはミーシャと無理矢理握手して、軽く抱きしめた。

「よし、いい感じで伸びすぎた鼻っ柱がへし折れたな。叩き折りたくてもよ、誰も相手出来るやつがいなくて困っていたんだ。命がけで、なかなかいい仕事したぜ」

「またポイント稼げましたね。いいことです」

 ミーナが小さく笑みを浮かべた。

「ったく、変な野郎だぜ。思わぬ拾いものだったかもな。便利だから、ついこき使っちまうかもな」

「ぜひそうしてください。それが、私のプライドですから」

 ミーナが笑った。


「この馬鹿野郎。俺が完全に白けちまったじゃねぇか。どう責任取るんだ。お前、もういっそ素っ裸で歩け。そのまま矢でも刺さって死ね。格好悪すぎて笑えるからよ!!」

「……」

「……な、なんか分からないけど、変な壊れ方したタンナケットと、逆方向に変な壊れ方したミーシャが正座してる」

「カレン、みるな。そっとしといてやれ。あれは僕も理解できないからさ」

 レインが苦笑しているのが、微妙に見えた。

「いつもの原因不明の不調ですね。下手に叩くとよけい壊れるので、放っておきますか」

 ナターシャの笑い声が聞こえた気がした。

「……こ、これは手が出せない」

 ミーナの冷や汗が見えた気がした。

「……よし、もういいだろ。これ、疲れるんだよ」

「よし!!」

 ミーシャが立ち上がり、思い切り伸びをした。

「おーい、野郎共いくぞ。ミーナ、ボケてねぇでとっととこい!!」

「やれやれ……」

 俺は苦笑した。

「……あ、あれ?」

「ほら、なんかしらないけど勝手に直ったでしょ。いつもの事だからさ」

 呆然とするカレンにレインが笑った。

「……このパーティ、これで誰も死なないってマジで面白い。気に入ったぞ」

 ミーナが笑った。

「これが面白いって思えるあなたも、十分面白いですよ。なにも知らないカレンならともかく、この迷宮をある程度知ってるはずですからね。こんな馬鹿野郎ばかりで、怖くないですか?」

 ナターシャが笑った。

「全然怖くないですよ。経験上おかしいとしかいえないのですが、失礼ながらミーシャとタンナケットは別格として、他の方はこの迷宮をここまで進めるだけのスキルがないのです。これは断言できます。普通に凄い程度では、せいぜい地下三階までいけるかという感じですからね。前のパーティにいたときは、地下一階ですらかなり手こずったのです。スキル不足でこの馬鹿野郎ですから、結果は悲惨なものでしょう。なのに、なぜかスムーズに進める……迷宮が手加減しているとしか思えないですね。あり得ませんが、これなら怖がる要素がありません。まさに遊園地ですね。身構えるのが馬鹿馬鹿しいですよ」

 ミーナが小首を傾げた。

「見抜かれていましたね。自分の実力は分かっています。なにか、意図的にギリギリ対応出来る程度に調整されているような不自然さは感じています。僅かながらでも経験を積むにつれて楽になるはずなんですけどね。なぜか、全く慣れないのです。まあ、刺激的でいいので深くは考えていませんけどね。そこを追求しても楽しくないので」

 ナターシャはミーシャの肩に手を置いた。


 ミーシャとミーナが先頭を歩き、俺たちは特になにもなく地下六階への階段へと辿りいた。

「よし……」

 ミーシャはクリップボードの紙を捲った。

「気になっていたのですが、それなんですか?」

 ミーナがミーシャに聞いた。

「うん、実は私ってポエム書くの好きでさ。歩きながらだと色々浮かんでいいんだよね」

「ぽ、ポエム!?」

 ミーナが素っ頓狂な声を上げた。

「やっぱ、意外だよねぇ」

 ミーシャが笑った。

「い、いや、それもそうだけど。ヤバい罠やらなにやら解除しながら、傍らでポエム!?」

「逆。ポエムの方がメインだよ。罠なんて、適当にやっときゃどうでもいいし……」

「こ、こんなのに先頭任せているんですか!?」

 ミーナが唖然とした。

「おう、結構いいポエムだぜ。俺も楽しみでな。なかなか、刺激的でよ」

「刺激的なポエムって、どんな代物ですか!?」

 いよいよ、ミーナが妙な方向にブチキレそうだった。

「おいおい、相棒。カッカすんなよ、こういうのもロマンだろ?」

 ミーナが笑みを浮かべた。

「相棒ですか、いいですね。まあ、ロマンっていえばロマンですか。よく分かりませんが」

 ミーナが小さく笑みを浮かべた。

「……さすがですね。意外と単純バカ。覚えておきましょう」

 ナターシャがこっそり呟くナターシャの声が聞こえた。


「で、先生。いくの、いかないの。どっち?」

 俺はミーシャに適当に聞いた。

「どうすっかねぇ。サイコロでも転がす?」

 ミーシャが適当に返してきた。

「いいんじゃねぇの。どうせ迷宮だしよ」

「んじゃ、転がす……」

「……な、なに、このやる気ない感じ?」

「疲れちゃったんじゃないの。変な壊れ方したから」

 レインが笑った。

「あ、あの、迷宮ナメてます?」

 ミーナがまたブチキレそうだった。

「……馬鹿野郎、これがふざけてるようにみえるなら、また甘いな」

「……うん、修行が足りないねぇ」

 ミーシャの顔が引き締まった。

「……あのさ、変に固くなってると簡単に死ぬよ。力の抜き方覚えなよ。これは、教えることじゃないぞ」

「そういうこった。ちとばかり、マジになる事があってよ。考え事が頭から抜けなくてヤバかったからな。一回空っぽにリセットしただけだ。必要な準備作業だぜ。カッカすんなって。そのうち、血管ブチキレちまうぞ」

「……こ、これが生き残る理由?」

 ミーナが小首を傾げた。

「さぁ、どうだろうねぇ!!」

 ミーシャがクリップボードをそっとミーナに見せた。

「んな!?」

 ミーナが声を上げた。

「な、ひでぇもんだろ。刺激が強すぎて読めたもんじゃねぇよ。お前も一緒に書いてみるか。相棒?」

 ミーナが小さく笑った。

「それもいいですね。もっと刺激的なの書きますよ!!」

「おいおい、これ以上刺激強かったら、鼻血出ちまうぜ!!」

「……な、なに、エロいの?」

「馬鹿野郎!!」

 レインがカレンの頭にゲンコツを落とした。

「……」

「うん、発言には気を付けようね」

「あら、ぶん殴るタイミングを外しましたね。残念」

 ナターシャが笑った。


「さてと、あえてミーナに聞こう。この先どう判断する?」

「そうですね……」

 ミーナは考え込んだ。

「……馬鹿野郎」

 ミーシャがミーナにゲンコツを落とした。

「……だから、力を抜け。直感で判断して。出来るでしょ?」

「ま、また試験だ……」

 ミーナは息を吐き、小さく笑みを浮かべた。

「何のことはないです。前進あるのみ!!」

 ミーナが拳を振り上げた。

「よし、野郎ども。いくぞ。走れ!!」

「……ま、また!?」

「おら、走れ!!」

 レインがカレンのケツを蹴飛ばした。

「ミーナのあとに続け、突っ走れ!!」

「……な、なんなの、このノリ!?」

「おらぁ、また蹴るぞ。気合いいれろ!!」

 俺たちは階段を駆け下りた。

「カレン、頭下げろ!!」

 ミーナが叫んだ!!

「……う、うわ!?」

 反射的な動きで頭を下げたカレンの頭の上を、矢が通り過ぎていった。

「いいねぇ。やるじゃん!!」

 ミーシャが笑った。

「次はカレン……と見せかけて、レイン」

「ほい!!」

 一歩飛び退いたレインの足下に天井から落ちてきた槍が突き立った。

「やるじゃん。ガンガン行くよ!!」

 ミーナが笑いながら、階段を駆け下りながらガンガン罠を作動させていった。

「こりゃ楽しい。こういう遊び方もあったか!!」

 ミーシャがご機嫌だった。

「はい、ぶっ壊すだけじゃ勿体ないです。あるなら使いましょう!!」

「……ま、マジでぶっとんでる!?」

「おら、走れ!!」

「全く、またバカが増えましたねぇ」

 顔面に飛んできた矢を素手で掴み、ナターシャが笑った。

「……す、すげぇ」

「止まるな。死ぬぞ!!」

 気合い満点のレインがカレンのケツを蹴った。


「……け、ケツが痛い」

「うん、オマケしてあげよう」

 地下六階のフロアに下りた途端にミーナは止まり、床に腰を下ろした。

「……休憩です。ここから先は、マジですからね。全く」

 ミーナが苦笑した。

「なかなかひでぇだろ。まあ、なんとかなるさ。おい、休憩だ。切り替えねぇとヤバいぞ」

 全員が腰を下ろし、それぞれに気持ちの切り替え作業を始めた。

「なるほど、絶対に死なないわけですね。お疲れ様です」

 ミーシャの胡座にブチ込まれて丸くなっていると、ミーナが近寄ってきた。

「まあ、これじゃお前にゃ面白くもないだろうと思って、一応種明かししたぜ。環境整備ってやつだ。ガチになるのは俺たちだけでいいだろ」

「そういうこと!!」

 ミーシャは俺の背を撫でた。

「あくまでも遊び場ですね。けしからん!!」

 ミーナが笑った。

「いいじゃねぇか。ちょっと借りてもよ。どうせ、しばらく放っておくとなんでか元に戻っちまうんだしよ。これこそけしからんぞ。なんだと思ってやがる。この迷宮、侵入者をいかにぶっ殺すかしか考えてねぇもん。ムカつくからぶっ壊して歩いてるだけだ」

 俺は笑った。

「なるほど、そういう楽しみもありますか。変な使い方しないで下さい」

「それで、どうする。仕掛けてみる、それともチャレンジャーでいる?」

 ミーシャが笑った。

「いえ、私は楽しみたいのでチャレンジャーでいますよ。面白いの期待してます」

 ミーナは小さく笑って去っていった。

「さて、挑戦状がきたぞ。どうしようか?」

 ミーシャが笑った。

「馬鹿野郎、やることは一つだ。ミーナのために全員にヤバい橋渡らせてどうする。適当に用意しとけば、勝手に自分で遊ぶだろ。とんだイカレ野郎だぜ」

 俺は苦笑した。

「いやー、変なの拾ったねぇ!!」

「お前ほどじゃねぇよ。あんなの可愛いもんだ」

 俺は小さく笑った。

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