第53話 タンナケット奮闘記

「……ふん、やるじゃねぇか。さすがだぜ」

 少し離れたところで、並んで楽しそうに話すレインとカレンをチラッとみて、俺は笑みを浮かべた。

「……そうやって、支えになってやってくれ。迷宮ってのは、ちょとしたことでナーバスになりがちだからな。俺もそうだったしな」

 ミーシャがそっと背を撫でた。

「なんだ、懐かしくなっちまったか?」

 ミーシャが小さく笑った。

「……ひでぇもんだったからな。カレンの方がよっぽどしっかりしてるぜ」

「ホントだよ。なんだこの勢いだけの腐れ猫って思ったもん。いっそ、どっかに捨ててきてやろうかってね!!」

 ミーシャが笑った。

「本当にやるからな、お前は。いらねぇものは徹底的に捨てやがる。身軽が好きだもんな」

「私は身の軽さが売りだもんね。良かったな、別の用途があったから。まあ、結果的によかったよ。想像を遙かに越えて、急速成長しやがったからな。今じゃ、私が完全に負けてるぜ!!」

 ミーシャは小さく笑った。

「まあ、認めてもらえてよかったよ。じゃなかったら、今頃田舎に逃げ帰ってるぜ。いくら魔法使えてもよ、それだけじゃ迷宮は歩けねぇからな」

「私の価値が分かってるならよし。ちゃんと使えよ。そのためにいるんだからな!!」

「あいよ、先生。せいぜい、こき使ってやる」

 俺は苦笑した。


「……な、なに?」

 不意に近寄ってきたカレンが、じっと俺を見つめた。

「ミーシャ、ちょっとだけ」

 レインが笑みを浮かべた。

「……三分だけだぞ。しょうがねぇな!!」

 ミーシャが俺を引っつかみ、カレンに押し付けた。

 カレンが笑顔になり、俺を強く抱きしめた。

「ば、馬鹿野郎、俺は抱き枕じゃねぇ」

「似たようなもんだろ。仕事しろ!!」

 ミーシャが俺の頭を撫でた。

「……な、なに、この関係。俺、なんなの?」

「さぁ、僕には分からないな。物好きなんじゃないの?」

 レインが笑った。

「馬鹿野郎、テメェの仕事はテメェでやれ。俺を使うな!!」

「有効利用ってやつだよ。これは、僕じゃ出来ないしね」

「馬鹿野郎、気合いと根性でなんとかしろ!!」

「そういう問題じゃないでしょ。よし、もういいんじゃない?」

 カレンは俺をミーシャに渡した。

「……よし、気合い入ったぞ!!」

 カレンとレインが再び離れていった。

「……アイツ、第二のミーシャか?」

「……渡さないからね。絶対」

 ミーシャが真顔になった。

「よ、よせ、変なライバル意識燃やすな」

「……ライバル、冗談でしょ。あんなの」

 ミーシャが小さく笑みを浮かべた。

「……ダメだこりゃ。仕方ねぇ」

 俺はミーシャを睨んだ。

「……ご、ごめんなさい。それだけはやめて!?」

「……緊急停止完了。ったく、危ねぇぜ」

 俺は息を吐いた。

「タンナケットも大変ですね。このパーティには妙な癖のある人しかいませんから」

 ナターシャが笑った。

「……私は違うぞ」

 ミーナがポツッといった。

「馬鹿野郎、お前もまともじゃねぇよ。自覚がねぇだけだ」

「それで、私に任せたんでしょ。確かにね」

 俺とナターシャは笑った。

「……な、なに?」

「ったく、面倒だぜ」

「それが好きなくせに」

 ミーナを置き去りにして、俺とナターシャは笑った。


「よし、ダラダラすんなよ。そろそろいくぞ」

 再び隊列を組み、俺たちは地下五階を進んだ。

「ストップ!!」

 ミーシャと並んで歩いていたミーナが声を上げた。

「いい勘してるじゃん。はい解除……の前に伏せて!!」

 俺は超高速詠唱で呪文を唱えた。

 ミーシャとミーナが床に伏せた上を、俺が放った火球が通過していった。

「悪ぃ、緊急だったんで声を掛けられなかった。大丈夫か?」

 大爆発の余韻が残る中、ミーシャがこっちをみて親指を立てた。

「……な、なんか凄いのみた」

「うん、こうじゃないと誰か死んでるよ。楽しいでしょ?」

 レインが笑った。

「馬鹿野郎、手抜きして罠作動させやがって。ミーシャ、あとでなんかやるぞ!!」

「や、やめて、手抜きじゃなくて、ミスだから!?」

「……今、罠?」

「うん、ちょっと痛いのが飛んできたね。毒とか塗ってあったかも?」

 レインが爆笑した。

「……な、なんで笑えるの!?」

「誰かがいってたでしょ、なんでも笑いに変えろってさ。笑わないとくすぐるぞ」

「……や、やめて!?」

 レインとカレンがバタバタやる中、ミーナが笑みを向けた。

「なるほど、とにかく馬鹿野郎だけどなぜか死なない事で有名なパーティですね。これまで、一回もメンバーの誰もが命を落とした事がないって、街では半ば伝説ですよ」

「馬鹿野郎、勝手に伝説になんかすんな。当たり前の事を当たり前にやってりゃ、死ぬような事なんざねぇんだ。ここは、刺激強めの遊園地だぜ。ガチでやるから死ぬんだよ」

 俺は笑った。

「これなら安心です。頑張りますよ!!」

「変なことするな。タイミング的にお前の方が早く撃てただろ。俺を試すなんざ、いい度胸だぜ。ほら、まともじゃねぇだろ。テメェの命も掛かってたんだぜ?」

「なんとかしてくれるって期待です。試験じゃありませんよ。私の詠唱速度では間に合うか微妙でしたから、いっそ捨てて賭けました」

 ミーナが笑った。

「おい、ミーシャ。コイツおもしれぇぞ。きっちり鍛えろ!!」

「分かってるよ。タンナケットの目より鋭い自信はあるよ」

 ミーシャがミーナの肩を叩いた。


「まあ、一回きたおさらいしているが、なんかありそうか?」

「焦らないの。らしくもないぞ」

 ミーシャが苦笑した。

「おっと、いけねぇ。つい癖が出ちまったぜ。気合い入りすぎだな」

 俺は苦笑した。

「そういうことです」

 ナターシャが俺に強烈な鼻ピンをかました。

「……すげぇ、痛い」

「でしょうね、痛くしましたから。大人しくしていて下さいね」

 ミーシャが吹きだした。

「全く、この猫は……そこら中に飼い主作るつもり?」

「し、知らねぇよ。勝手に増えちまうんだからよ!?」

 ミーシャが背を向けた。

「あとで、きっちり教え直してあげるからさ。安心して」

「……な、なんなの、この変な連中!?」

「物好きで猫好きなんじゃないの。これのどこが癒やされるか分からないけど」

 レインが笑った。


「今の所なにもなしか……通過階ってやつか?」

「そうだね……なんの匂いも感じないからねぇ」

 ミーシャがクリップボード片手に頷いた。

「よし、じゃあ暇だからアレやるぞ。ミーシャ、適当にやってこい」

「ああ、あれね。わかった」

 ミーシャは通路の先に消えていった。

「な、なにを始めるんです?」

 その隣にいたミーナが問いかけてきた。

「なに、暇だからアトラクションをな。ほんの暇つぶしだ。よし、退屈してるだろうからカレン。お前、ミーナの隣に立て。二人に先頭を任せるぜ」

『えっ!?』

 ミーナとカレンが声を上げた。

「ほれ、早く」

「……は、はい」

 カレンがミーナの隣に立った。

「ちょっと待ってろ」

 俺の声からしばらく沈黙が流れた。

「いーぞ!!」

 やたらデカいミーシャの声が、通路の先から聞こえてきた。

「さて、これで俺たちの命は、お前たちに掛かってるぜ。先生がなにやったか、俺にもわからねぇからな」

「じょ、冗談でしょ?」

「……」

 俺は笑った。

「踏み出せねぇか。やったのはこの妙ちきりんで気まぐれな迷宮じゃなくて、あのミーシャだぞ。俺たちになにするかな」

「……そういう事か。いくよ」

「……わ、分かった」

 カレンの手を引っ張って、なんの警戒もなく歩き始めた。

 黙ってついていくと、ミーナはカレンの手をそっと離した。

「ほら、大丈夫でしょ。先いって」

 ミーナが後ろに下がり、カレンがゆっくり一人で歩き始めた。

 そのまま通路を進み、角を曲がった先にミーシャがいた。

「な、なに、先頭がカレンって、なに考えてるの。もし、私がなにか仕掛けてたらどうするつもりだったの!?」

「……」

「いやー、なんか怖いくらい目を輝かせて、どうしても先行きたいってうるさいからさ。大人しいけど、実は熱い冒険野郎なんじゃないの?」

 ミーナが笑った。

「まいったぜ、死ぬかと思ったがやるじゃねぇか」

 俺は息を吐いた。

「なんだお前、やるじゃねぇか。一応は、私を信じてくれてるんだな!!」

 ミーシャが笑みを浮かべた。

「……そ、それはもちろんです。私たちになにかするなんてあり得ません!!」

 慌ててカレンがいった。

「……よし、少しは分かってきたな」

「タンナケット、なんかいったか?」

「なんでもねぇよ。ちと、カレンと仲良くしてろ」

「おう、こっちこい!!」

「……は、はい!!」

 ミーシャがカレンを引っ張ってどっかにいった。

「……どうです。少しは使えるでしょ?」

 ミーナが笑った。

「まあ、まだ到底師匠は呼ばせねぇけどな。腰据えてナターシャにしごいてもらえ。話しはそれからだ」

「分かりました。頑張ります」

 ミーシャは小さく笑い、ナターシャの隣でなにやら喋り始めた。

「ちょっとした遊びにかこつけて、色々調整。大変だねぇ」

 レインが笑った。

「ったくよ、お前もなんかやれよ。いうこと聞きゃしねぇ」

「僕は僕だからねぇ。追い出されちゃうから、やる事はやってるつもりだけどね」

 レインが息を吐いた。

「カレンが僕に異常接近しちゃうとまずいでしょ。あの性格だと大変だよ。タンナケットは猫だから、まだ逃げ場はあるけどさ」

「猫は猫なりに出来る事があるんだぜ。いくら近寄られたって、抱き枕程度だから問題ねぇさ」

 レインが吹きだした。

「よくいうよ。ミーシャなんて、タンナケットに骨の髄までべた惚れじゃん。怖い怖い」

「馬鹿野郎、あれはアイツがおかしいだけだ。あんなのが他にいてたまるか」

 レインが指差した。

「近いのはいるよ。気を付けてね」

「……」

 ナターシャとミーナが俺を見つめていた。

「……今ならいませんね」

「……あの最強のガードマシンが、珍しく隙をみせましたね」

 二人が頷き、俺に近寄ってきた。

「……よ、よせ、話せばわかる」

「……」

「……」

 二人は横並びでジリジリ近寄ってきた。

「……」

「あーあ、固まっちゃった」

「本当に猫って怖いと固まっちゃうんですね」

 ミーナとナターシャが吹きだした。

「なんだ、遊んだだけか。読み違い」

 レインが笑った。

「……も、もう、コイツら」

 俺は苦笑した。

「ったく、好き勝手使いやがれ。こんな猫でよけりゃな」

「もちろん、そのためのタンナケットだからね」

 レインが笑った。

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