第52話 大型新人

「……ヤベぇ、力加減ミスったぜ。先生が起きねぇ」

 ちょっとばかり魔法で遊んだミーシャが、いつまで経っても起きなかった。

「うん、ちょっとやってみるよ」

 レインが笑みを浮かべ、いびきをかいているミーシャを思い切り蹴飛ばした。

「んあ……な、なんだ!?」

 盛大に吹っ飛んだミーシャが目を覚ました。

「よし、起動したぜ」

「まあ、いつもの事だね」

 俺とレインは笑った。

「……師匠がたまに黒い」

 カレンがため息を吐いた。

「馬鹿野郎、ただ蹴ってるんじゃねぇ。ちゃんと、個人によって適切なポイントと角度と力加減があるんだぜ。レインにしかできねぇ職人芸なんだよ」

「……つくづく、謎」

 俺は笑った。

「よし、やる事やるぞ。俺は手伝えねぇから頼むぜ」

 ミーシャ、レイン、ナターシャが頷き、布を張っただけのような簡素なテントを設営しはじめた。

「ああ、なるほど……」

 遅れてミーナが作業に参加した。

「……えっと?」

「ああ、これからの家はここだ。ベースキャンプってところか。ここの物資がなくなるまでは、地上には戻らねぇぜ」

 不思議そうなカレンにいった。

「……そ、そうなんですか」

「ああ、こんな感じで進んでいって、また適当なところにベースキャンプを作る。そこの物資がなくなったら一個前に戻って補給って感じでな。そうしねぇと、地上に戻る時間のロスばっか増えて、全然進めねぇからな。次に街に戻るのはいつかねぇ。楽しくなってきたぜ」

 俺が笑うと、カレンが笑みを浮かべた。

「……いよいよですね。あの豪華なご飯はそういう事ですか」

「そういうこった。次があるかも分からねぇしな。この感覚が好きなんだよ」

 俺が笑うとカレンも笑った。

「……病気ですね」

「まあ、そういうこった。お前もなんか手伝ってやれ」

「……はい」

 カレンが作業の仲間に加わった。

「……さて、気合い入れるぜ。こっからが、本番だ」


「はい、仕上げに結界張ります。退いて下さい」

 全員が退くと、ナターシャが呪文を唱えた。

 物資を詰め込んだテントが青白い光に包まれた。

「よし、準備完了だ。これで勝手に持っていかれたりしねぇからな」

「じゃあ、いくぞ!!」

 ミーシャが息を吸い込んだ。

「……うん、罠はないね。この前徹底的に解除したからさ」

「よし、いけ」

 ミーシャを先頭に、俺たちは階段を下りていった。

「あれ、誰か先に通ったみたいですね。罠という罠が全部破壊されていますので……」

 ミーナが声を上げた。

「そりゃ、ここは私有地じゃねぇ。階段があれば誰か通るだろ。しっかし、よく見抜いたな」

「はい、この程度であれば……」

 俺は笑った。

「そりゃいい。なんかあったら頼むぜ」

「……この程度か。やるじゃん」

 ミーシャが小さく笑みを浮かべた。


 地下五階のフロアに下りた俺たちは、クリップボード片手に進むミーシャのあとに続いて進んでいた。

「……あの、皆さん黙ってしまってどうしたのですか?」

「わからねぇか、なにか妙な気配が漂ってるぜ。準備しておけ」

 カレンは黙って頷き、刀に手を掛けた。

「この前はなかったな……近いよ」

 ミーシャが呟いた時、通路の先に何とも形容し難い格好をした酷褐色の人形のようなものが立っていた。

「おっと、ありゃヤバい。魔法戦用意」

 俺の声と共にナターシャとミーナが先頭に飛び出て、横一列に並んだ。

「カレン、あれには魔法しか効かねぇ。引っ込んでろ」

 俺も先頭に並び、杖を構えた。

 ナターシャが呪文を唱え、青白い結界壁が展開された瞬間、何かがぶち当たって盛大に弾けた。

 同時に俺とミーナが呪文を唱え、結界壁が消えるのと同時に杖を振りかざした。

 極太の光りの帯が人形にぶち当たって吹っ飛ばした。

「さすがに、この程度じゃこんなもんだ。ミーナはサポートに回れ。このパワーで撃ったら相互干渉しちまうぜ」

 俺が呪文を唱え、ミーナが杖を構えて待機した。

「これでも食らいやがれ!!」

 再び立ち上がった人形に、空間すら歪む程のエネルギーの奔流がぶち当たった。

 一瞬で人形は蒸発し、突き抜けた濁流が派手に通路を破壊した。

「こりゃ凄いですね。さすがです」

 ミーナが笑みを浮かべてきた。

「なに、圧倒的な力に任せてねじ伏せる。これもロマンだろ?」

 ミーナが笑った。

「そういうところが、男の子ですねぇ!!」

「なに、ほんの嗜み程度だ」

 俺とミーナは笑った。

「……な、なんか、魔法使いチームが団結してる」

「うん、バカ同士気が合うんじゃない?」

 レインが笑った。

「こ、こら、私の猫になにすんの!?」

 ミーシャの叫び声が、迷宮に響いた。


「……あ、あの、あれってなんです?」

 再び歩き始めると、カレンが聞いてきた。

「まあ、たまに出るんだが、あれはこの世界の生き物じゃねぇ。俺たちは魔族って呼んでるがな。詳しい事はまだなにも分かってねぇが、とにかく頑丈な上に魔法しか効かねぇって厄介な野郎でよ。うっかり出会っちまったら、ほとんどの場合は十分に対応できねぇうちに全滅だな。この迷宮で最悪の敵って感じか」

「……ええ!?」

 カレンが声を上げた。

「ちとばかりマジになった理由が分かっただろ。さすがに、おちゃらけて戦える相手じゃねぇからよ。なかなか景気がいいスタートじゃねぇか」

 俺は笑った。

「……ミーナ、罠解除の経験は?」

 先頭をいくミーシャが足を止めた。

「は、はい、多少なら」

「……そこにあるやつ、解除してみて」

 ミーシャが笑みを向けた。

「おいおい、始まったぜ。先生のテスト。見込みありって判断されたな」

 俺は笑った。

「ええ!?」

 ミーナが声を上げた。

「ほれ、やってみろ。先生が認めりゃ一人前。二人で先頭を歩いてもらうか」

「そ、そんな……!?」

「緊張しないで、大した罠じゃないから」

 ミーシャの声にミーナが頷き、腰から短刀を抜いた。

「あれ、スタイルが一緒だ。やっぱ、それだよね」

「……それ、一応武器だからな」

 ミーナがミーシャと並んで床に屈み、短刀でゴリゴリ床石を掘り始めた。

「おお、いいねぇ」

「はい、これが一番しっくりきて……」

「……お前ら、あの武器屋のオヤジにぶん殴られるぞ」

 そのうち何かが壊れる音がして、ミーナが息を吐いた。

「か、完了……」

「へぇ、やるねぇ。タンナケット、ちょっと仕込んでいい?」

 ミーシャが嬉しそうに聞いてきた。

「やっと、先頭が一人じゃなくなったな。好きに教えろ」

 俺は苦笑した。

「……ううう、後からきた人に負けた」

 カレンが頭を抱えた。

「お、おい、そりゃスタートの経験値が違う。比較するな」

「まあ、あれはいいからゆっくりやろう。いずれ、ああなっちゃうかもね」

 レインがカレンの肩を叩いた。


「あら、さっそく相棒を取られちゃったかな」

 先頭をいくミーシャとミーナを見て、ナターシャが笑った。

「馬鹿野郎、ミーシャじゃ魔法を教えられん。アイツの本領は魔法だぜ。まあ、小手先の芸を一つでも覚えてくれたら、なんかあった時に助かるからな」

「まあ、いきなりタンナケット自慢の超高速詠唱についていきましたからね。なかなか見どころがると思いますよ」

 ナターシャが笑みを浮かべた。

「まあ、どっちかっていうと回復寄りの資質だ。攻撃魔法は頑張ってもあの程度だな。それでも大したもんなんだが、これも本領はナターシャの得意分野だぜ。俺じゃ教えられねぇから頼んだ」

「はいはい、しごいておきます」

 ナターシャが笑った。

「……ま、魔法使いチームが絶好調です」

「カレン、ヤキモチ焼かない」

 ナターシャが吹きだした。


「よし、こんなもんで休憩にしよう。適当に休め」

 俺の声で全員が通路に適当に座り、それぞれに時間を過ごし始めた。

 本を読み始めたナターシャの隣にミーナが座り、なにやらさっそく質問攻めにしていた。

 床に体育座りしてため息を吐くカレンの脇にはレインが座り、ひたすらからかって遊んでいた。

「まあ、いい感じじゃねぇか」

「ほれ、こい!!」

 ミーシャに首根っこ掴まれて胡座にブチ込まれた。

「どうだ、あれ?」

「まあ、私のサポートにはなれるんじゃない。一人で神経張ってるよりはいいぜ!!」

 ミーシャが俺の背を撫でた。

「珍しい……ってか初めてだな。自分の横に誰か置くなんてよ」

「馬鹿野郎、どれだけ疲れると思ってやがる。欲しくてもいなかっただけだ!!」

 ミーシャが鼻ピンした。

「そりゃいいぜ。仲良くなっとけ。俺だけよりマシだろ」

 ミーシャが特大の鼻ピンをした。

「……」

「馬鹿野郎、それはそれだ。タンナケットの代わりなどおらん!!」

 ミーシャは俺の背に手を置き、笑みを浮かべた。

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