第51話 魔法使いの夕べ

「……おい、地下五階はまだ一回歩いただけだ。予期しねぇリスクが発生する確率はどのくらいってみてるんだ?」

「……そうだね。80%以上の確率で何かが起きると思うよ」

「……そうか」

「……うん、なんとかするよ」

「……あ、あの、タンナケットとミーシャがマジなんだけど!?」

「うん、いつものことだから。放っておけばバカに戻るよ」

 俺たちは地下五階への階段前で、そのまま大休止を取っていた。

「まあ、さながら首脳会議ですか。これがないと、安心出来ません」

「や、やっぱり、それなりの場所なんだ」

 ナターシャとミーナがボソボソやった。

「……よし、お前ら。ちゃんと休めよ。次はいつ休めるか分からんぞ」

「そーいうこと!!」

「……また、このスイッチ」

「うん、いつもの事だから」

 レインがいちいち反応するカレンを寝袋に押し込んだ。

「はい、寝る」

「……ね、寝られん」

 小さく笑って、レインも寝袋に入った。

「私たちも寝ましょう。これが、最後かもしれないから」

「こ、怖いこといわないで!!」

 ナターシャとミーナも寝袋に入った。

「お前もたまには寝袋で寝ろ。胡座で寝るなんて人間じゃねぇぞ……」

「馬鹿野郎、私は人間だ。妙な特技を覚えただけだ!!」

 ミーシャが笑って鼻ピンした。

「タンナケットがロクに寝ないで警戒してるのに、私がノウノウと寝るわけにはいかん!!」

「……いても役に立たねぇ。邪魔なだけだ」

 ミーシャが思い切り鼻ピンした。

「なんかいったか、この野郎!!」

「……なんもいってねぇよ。うるせぇ」

 俺は素早く呪文を唱えた。

 ミーシャがコテッと落ちて、派手なイビキを掻き始めた。

「これでいい。お前は他にやる事があるからな」

 俺は苦笑して、床に丸くなった。


「ん?」

 そっと起きて杖の手入れをしていると、そっとミーナが見つめていた。

「寝られなくなっちまったか?」

「はい。迷宮慣れしているので、こんな事滅多にないんですけどね」

 俺は苦笑した。

「なんだ、お前も宿のベッドより迷宮の方が快眠できる馬鹿野郎か?」

「かもしれませんね。街は落ち着きません」

 俺は笑った。

「病気だな。やられちまったか」

「このパーティの面々と一緒ですよ。宿のベッドでは、こんな安らかな顔して寝ていませんから」

「おう、みてたか。ミーシャは元々重症患者だが、あとは俺がやっちまったようなもんだ。あれほどビビリなカレンですら、最近は普通に寝やがるからな」

 俺は杖の手入れを再開した。

「私もやっておこうかな」

 ミーナが寝袋から這い出し、俺の脇に座って杖の手入れを始めた。

「そりゃいけねぇ。魔硝石が傷ついちまうぜ。このくらい覚えておけ」

「それが我流でして、知らない事が多いのです」

 ミーナが苦笑した。

「我流か……場合によっては、綺麗な魔法より威力を発揮する事がある。そういうのは俺にはねぇから、期待してるぜ。三年潜って、ちゃんと生きてるんだからよ」

「運が良かっただけです。実際、危ない場面は何度も経験していますよ」

「そりゃそうだろ。だから、やめられなくなるんだ」

 俺は笑った。

「全くです。あのヒリヒリする感覚が、やめられなくなるんですよね」

「ったく、お前も十分な馬鹿野郎だぜ」

 ミーナが杖を差し出した。

「やり方教えて下さい。こればかりは、我流ではいけません」

「いいぜ。ちっと癖があるがな」

 俺たちは、延々と杖の手入れを続けた。


「あ、あれ、なんで寝てたんだ……」

「勝手に落ちたぜ。疲れてたんじゃねぇか?」

 ミーナと杖の手入れをしていたら、ミーシャがむくっと起き上がった。

「そっか……どさくさに紛れて、なんか仲良くやってるし」

 ミーシャの目つきが極悪になった。

「はい、師匠と呼ぼうかと……」

「……やめて」

「なにぃ!?」

 ミーナが呪文を唱え、ミーシャがぶっ倒れた。

「どうですか?」

「そうだな……悪くはねぇが、その呪文じゃパワー不足だな。すぐ起きちまうぜ」

 俺がいった途端、ミーシャが跳ね起きた。

「うがぁ!!」

 俺は呪文を唱えた。

 ミーシャがばったり倒れ、いびきをかきはじめた。

「まあ、参考にしてくれ。こんなのどうでもいいっちゃどうでもいいがな」

 俺は再び杖の手入れに戻った。

「なるほど、勉強になります」

 ミーナも杖の手入れに戻った。


「あら、仲良くやっていますね」

 今度はナターシャが起きた。

「はい、杖の手入れを教わっていました」

 ミーナが答えた。

「タンナケットのは独特ですからね。なかなか難しいですよ」

 ナターシャがミーナの隣に座った。

「あら、やっぱり……タンナケット、五十六番と八十九番」

「あいよ」

 俺は傍らに置いてあった箱から、魔硝石を取りだしてナターシャに放って寄越した。

「え?」

「変な手入れのせいで痛んでしまっています。交換しないといけません。自分で気がついて下さいね」

「き、気がつかなかった」

 俺は苦笑した。

「その杖はお前の能力に合わせて、最大限に調整したじゃじゃ馬だ。ちょっとした事で大事故になるぞ。気を付けろよ」

「は、はい……」

 ミーナは慌てて杖の点検を始めた。

「まだ三カ所あるぞ。当ててみろ」

「こ、こんなイカレた杖みた事ないから!?」

 ミーナがそこら中の部品を外して確認を始めた。

「三十四番、六十七番、九十二番!!」

「正解だ。ほれ、持ってけ。どれか分かるか?」

 俺は箱を示した。

「なんですか、この高純度でハイグレードな魔硝石。み、みたことがない!?」

「俺の杖には必須だ。高くついていけねぇ」

 俺は苦笑した。

「ど、どれだ……」

「間違えると、ドカーン……かもな」

 ミーナの顔が青くなった。

「お、教えて……」

「馬鹿野郎、自分の杖の部品も分からねぇ魔法使いでどうする。死ぬほど考えろ」

 俺は笑った。

「さて、私も手入れしておきましょうか。また、変な調整しましたね」

「お前にはそのくらいでいい。楽勝だろ」

「お、教えて。マジで怖い!?」

 なんてやってたら、カレンが目を開けてこっちをみた。

「……いいな、魔法使いチームが楽しそう」

 それだけいって、また目を閉じた。

「……な、なんだ、アイツ」

「嫌な事でもあったんですかね」

 ナターシャが笑った。


「た、多分、これであってるはず……」

「どれ……」

 悪戦苦闘していたミーナの杖を見た。

「やり直し。一個もあってねぇ」

「ま、マジ……」

 肩を落とし、ミーナはまた箱を探り始めた。

「タンナケット、ここの魔硝石のグレード上げたらどうなります?」

 ナターシャが杖を差し出して笑みを浮かべた。

「とんだ冒険野郎だな。そこはその杖の基部だぜ。特性が変わっちまうぞ」

「望むところです。楽しいでしょ?」

 俺は笑った。

「いいぜ、そういうの好きだぜ。これ使ってみろ。超絶刺激的になるぜ」

 俺はナターシャに魔硝石を放った。

「な、なんであっちは教えて、私は教えてくれないの!?」

「馬鹿野郎、お前は修行中扱いだ。勉強しなきゃな」

 ミーナは頭を抱えながら魔硝石を交換し、俺に見せた。

「うん、一歩前進だな。三十四番は正解だ。あとは、やり直し」

「ま、まだか……」

 ミーナはまた箱をゴソゴソやり始めた。

「よし、交換完了。楽しみですね」

「いいねぇ、それがロマンってヤツだぜ」

「ロマン語ってないで教えろ!!」

 俺は笑って、箱から魔硝石を取りだした。

「正解はこれだ。覚えとけ」

「見た目でわからん!!」

 ミーナは魔硝石を交換した。

「あとは手入れだな。ついでだから、ナターシャに教わったらどうだ。俺のはちと難しいからな」

「そ、その方がいいかも……」

 ミーナがナターシャに杖を差し出し、手入れをしはじめた。

「あとは任せたぜ。俺はちと寝たふりをする」

 俺はナターシャとミーナの声を聞きながら、軽く目を閉じた。

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