第49話 馬鹿野郎万歳
もう我慢の限界というように、レインが吹きだした。
「あ、あのさ、他はともかくナターシャは知ってたでしょ。なに一緒になって調子こいて煽ってるの。いくらなんでも、タンナケットが可哀想だって!!」
「あら、話したいくせに話せないでいるから、どうにか起爆させてやろうかと。ミーシャが一般常識の欠片もないのが幸いでしたね」
「なに?」
俺が声を上げた瞬間、尻尾を引っ張られてベッドから引っ張りだされた。
「はい、最初から知っていました。あえて話さないでいるのはわけがあるのだろうと、気がつかないフリをしていただけです。それが、急に挙動不信になって中途半端にヒントを匂わせ始めたので、なにかの心境の変化かなと思ったのです。違いますか?」
ナターシャにそっと抱かれ、俺はため息を吐いた。
「あのイカレジジイの弟子なんぞになっちまったせいで、環境ががらっと変わっちまってな。ただの変な野良猫だったのが、下手すりゃ崇拝じみた目で見られるようになったんだぜ。まあ、それが好きだって野郎もいるかもしれねぇが、ついに耐えきれなくなってな。馬鹿野郎ばっかりのここなら、そんなもん関係ねぇだろうってな」
俺は苦笑した。
「ずっと隠しておくつもりだったんだが、この前二度と迷宮に潜れねぇかもなって時に、いっそきっぱり諦めて、去るなら全部ぶちまけてやろうって思ったんだ。でも、なんとかなって迷いが出てな、さてどうしたもんかってどっちつかずでウロウロしてたら、仕上げは相棒が代わりにやってくれたぜ。このいざって時の勢いが俺にはねぇんだよ。スッキリしたぜ!!」
「ご、ごめん……私……」
ミーシャがベッドに座って俯いた。
「なんだよ、相棒としてやることやったじゃねぇか。これは、嫌みじゃねぇぞ」
「まあ、本人が喜んでいるならいいと思いますよ。この意気地なし!!」
ナターシャが鼻ピンをかました。
「うん、大した事ないのにね。迷宮好きの馬鹿野郎に変わりはないし」
レインが笑みを浮かべた。
「……あー、びっくりしました。こんなのがアレの弟子って聞いて!!」
カレンが笑い声を上げた。
「はい、意外と近い存在でしたね。どんな化け物かと思っていたのですが」
ミーナが杖を差し出した。
「クレームです。二十四番と八十九番の魔硝石のグレードをわざと下げたでしょう。マーリンはそんな手加減をする人でしたかね。資料を読んだ限り、あり得ないですよ。見くびらないで下さいね」
俺は苦笑した。
「んだよ、お前らとことんバカでよかったぜ。早くいえよ」
「いわなくても分かるでしょう。どこを見ていたんですか?」
ナターシャが俺を床に下ろした。
俺は黙ったままのミーシャの膝の上に乗り、丸くなった。
「さて、あとはしりません。寝ましょう」
ナターシャの声に、全員がさっさとベッドに潜った。
「……怒ってるでしょ?」
ミーシャが俺の背を撫でながらポソッといった。
「……お前の人を見る目は正しかった。俺も自信はあったんだが、今回は負けたぜ」
俺は苦笑した。
「……確信なんてなかったんだぞ。最悪、タンナケットを抱えてどっかに逃げようかって覚悟ではあったんだけど、どうもなにかやらないと収まらない感じだったからね。タンナケットが不安定なのは困るからさ」
「……俺もいい加減だせぇな。嫌になるぜ」
ミーシャは小さく笑い、俺を抱きかかえてベッドに転がった。
「……寝るぞ。一生分疲れたぜ」
「……助かったぜ。ゆっくり休め」
「さて、なんだかんだ片付いたところで、まずミーナに謝らなきゃならねぇ。あんなコンディションなのに、お前を無理に歩かせちまった。俺もどっかで、いい加減地下五階まではやっつけておきてぇって考えがあってな」
「はい、構いません。飛び入りみたいなものですし、置いていかれなかっただけありがたいです」
ミーナが笑みを浮かべた。
「まあ、お陰で地下五階は片が付いた感じだな。先生?」
「そうねぇ……経験則に勘を足して、もうなにもないって判断するよ。もう地下六階に目を向けていいぞ」
クリップボードの紙をバサバサ捲りながら、ミーシャがいった。
「分かった。じゃあ、恒例のあれだな。正直にいえ、ここでパーティーから抜けてぇヤツはいるか?」
「……えっ?」
カレンが目を見開いた。
「ああ、ここの冒険者どもの慣例なんだ。地下五階までは自分の力量を確認するための時間って感じでな。根拠があってないようなもんなんだが、もしこの時点でついていけねぇヤツはいってくれ。感情は殺して冷静に考えろ」
俺はしばらく待ったが、誰もなにも言わなかった。
「よし、自分で決めたからには覚悟しろよ。せっかくいいオモチャがあるんだからよ、思い切り遊んでやろうぜ」
俺は笑った。
「よし、面倒な話しは終わりだ。今までより、ちとばかり念入りに準備しねぇとな。いつも通り、遊び道具は自分で考えて調達してくれ。細かい指示なんてしねぇからよ」
「よし、なにも分からないだろうから、いこうか」
「……は、はい」
レインが、カレンを連れて部屋を出ていった。
「じゃあ、いきましょう」
「はい」
ナターシャがミーナを連れて出ていった。
俺は小さく息を吐いた。
「正直、まだ安定感のないこのパーティじゃ怖いぜ。かといって、これ以上モタモタしたら、まずお前が我慢できねぇだろ。分かってるぜ、イライラしてるの」
ベッドに座っていたミーシャが笑った。
「なにいってんだよ。舵取りはタンナケットに任せてるもん。下らねぇ事悩むな!!」
ミーシャは俺に鼻ピンした。
「……よし、あれやるぞ」
ミーシャは頷いて、財布からコインを取り出した。
「どっち?」
「……裏だ」
ミーシャがコイントスした。
「はい、裏。決まったね!!」
ミーシャが笑った。
「行けば分かるってか。いいだろう」
おれは息を吐いた。
「そうと決まりゃいくぜ。楽しもうぜ!!」
「おうよ!!」
ミーシャが俺を抱きかかえた。
「んじゃ、出撃!!」
「よし、やるぜ!!」
ミーシャは俺を抱えたまま、部屋を飛び出した。
「よし……こんなもんでいいかな」
「そうだな。あんまり丁寧に掃除しちまうと、連中が退屈しちまうからな……」
迷宮地下十階に、俺とミーシャはいた。
「おい、その紙は上がったら捨てろよ。楽しくねぇからな」
ミーシャが笑った。
「当たり前じゃん。私がすぐ忘れちゃうバカでよかったね」
「全くだ。いつもどっかでしょうもない罠に引っかかりやがって、笑い堪えるの大変なんだぞ」
俺は笑った。
「まあ、ここは甘くないぞ。真面目になかったはずの罠があったりするしさ、こうやって事前に下調べを兼ねた掃除しておかなかったら、今頃何人生き残ってるかねぇ」
「怖いこというなよ。チビっちまうぜ」
俺はミーシャの肩に飛び乗った。
「全く、なにもあんな大所帯にしなくたってさ。やること増えて大変だぞ」
「馬鹿野郎、それがいいんじゃねぇか。ロマンってやつだよ、ロマン」
ミーシャが鼻ピンした。
「これだからイタズラ坊主は……。よし、当面はこの辺まででいいんじゃない。あんまり先を知っちゃうとさ、私も面白くないしさ」
「そうだな。次はここに到達するまでに、全員残っていて欲しいぜ。最大限そうするのが、俺の仕事だがな」
ミーシャが俺を撫でた。
「ったく、妙な生きがい見つけちゃって。私はどこまでも付き合うって決めてるから、いいけどね。たまにこうやってれば、ストレスも溜まらないしさ」
「やっぱ、イライラしてんじゃねえかよ」
ミーシャが肩に乗っていた俺を抱きかかえた。
「そりゃじれったいけどさ、いいんじゃないの。じっくり迷宮を眺めるのも悪くないよ。先生って呼ばれるのも、実は満更じゃなくてさ」
ミーシャは笑った。
「んだよ、スピードと効率野郎だったお前も変わったな。よし、戻ろうぜ」
「うん、そろそろ戻らないと夜になるからね」
俺たちは、地下十階からそっと立ち去った。
「ん?」
「あれ?」
ボロ宿の部屋に戻ると、ミーナが一心不乱に書物を読んでいた。
「お、お前、その魔法!?」
「はい、身近にこれ以上はない手本をみつけたので、少しでも近づこうと」
「よせ、ロクデナシの変な魔法使いになっちまうぞ!?」
ミーナが小さく笑った。
「ロクデナシの変な魔法使いでいいじゃないですか。お利口さんの杖よりじゃじゃ馬の方がいい働きすると聞きましたので!!」
ミーシャが笑った。
「あーあ、変な病気移っちゃったぜ!!」
「こ、コイツも相当な馬鹿野郎だったか……」
俺がため息を吐くと、そっとナターシャが入ってきた。
「それで、私からはタンナケットが持っていない魔法をごっそり引き抜こうと……なかなか貪欲でいいじゃないですか。魔法使いは、こうじゃないと」
ナターシャが笑った。
「なんだよ、コイツも魔法バカかよ。よし、いいだろう。一つオモチャをやろう」
俺は紙にペンでとある魔法のヒントを書いた。
「暇なら解いてみな。当分は遊べると思うぜ」
「……な、なんです、これ。そもそもの意味が分からない」
「まあ、あのイカレジジイですら、いまだに解答を導き出していねぇからな。今もやってるか分からねぇが、飽きてなかったら奇声上げながらガリガリやってるんじゃねぇの」
俺は笑った。
「そ、そのレベルですか。いきなりハードルが高い……」
ミーナが紙を眺めながら頭を抱えた。
「ああ、レインとカレンですが、そこの原っぱでクソ真面目に打ち合いやっていましたよ。お互い真剣でガチですからね。見ていて怖かったです」
「あいつらも馬鹿野郎だな。加減しろよ」
俺は苦笑した。
「疲れ果てて、先に『火吹きトカゲ亭』でグッタリしています。私たちも行きましょう」
「そうだな、ミーナ。そんなのあとにしていくぞ」
「……」
じっと紙を見つめるミーナに、ナターシャがゲンコツを落とした。
「ほら、いい加減にしなさい」
「……イテテ」
ミーナが紙をベッドに置き、頭をさすりながら下りた。
「……ますます母ちゃんだな」
「……ホント」
ナターシャは俺に特大の鼻ピンをぶちかまし、ミーシャにゲンコツを落とした。
「なにか?」
「……いえ」
「……はい」
「全く、手間がかかりますねぇ……」
ナターシャは笑みを浮かべた。
「ほら、もう一発食らいたくなかったら、とっとと動く!!」
『は、はい!!』
俺たちは慌てて部屋から飛び出したのだった。
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