第48話 知ってはいけなかった素性

「おう、待たせたな。上がってるぜ!!」

 ミーシャと武器屋に戻ると、ナターシャとミーナがいた。

「相変わらず、早いな」

「馬鹿野郎、手こずらせやがって!!」

 オヤジは笑った。

「知らねぇな。あれは拾った落書きだ」

 オヤジは杖を二本カウンターに置いた。

「こっちは既存の改造だから大した事はねぇ。いい感じでバランスしてたのを、わざわざ回復寄りに振りやがって。いい杖なのにもったいねぇ!!」

「そんなどっちつかずの万能な杖なんざ役に立たん。使うヤツの特性に合わせて弄るのは基本だろう。ナターシャ・スペシャルってところか」

 俺は小さく笑った。

「どれどれ……うわ、私だったらこんな大胆なことしないですよ」

 ナターシャが苦笑した。

「どうせ攻撃魔法なんざほとんど使わねぇんだから、ばっさりカットじてやったぞ。その代わり、回復系や結界系は桁違いに性能が上がってるはずだ。呪術はよく分からねぇから、あとは勝手に直してくれ」

 ナターシャは杖をつぶさに調べ始めた。

「そんで、こっちが超絶馬鹿野郎な杖だ。回復系と攻撃系の相反する性質のセッティングを最大限バランスさせて一本にブチ込めってお前、本来なら二本の杖でやるもんだぜ!!」

「それを一本でやるからロマンなんだろ?」

「分かってるじゃねぇか」

「……出た、ロマン」

 ミーシャがため息を吐いた。

「まあ、いい。そっちの姉ちゃんが使う事は分かってる。さすがとしかいいようがねぇんだが、魔硝石のグレードバランスも姉ちゃんの魔力にピタリあってるんだが、逆にいえば遊びが全くねぇ。扱いはかなりシビアだぜ。この猫野郎ならともかく、俺はアンタの力量が分からねぇ。正直に言って、これは売りたくねぇな」

 オヤジが小さく息を吐いた。

「気を悪くするな。このオヤジは使っても大丈夫だって確信出来るレベルの武器しか売らねぇんだ。いうことははっきりいうぜ」

 ミーナが頷いた。

「それでも作って頂いたということは、それだけタンナケットを信用しているからでしょう。裏切るわけにはいきません」

 ミーナは笑みを浮かべて手を差し出した。

「それが分かってるならいいぜ。この猫野郎がこんなもん作らせたって事は、相応の腕があるって認めた証拠だ。まあ、こんな野郎が認めたからなんだって話しだが、俺がみた中じゃまともな方に入る魔法使いだからな。少しくらいは自信もっていいぜ!!」

「はい」

 オヤジがミーナの手に杖を乗せた。

「……こ、これは。これを扱えるだけの?」

 ミーナが俺をみた。

「遠慮しすぎなんだよ。このくらい余裕なはずだぜ。慣れちまえば、なんだこの棒きれくらいになっちまうかもな!!」

 俺は笑った。

「ぼ、棒きれ……」

 ミーナがポツリと呟いた。

「ああ、ごめんなさい。細部の調整をしたいので、適当に歩いてきてください。なかなか面白いですね」

 ナターシャが言った。

「あーあ、火が付いちまった。よし、どっかいこう」

 俺はミーシャとミーナを連れて店を出た。


「よし、腹減ったしなんか買ってからいくぞ!!」

 ミーシャが適当に食い物買って、ブラブラ歩きながら市場を出た。

 他に適当な場所もないので、手近な公園のベンチに座った。

「あの、一つ教えて下さい。どなたに魔法を教わったのですか。杖の作り方一つで、並みではない事は確かです」

 ミーシャの膝の上で丸くなっていた俺に、ミーナが聞いてきた。

「教わったっていうか、暇つぶし程度に相手して貰った程度だぜ。マーリンとかいうイカレジジイだったな」

 ミーナが持っていたパンを落とした。

「ま、マーリンって、あの大賢者マーリン!?」

「多分そうじゃねぇの。どっかで偉そうな顔してるのに疲れたっていうんで、わざわざド田舎に逃げこんで、夜な夜な変な笑いしながら本を書いてた危ねぇジジイだったぜ」

 ミーナが俺を引っつかんだ。

「あ、あの弟子を一切取らない世界最高っていわれてるマーリンに!?」

「落ち着け。あんなのただのイカレ野郎だぜ」

 俺は苦笑した。

「まあ、確かに弟子は取らなかったみてぇだが、息抜きに近所のガキに魔法遊びを教えるくらいはやってた。その中にたまたまそこを縄張りにしていた俺がいてな、あの野郎は俺を捕獲して無理矢理飼い猫にしようとしやがったんだ。でまぁ、泣くまで顔面引っ掻いてやったら、せめて魔法を教えさせてくれとかいいだしやがってな。俺も暇だったし、あいつも面白かったんだろうぜ。お互いに調子こいて、気がついたらこんなになっちまった」

「ど、どんだけ、凄い猫なんですか!?」

 大口開けたミーナの口に、ミーシャがパンをねじ込んだ。

「いいから落ち着け。そして、私にはさっぱり分からん!!」

 ミーナがパンを引っこ抜いた。

「な、なんで知らないんですか、一般常識ですよ!?」

「……あぐっ!?」

 ミーシャが顔を引きつらせた。

「馬鹿野郎、コイツのどこに一般常識が詰まってるんだよ」

 特大の鼻ピンがきた。

「……なんだ、勝負するか?」

「……くっ」

 ミーシャは肩を落とした。

「あ、ある意味、マーリン唯一の弟子……エラい出会いをしてしまった……」

「だから、悪ノリしただけで弟子じゃないって。そんな大層なもんなら、迷宮なんか潜ってないぜ」

 俺は笑った。

「……よくわからんけど、エラい事らしいな」

 ミーシャが俺に鼻ピンした。


「あら、楽しそうですね」

 杖の調整を終えたらしいナターシャが公園にやってきた。

「あ、あの、とんでもない事が。タンナケットはマーリンの……」

「ああ、はいはい。いつもの話しね。ド田舎の暇な魔法ジジイでしょ。夜な夜な奇声を上げて本を書いていたっていう。あのマーリンのわけないでしょ。確かに、ある時いきなり姿をくらましたけど、それがタンナケットのいた場所に偶然現れたなんてあり得ると思う。勘違いよ」

 ナターシャは笑ってベンチに腰を下ろした。

「……お前らまだ分からねぇのかよ。魔法使いの杖ってのは拘りがあるんだぜ。色々変えても、ここだけは不変っていう芯みてぇなものが必ずあるんだ。あのイカレジジイほどぶっ飛んだ癖は、そうそうねぇと思うがな。魔法に対する研究が全然足りねぇぜ」

『えっ?』

 ミーナとナターシャが声を上げた。

「……『アリド・カルフリヤ』。真なる理っていう意味の真古代語だ。そんな大層な名前押し付けられそうだったから、全力で逃げたがな。冗談じゃねぇ」

「こ、真古代語って一部の変な魔法使いくらいしか……」

 ミーナが口をアングリさせた。

「ま、まさか、本当だったの!?」

 ナターシャが目を丸くした。

「さぁな、俺が知ってるのは、イカレてるクセに魔法になるとガチで熱くなる変なジジイだ。あとは俺が書いた杖の設計図でも研究してくれ。真実はいつも一つ!! なーんてな」

「ちょ、ちょっと、さっきの設計図。図書館いかないと!?」

「は、はい!!」

 ナターシャとミーナが慌てて公園から出ていった。

「ふん、すっかり仲良くなったじゃねぇか。なんでも使ってみるもんだ」

「……タンナケット、実はよその子だったの?」

 ミーシャが俺を抱きかかえ、背中に顔を押し付けた。

「ば、馬鹿野郎、逃げたっていったろ。いけねぇ、こっちの副作用が出ちまった!!」

「……そのジジイどこ。始末する」

「よ、よせ。お前なんか、近寄る前に一瞬で粉々にされるぞ!?」

「……いくよ」

 ミーシャは俺の首根っこ引っつかんでぶら下げ、乗合馬車の停留所に向かった。

「お、おい、落ち着け!?」

「……確か、ダーウェルズだよね。ちょうど、これから出る便がある。ラッキー」

 ミーシャは暗く呟きながら、窓口でチケットを買った。

「な、なんで、そんな事だけ覚えてるんだよ!?」

「……いくよ」

 ミーシャは俺をぶら下げたまま、扉が開いたままの大型馬車に乗り込んだ。

 どうでもいいような椅子に座ると、ミーシャは俺を膝の上に乗せて背中を撫でた。

「は、早まるな、あのジジイには俺も勝てん!!」

「……」

 ミーシャはなにもいわず、窓の外を見ながら俺の背中を撫で続けた。

 程なく馬車の扉が閉まり、ゆっくりと通りを走りはじめた。

「お、おいおい、なに考えてる!?」

「……遅くても半日あれば着くでしょ。最終便で戻れば大丈夫だよ」

 答えにならない答えを返しながら、ミーシャは俺の背中を撫で続けた。

 乗り合い馬車は街を出て、街道を走り始めた。


「なんか懐かしい感じもするがな。こんなクソ田舎にきやがって」

「いいところじゃん!!」

 ミーシャが元気よくいった。

「……あ、あれ、機嫌直ったの?」

「バーカ、タンナケットの大事なものをどうにかするか!!」

 ミーシャが鼻ピンした。

「……な、なにしにきたの?」

「タンナケットの研究だ。ここを押さえりゃ何かが分かる!!」

「……や、やめて」

「怯えてやんの。なにかあるな!!」

 ミーシャは俺の首根っこ掴んでぶら下げた。

「ほれ、イカレジジイに挨拶しにいくぞ!!」

「……マジで行くの。気が進まねぇけど」

 俺はため息をついた。

「はよ、案内しろ!!」

「……妙な事すんなよ。シャレにならん」


 俺たちは村の道を歩き、年季が入った石作りの家にやってきた。

「で、デカい。しかも、妙に重い空気がソレっぽい……」

「まあ、空気は知らねぇが、魔法なんて扱うとどうしてもスペースが必要だからな。この家にきたならちょうどいい。庭に寄らなきゃならねぇ場所がある」

 ミーシャが俺を放した。

「さて、先生。腕を見せてみろ。この家の門には仕掛けがある。あのジジイの趣味だ」

 俺は小さく笑った。

「こ、ここにきてやらせるの。全く……」

 ミーシャは小さく息を吸い込んだ。

「……なるほど。子供の遊び道具にしたら、ちょっと過激だねぇ」

 ミーシャが苦笑した。

「うぜぇ訪問販売とか変な宗教の勧誘対策だと。やり過ぎだぜ。加減を知らねぇ」

「確かに、イカレジジイかもね」

 ミーシャは小さく笑って手早く門の罠を解除した。

「どーだ!!」

「上出来だ。うっかり引っかかったら、どうなってたかねぇ……」

 俺は苦笑した。

 ミーシャが門を開けると、俺は先ず庭の隅にある石碑に向かった。

「人の名前ばっかりだね。なにこれ?」

「ああ、俺がイカレた杖を作っちまって、それで遊んだガキの魔法が暴発した結果犠牲になった連中の名前だ。何人いるかは、今でも数えたくねぇな」

 ミーシャが息を吐いた。

「誰でもこういう事はあるんだよ。私だって色々ね!!」

 ミーシャが鼻ピンした。

「こら、なにをらしくもなくしょぼくれてるんだよ!!」

「なに、ちょっと思い出しただけだ。大した事ねぇ」

 なんてやってたら、足音が聞こえてきた。

「やはり、真っ先にここにきたか。そっちのお姉さんは嫁さんかな?」

 ニッコリ笑みを浮かべたジジイの顔面に、ミーシャの拳がめり込んだ。

「あっ……」

「ば、馬鹿野郎。ごめんなさい!!」

 ジジイは楽しそうに笑った。

「うん、元気がよくていい。なんていう名前をつけたんだい。私が送った名前は気にくわなかったようでな」

「は、はい、タンナケット……です」

「ほう、北部地域で信仰されているダリア教の最高神の名だな。猫神とも掛けたか」

 ジジイは小さく笑った。

「お、お前、思いつきかと思ったらそんな大層な名前付けやがったのか。適当にタマとかでよかったんだぞ!?」

「馬鹿野郎、そんないい加減な名前つけるか!!」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。

「申し遅れた。私はマーリン。こんなクソ田舎に好き好んで住む、イカレジジイだよ」

「……よく分からないけど、マジだったの?」

「よく分からなくて正解だ。あの二人が一緒だったら、卒倒してたぞ」

 マーリンは楽しそうに笑った。

「久々の客人だ。しかも、私の生涯で唯一取った愛弟子とあっては、こんなに喜ばしい事はない。なにもないが、ゆっくりしていくといい」

「ま、愛弟子っていったぞ!?」

「……この野郎、余計な事いいやがって。ただの遊びだ遊び!!」

 俺は息を吐いた。

「そのタンナケットには、私が持てる全ての知識を叩き込んである。継承者というほど大袈裟なものではないが、老いぼれが一人で占領しているのもケチ臭いと思ってね。まあ、気まぐれだな」

「……タンナケットって、実は超絶インテリジェンスでハイスペック?」

 ミーシャがポカンとした。

「んなわけねぇだろ。どこがそう見えるんだ。ただの馬鹿野郎だぜ」

 俺はゲンナリとため息を吐いた。

「馬鹿野郎、だからここには……」

 ミーシャが小さく笑った。

「いいじゃん、超絶インテリジェンスでハイスペックな冒険好きの馬鹿野郎で!!」

「……ある意味、すげぇ馬鹿野郎だな」

 ミーシャがニヤッと笑みを浮かべた。

「この秘密は、私だけが抱えてちゃいけないな。あとでみんなにチクってやろう!!」

「ば、馬鹿野郎、やめろ!?」

 ミーシャは鼻ピンした。

「隠していいことと悪い事があるぞ。これのどこが恥ずかしいんだ?」

「……嫌なんだよ。なんか、そういうの」

 マーリンが笑った。

「変わらないな。こう見えて目立つ事が嫌いなんだ。臆病だしね」

「それは知ってる。小心者だからねぇ!!」

「お前もだろ。このタコ野郎」

 マーリンが頷いた。

「ここにきたということは、タンナケットがここで暮らしていた頃の事が知りたいのだろう。当然の欲求だな。大した記録は残っていないが、好きなだけ調べていくといい。知識への探求は重要だぞ」

「はい!!」

「……やめて」


「ほとんど日記だけど……。なに、猫のくせに正式に国が認めた大賢者だったの?」

「や、やめろ……大賢者アリド・カルフリヤなんてどこにいるんだよ!!」

 ちなみに、この国は指標として魔法使いのランク分けをしているが、最高位が大賢者だ。

「まあ、ただの猫野郎だとは思わなかったけどね。これもチクってやろう」

「ば、馬鹿野郎。これはシャレにならん。業界では姿も分からねぇ謎の馬鹿野郎だって通ってるんだ。下手すりゃ消されるぞ!?」

「……なんでよ?」

 ミーシャが小さく笑った。

「よし、徹底的に洗いだして刃向かえなくしてやろう!!」

「お、お前な!!」

 俺が使っていた小部屋でミーシャがゴソゴソやっていると、マーリンが数冊の本を持ってきた。

「こら、自分の子供を置いていくな。預けられても困るぞ」

「……そんなもん、捨てときゃいいのによ」

 俺はため息をついた。

「そ、それは?」

 ミーシャがマーリンに問いかけた。

「ああ、タンナケットが開発した魔法でね。なかなか独創的で面白いのだ。分かる者に読ませるといい。どれだけイカレ野郎か分かると思うぞ」

「……お前にいわれたくねぇよ。このクソジジイ」

 ミーシャはその本を受け取って自分の鞄にしまった。

「あと、保護者のようだからこれも渡しておこう。私のコネを甘くみるなよ」

 マーリンが笑った。

「お、おい、その紙は!?」

「ん……公文書用紙じゃん。な、なに、だ、大賢者タンナケットだって!!」

 ミーシャが爆笑した。

「これがあるというとは、分かるな。国の魔法使い名簿に正式に載っているぞ。それも、頼み込んで筆頭にしておいた。目立つ目立つ!!」

「ば、馬鹿野郎……」

 俺はベッタリと床に伸びた。

「あーあ、この攻撃には弱かったか。可哀想に!!」

「……あ、あとで覚えてやがれ」

「よし、気分転換しよう。そろそろ子供たち相手に暇つぶしする時間だ。タンナケットも手伝いなさい」

「……ああ、もう何だってやってやるよ。ミーシャ、テメェもだ」

「わ、私!?」

 ミーシャが声を上げた。

「ああ、頭にきた。そのカスみてぇな魔力じゃなにも出来ねぇが、なんかすげぇヤツだって紹介して、ガキどもの前で赤っ恥かかせてやる」

「……やられすぎて報復がセコい」

 ミーシャが笑った。

「やりたきゃやれ。いくらでも盛大に恥かいてやるぜ!!」

「……チッ、つまらん」

 俺はゆっくり立ち上がった。

「好きなだけ遊んでろ。俺はガキ相手に憂さ晴らししてくる。手加減しねぇからな」

「……八つ当たりはやめなさい」

 ミーシャの声を背に、俺は部屋を出た。


「ふん……ガチで追い込んで泣かせてやったらスッキリしたぜ」

「……あのね」

 ミーシャが鼻ピンしてきた。

「見てないと思ったか。あんな優しい顔も出来るんだねぇ!!」

「……み、みてたの!?」

 ミーシャが笑った。

「なんか、言葉使いまで丁寧に変わっちゃってさ。なにあれ!!」

「……い、いうなよ」

 ミーシャが笑みを浮かべた。

「私のいうこと聞く?」

 俺は頷いた。

「よしよし、きてよかったぜ。弱みを腐るほど握ってやった!!」

「……だから嫌だったんだよ。いっそ、この村ごと消し飛ばしてくれればよかったぜ」

 ミーシャが俺を抱きかかえた。

「よし、そろそろ馬車の時間だぜ!!」

 ミーシャがいった時、マーリンがやってきた。

「お嬢さん、名前を聞くのを忘れていたね」

「ああ、ミーシャです」

 マーリンは頷いた。

「また暇があったらきなさい。それはクソ生意気でも私の愛弟子だ。たまには顔がみたいのだよ」

「分かりました!!」

 マーリンはミーシャの腰にあったククリをそっと抜いた。

「ずっと気になっていたのだが、これは酷いな。こんなものが存在すること自体が許せない。まともなバランスに調整するので少し待って欲しい」

「あまりアバンギャルドでクレイジーな調整するなよ。ただでさえ、コイツは馬鹿野郎なんだからよ」

 マーリンは笑みを浮かべた。

「誰にいっているのかね。最高にイカレれたものに仕上げるさ」

「おう、さすがだぜ!!」

「ああ、やめて!?」

 一瞬ククリが光り、マーリンはミーシャの腰の鞘に戻した。

「開けてビックリ玉手箱だな。楽しみにしておくといい」

「こりゃいい!!」

「……く、くそ、こうきたか」

 ミーシャが肩を落とした。

「おい、馬車に間に合わねぇぞ」

「はいはい……」

 俺たちは乗り合い馬車乗り場に急いだ。


 元々、正確な時間なんかにはこない乗合馬車だが、定刻の一時間遅れでやってきた最終便に乗り込んだ。

 街に戻ったのはそれなりに深い時間だったが、ボロ宿では全員が苦笑して待っていた。

「うん、どうだった。タンナケットの研究成果は?」

 レインが聞いた。

「私はよく分からないけど、そのまま全部話すぞ」

 ミーシャは容赦なく洗いざらいぶちまけた。

「……ま、マジ?」

 全員が沈黙した中、カレンが一言漏らした。

「……この公文書。確かにタンナケットの推薦人がマーリンなっていますね」

 ミーナの顔が引きつっていた。

「……こ、この魔法、まともな思考じゃない。型破りで斬新だけど、全体の構成としてはちゃんと整っている。とんでもない天才かも……」

 ナターシャが唖然とした。

「……」

 レインは無言で剣を抜き、カタカタ震えながら剣の手入れを始めた。

「ば、馬鹿野郎、この空気どうすんだよ!?」

「あ、ありゃ、想像以上に凄かったのね……」

 俺はベッドの下に飛び込み、頭を抱えた。

「俺はバカだ、俺はバカだ、俺はバカだ、俺はバカだ……」

 そして、延々と呪文を唱え続けたのだった。

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